EP1-9 決意の少年

 静まり返る。


「……みんな僕らに託して、死んでいったんだ……。フェメだって――」


 ユウは沈痛な面持ちで呟き、そして沈黙した。


「………………」


 すると気不味い空気に耐え兼ねたように、アマラが頭を掻きながら口を開いた。


「……あーっとさ、まあ、なんか色々あったみたいだし、お前の事情は何となく分かるよ。こう言っちゃなんだけど、『力を得た少年の苦難の冒険譚』なんてのは、だからさ? でもこの世界って、謂うなりゃ『想像の産物』なんだよね」


 その言葉に「え?」と目を丸くしたのは、ユウだけでなくレグノイもレンゾもである。


「んで、俺らはそのの人間なワケ。そこのなんとかって竜のオッサンもそうだし――」


 言いながらアマラはユウの顔を指差す。


「お前もそう。だからさ、お前も一緒に来れば?」


「――?!」


 ユウは、そのアマラの突拍子もない提案に、涙でグチャグチャに塗れた顔を上げた。


亜世界こんなとこでギャアギャア喚いてたってしょうがねえだろ? お前は戦わねーと気が済まねえのかもしんないけどさ、戦闘それはそこにいるクロエが認めちゃくんないよ?」


 アマラが視線でクロエを示すと、ユウも彼女の顔を見る――。クロエは「ああ」と一言。


「な? だったらいっそ、お前も源世界に戻ってくりゃいいんだよ。……あ、そっちの魔法使いの兄ちゃんと筋肉の人は無理だよ? アンタらは亜世界こっち側の人間だからな」


「なんだと?」とレグノイ。すると考え込んでいた様子のレンゾが、戸惑いながらアマラに問う。


「ちょっと待って。今の話を整理すると君たちは――そしてユウも勇者ではなく、この世界を創った神様ということ?」


 その問いにアマラは首を捻りながら。


「うーん、そう呼ぶのは規制官ウチら的に問題があるんだけど、少なくともアンタらからすれば神様それに近いよ」


「何ということだ……」とレグノイ。


 彼とレンゾは、見慣れたはずのユウの顔をまじまじと見直す。


「まあそういうワケだからさ? ユウっつったっけ? お前も一緒に来て源世界あっちで話せばってことよ。――そうゆーのは別にいいんだよなあ? クロエ」


 と問われたクロエが、改めてユウの情報を自分の視界に表示させる。そこには――『ユウ・アマミヤ:転移者/プロタゴニスト属性失効』――の文字。


「宿敵を失ったことで、彼は主人公プロタゴニストではなくなったようだな……。ならば源世界こちらが受け入れるのに特に問題はない。転移した時代は大分ズレているが」と、クロエ。


「だってよ。どうする?」


「え、僕は――」


 唐突過ぎる展開にユウが答えを出せずにいると、横からレンゾが言った。


「行ってきなよ、ユウ」


「レンゾ――」とユウが彼の顔を見ると、レンゾは少し寂しげな笑顔を見せた。


「僕らを気にすることは無いよ。正直僕だってガァラムギーナを赦すことなんてできないし、今までの旅やその為に払った犠牲は何だったんだって気持ちだけど……。それでもこの世界から脅威が去ることに間違いはないみたいだし――この世界はきっともう、平和になる。だから皆には僕とレグノイから説明しておくよ。ちょっと難しい説明になるだろうけどね」


 それに「うむ」と同意するレグノイ。


「それに何より、帰る場所があるなら戻るべきだ、と僕は思う。それが僕らの許ではなかったというのは、少し残念ではあるけれど……」


 台詞通りの表情を見せるレンゾの横で、レグノイは落ちていた勇者の剣を拾うと、それをユウに手渡した。


「俺もレンゾこいつと同意見だ。ユウ、お前はこの世界に勇者として、真摯に向き合ってくれた。今度は本当のお前自身と向き合う時が来たのかもしれん。お前が神の世界で何を見、何を聞くのか――俺には想像もつかんことだが、俺はお前が正しい道を歩めると信じている」


 彼はユウの肩に手を掛け、優しく強い眼差しでそう言った。


「レグノイ……レンゾ……二人とも――ありがとう」


「感謝するのは僕らのほうだよ。ありがとう、ユウ」とレンゾ。


 そして二人は交互に固い握手を交わした。ユウは手で涙を拭うと、クロエ達の方へ向き直った。先程まで泣き腫れていたその顔は、勇者らしい毅然とした表情を取り戻していた。


「取り乱してすみませんでした。――お待たせしました。僕も連れて行ってください。宜しくお願いします」


 深々とお辞儀をするユウ。頷く規制官ルーラー達。クロエが口を開く。


「了解した。では転移者ガァラムギーナ、ユウ・アマミヤ同行の上、WIRAウィラへ帰還する。……AEODアイオード次元接続紐付けを解除しろ」


 クロエの言葉に「承知しました」と応えがあると、次の瞬間にはレンゾとレグノイを残して、全員が音も光も発しないままその場から消失した。

 依然としてマグマの熱と音が残った大空洞――。残された二人は、想像していたよりも淡白で素っ気無い転移別れに対して、少し切ない笑顔を見せた。


「………………」


 やがて、今までの想い出を振り返り終えたレンゾが、ポツリと切り出す。


「なんか、大冒険の終着点にしては、随分とあっさりしてるねえ」


「そうだな。終わりというのは存外こんなものなのだろう」


 レグノイがユウ達の消え去った宙空から顔を逸らすことなく答えた。


「まあ僕らにとって終わりでも、ユウにとっては始まりなのかもしれないけどね。――また逢えるかな?」


「逢える……ような気がする。ユウや彼らとは再び逢い、いつかともに戦う日が来る――そんな気すらしてならん。もっとも俺は魔法使いでも預言者でもないので、何の根拠も無いがな」


 未来を見据えるように遠くを見つめながらレグノイが言うと、レンゾは頭を掻きながら苦笑した。


「後半については、その予感が当たらないことを切に願うよ。戦いなんてのは、僕はもうまっぴら御免だからね」


「フッ、確かにな……。――さて、ではレンゾ」


「うん、帰ろうかレグノイ。皆のところにね。僕らには僕らの、世界と物語がある」


「何より伝説ユウの後始末が待ってるからな?」


「そうだね」と笑顔のレンゾ。


 それに対してレグノイは、肩をグルリと回して張り切る素振りを見せつつも。


「よしレンゾ、皆への説明はお前に任せたぞ。俺は残党狩りの指揮や終戦処理があるのでな」


「えーっ?! それはないよ、僕だって正直まだこの状況に混乱してるのに。大体ねえ――」


「言い訳は無しだ。頑張れよ、宰相殿」


「そんな……それは酷いよ。ようやくゆっくり昼寝ができると思ったのに」


 文句を言い続けるレンゾを後目に、レグノイは足早に帰り始めた。それに追いすがるレンゾの愚痴は、結局二人が地上に戻るまで続いたのであった――。

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