EP2. *Lies and Reality《源世界》

EP2-1 未来への帰還

 2055年12月。

 量子情報学者アルファ・コールマンが「宇宙は時空間とエネルギーが存在する物理次元と、情報のみが存在する情報次元によって構成されている」とする『情報次元論』を提唱。


 2068年4月。

 先進国共同の人工知性体開発プロジェクトにより、理想的な自我と人類を超える知性を持つ完全自律型AI『アダム』が誕生。


 2073年1月。

 アダムは「分割不能な42個の情報単位『サンヒター』の組み合わせで、宇宙の全てが完全に記述可能である」とし、情報次元論を肯定。同時に神という存在を否定した。


 同年11月。

 人間の脳を中心とした構造が情報次元的に意味を持つことをアダムが発見。その構造が『クオリアニューロン』と命名される。


 2081年10月。

 クオリアニューロンから発生する未知のエネルギーが、情報次元に直接作用し情報の書き換えが可能であることが判明。そのエネルギーをアルターエントロピーと命名。


 2084年1月。

 アルターエントロピーを使った情報操作により、量子の振る舞いを任意に変えることで、ほぼ全ての元素が精製可能な量子マシン技術が確立。


 2088年9月。

 AIの加速的な成長を脅威と見做した宗教団体の過激派がアダムを破壊。このテロを発端とし、その原理主義者と科学自由主義者との争いが勃発。両者は同一国家内でも激しい対立を生み、後に『AI戦争(別称:人類回帰のための聖戦)』と呼ばれるこの戦争は瞬く間に戦火を拡大。やがて核兵器を用いた世界的な大戦へと発展した。またアルファ・コールマンはこの時のテロに巻き込まれて死亡。


 2089年12月。

 科学派の勝利によりAI戦争終結。


 2091年7月。

 先の戦争による世界中の都市部及び自然環境の致命的な壊滅の為、人類の大半が地球から月と火星に移住。


 2145年2月。

 アダムの残存データから生み出された新たなAIルーシーにより、通信機能を持った量子マシン集合体『元素デバイス』が開発される。


 同年11月。

 元素デバイスを通じた有機的ネットワークシステム『OLSオーエルエス』が開発されると同時に、急速に普及。


 2147年3月。

 元素デバイス製の身体とクオリアニューロンを持つ、究極の人工知性体『インテレイド』が誕生。以降ロボット、アンドロイド、ヒューマノイド等の存在は、規格とともにこれに統一されることとなる。


 2155年4月。

 世界情報次元調査局が設立され、情報調査用インテレイドによる第一次情報次元探査プロジェクトが発足。このプロジェクトにより物理特性の異なる別の宇宙が発見され、当局はこれをLMー1と命名。


 2159年7月。

 OLSの普及率が火星を含む全世界の99.99%に到達。


 2160年11月。

 LMー1の情報が神話に酷似していることから、ルーシーはそれが人間の想像を契機に生まれた可能性を示唆し、情報次元の別宇宙を『亜世界あせかい』と命名。また差別化の為にこの世界は『源世界げんせかい』と呼称されるようになった。


 2161年4月〜2171年9月。

 第二次から第四次までの情報次元探査プロジェクトにより、多数の亜世界が相次いで発見される。


 2173年7月。

 人間の存在情報を情報次元へと移し亜世界にそれを関連付けることによって、人間を亜世界へと転移させる『次元転移理論』が完成。


 2175年10月。

 亜世界CTー2に対する人類初の転移実験が行われる。しかし被験者の現地での暴走行為により、CTー2及び被験者は消滅。同時に源世界において推定2千万人の人間が消滅した。尚、情報そのものが世界から消失しており、誰一人として消えた個人を特定するには至らなかった。


 同年12月。

 世界情報次元調査局は、源世界の人間が消滅した原因について以下のように結論付けた。


 当局内部資料より一部抜粋――


「亜世界とは、我々源世界の人間達の想像が契機となり、各々が持つアルターエントロピーによる情報構築の積み重ねで創造されるものであり、万が一亜世界が消滅した場合、構築に関わった人間の情報は当該世界とともに源世界からも失われる。亜世界の消滅は情報の加速的な散乱及び増大に伴うもので、これが情報の許容範囲(コールマン・ベッケンシュタイン臨界値)を超えた場合に発生する。この現象を『FRADフラッド(致命的且つ破滅的な情報改変災害)』と呼称する。またクオリアニューロンから発生し得るこの情報改変の力を、以降『アルテントロピー』と呼称する」


