EP1-7 圧倒的な力
リアムが両眼から眩い光を放つと、次の瞬間には
「グアアアアォ!」
痛みで咆哮を上げた竜の黄色い瞳は血走り、怒りに染まる。砕けた鱗の破片と血を撒き散らしながら、ガァラムギーナは高度を下げて距離を取ると、振り返ってリアムを正面に捉えた。そして前面の広範囲に渡って、膨大な数の紫色の魔法陣を一斉に展開――リアムからは、山の様な黒い巨体が隠れて見えなくなるほどである。
ガァラムギーナは黒い靄の様な魔力を全身に漲らせる――次第にそれらが喉元に集まると大きく開いた竜の口腔が赤く光り、今度は先程とは比べものにならぬ噴火の如き豪火を、薙ぎ払う様にして魔法陣に向かって吐き出した。炎は魔法陣を通過する際に凝縮されて、幾つもの、高温の真紅の
リアムは咄嗟に横に飛んで回避――避けられた光線達が背後の岩盤を次々に破壊――しかし直後には、クロエらが展開するIPFの効果によって再び元通りに修復されていく。
リアムが開けた方へ逃げると、ガァラムギーナが発生させる光線は更に数を増して、四方八方から襲い掛かった。しかしリアムはサーカスのアクロバットよろしく、縦横無尽に華麗に避け続ける――遠目には、さながら無秩序な突風に舞い踊る木の葉の様であった。
ガァラムギーナの魔力が尽き始めて手数が減ってくると、リアムも両眼からのビームで残る攻撃を相殺しつつ間を詰める。そして上方から高速で回転しながら一気に下降し、ガァラムギーナの背中に、超音速の強烈な廻し蹴り――鋼の刃も通さぬ竜鱗が盛大に砕け散った。
「うへぇ、痛そー」と、下から眺めるアマラ。
ガァラムギーナは悲鳴と鮮血を撒き散らしながら、姿勢制御もできぬまま落下し、隕石が落ちるかのような衝撃で地面に叩きつけられた。凄まじい轟音と塵を巻き上げる突風が周囲に拡がり、クロエやアマラの横をゴウッと通過する。
上空から見下ろすリアムは敵が完全に沈黙したのを確認してから、ゆっくりとクロエ達の所へ降下してきた。
「――お疲れ様」と、クロエ。
フワリと降り立ったリアムに、真っ黒なジャケットを手渡しながら労う。
「すまない、少し手荒な確保になってしまった」
受け取ったジャケットを羽織り、ネクタイを正すリアム。
「気にするな。相手の強さを考えれば充分穏便だろう」
「……このまま連れていくのか?」
「いや少し大きいな――。
するとクロエの頭の中に「承知しました」と男性の声。
「――アマラ」とクロエが、墜落した竜の姿を興味深そうに観察しているアマラに声を掛ける。
「はいはい、了解」
アマラは両手をガァラムギーナに向けて集中する――彼女の視界には
それを鼻歌交じりでアマラが処理していくと、次第に竜の巨体が収縮し始めた。やがて翼は消え、角は白髪交じりの髪に、鱗は色白の肌へと変化し――そこには裸の男性の姿が現れた。
「う……っぐう……」
するとその男――ガァラムギーナが目を覚ました。リアムとの闘いで負った怪我は人間の身体となってもそのままであったため、酷く苦しそうに喘いだ。
「傷を治してやれ。それと服もな」
クロエが言うと、アマラが手を翳すだけで即座に傷が癒える。深手を負った肩の傷もみるみるうちに快復した。そして
「………………」と、無言のガァラムギーナ。
上体を起こして己の両手を見、その手でそっと自分の顔や頭を触った。
「それがお前の本来の姿だ。――立てるか?」と、クロエ。
「うむ――」
のそりとガァラムギーナが立ち上がると、その身長はクロエより頭ひとつ上であった。
顔には多少の老いが感じられるものの、肉体はそれよりも遥かに若々しくガッシリとしている。鋭い目つきと高い鷲鼻、細い顎には髭――竜の姿であったときの威厳が、そのまま残っている印象である。
「この我が圧倒されようとは――。あれほどの力、そしてこの魔法とも思えぬ不思議な技。なるほど、この世の者とは思えぬ。お前たちの言葉は真であったか……」
「ああ」とクロエが頷く。
「そうか……。ならばこの世界は偽りの存在であったというのか――この我も含めて」
そう言ってガァラムギーナが思慮深げに静かに目を瞑るのを見て、クロエ。
「偽りの存在などない。どこにどんな形で存在するか、或いはしていたかというのは、情報として重要なことではないからな。無論、この世界も幻などではない」
するとリアムがそれに付け加えるように口を開いた。
「ガァラムギーナ、私は君がこの世界で過ごした月日も、どんな野望を抱いていたのかも知らない。ただもし君が歩んできた道が意志によって紡がれたものであるならば、その
「ふむ……意志で紡がれた道、か。――リアムといったな? お前がもしこの世界の住人であったならば、きっと勇者となり、やはり我を討ち倒したかもしれんな」
ガァラムギーナは自嘲気味に笑ってみせた。
「よかろう、力ある者たちよ。我をその異なる世界とやらに連れて行くがいい。最早抗いはせぬ」
「では――」とクロエが言いかけたところで、後ろから声が聴こえた。
***
ユウ達が足を踏み入れた洞窟――それは既にクロエ達が通り抜けた道である。そこに陽光が差し込むのはせいぜいが入口から5メートルほどで、彼らが階段を降りるとすぐに暗闇の世界になった。
ユウが光の魔法を使うと、彼らの周囲を小さな光球がフワフワと飛び回り辺りを照らす。それに続いてレンゾもまた、杖の先端を魔法によって光らせ足元の闇を払った。
「いこう――」
下から吹く風は途中までは生温かったが、階段の半分を過ぎた辺りから急に熱を帯び始めた。ポタポタと落ちる額の汗をユウが手の甲で拭う――その時である。
階段の底の方から轟音と、身の竦むような恐ろしい咆哮。洞全体が震え、パラパラと天井から砂が落ちた。
「!?」
「なんだ?! あの声は――ガァラムギーナか!?」
三人は思わず顔を見合わせる。
「まさかとは思うけど――」とレンゾが言うと、ユウが頷いた。
「うん。誰か――ひょっとしたら、あの入口を壊した人間が奥にいて、ガァラムギーナと闘っているのかもしれない」
「ユウの他に奴と渡り合えるような人間がいるとは思えんが……あの門の有り様を見る限り、その可能性はあるな。しかしだとすれば、無謀としか言えん」
「うん、急ごう」
ユウの言葉と同時に三人は階段を駆け降りる。下に進むに連れ、更なる熱風が吹き上げてくる。
走りながらレンゾが空中に光る指でサラサラと文字を書くと、その文字が柔らかな光のベールへと形を変えて皆の全身を包んだ。その魔法が熱を遮ると同時に、彼らの身体は羽根のような身軽さを得た。三人は疾風の如く暗闇を駆け抜け、灼熱の地底世界へと向かった。
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