 2177年3月。

 亜世界には過去の源世界から偶発的に転移した人間が存在することが確認され、これを『転移者てんいしゃ』と呼称。また人間の持つクオリアニューロンは、インテレイドの持つそれよりも遥かに強力なアルテントロピーを生み出すことが確認された。


 2178年4月。

 世界情報次元調査局は全ての亜世界に『AEODアイオード(自律型エントロピー監視機)』を配置。これにより得られた観測情報とルーシーの事象演算能力により、FRADの予測が可能となった。



 2181年8月。

 FRAD及びそれへと発展する可能性のある情報改変を規制する法律が成立。これに反する者は『情報犯罪者ディソーダー』と呼ばれた。


 同年10月。

 世界情報次元調査局は組織名を『WIRAウィラ(世界情報統制局)』と改め、ディソーダー取り締まりの為の機関として独立再編。そしてこの任に当たる亜世界情報規制官として、優れたクオリアニューロンを持つ人間が選出された。その彼らは、通称『規制官ルーラー』と呼ばれた。



 ***



 ――2275年。源世界。


 満天の星空。彼が知る剣と魔法の世界アーマンティルでの夜空は、闇がどれほど深い夜であっても星の煌めきが空を埋め尽くすことはなかった。だが今目の前に広がっているのは、幼い頃に見た懐かしい銀河の輝きであった。


(ああ……やっぱり夜空っていうのは、こういうのがいいな)


 そんな感慨を得ながら仰向けに寝そべるユウは、暫くその星空を見上げていた。


「(昔、田舎のおばあちゃんのところで観た空も、こんなだったっけ)――あれ?」


 ユウは自分の思考の中にいつの間にか、アーマンティルに転移する前の記憶が在ることに気が付いて思わず声が出た。するとその声が合図であったかのように、夜空の星がスゥっと静かに消えたかと思うと、今度は徐々に空間全体が明るさを取り戻した。


「おはようございます、ユウ・テン・アルゲンテアさん」


 ユウが足を向けていた方から、女性の柔らかい声。

 彼はこの時初めて、自分が透明なゲル状の繭のような物の中に裸のままプカプカと浮きながら寝ていたことに気が付いた。


「うわっ?!」


 慌ててユウが上体を起こしてみると、彼の身体は然程の抵抗も無く繭の表面を突き抜けて、すんなりと起き上がることができた。身体にはその謎の液体がネットリと付着していたが、彼が立ち上がって数秒もすると、跡形も無く消え去ってしまった。

 ユウはサラサラとした短めの銀色の髪を掻いて、翡翠色の瞳で辺りを見回す――彼が居たのは20平方メートル程の、家具や調度品も何ひとつ無い真っ白な部屋であった。その部屋の隅にポツンと立っているのは、看護服のデザインにも似てなくもない、ピッチリとした白い全身スーツに身を包んだ若い女性。長いブロンドの髪。


 目が合った彼女に優しい微笑みを向けられて、裸のユウは「わっ」と恥ずかし気に背を向けた。


「貴方の身体には何の異常もありません。記憶の復元も問題ありませんでした」と、その女性。


「あの、ここは――?」


「ここは源世界の世界情報統制局――WIRAウィラのマルチルームです。……おかえりなさい、アルゲンテアさん」


 そう言うと彼女は、穏やかな顔で一層優しく微笑んだ。


「源世界……。アルゲンテア――?」


 ユウのあどけない顔は確かに少年のそれであったが、頼り無さや弱々しさは無い。むしろ意志の強さを漂わせる眼は、その年齢には似つかわしくないほど毅然としていて印象的であった。


「お名前は現在の源世界での規則に従い更新されました。本日より貴方の名前は、ユウ・テン・アルゲンテアとして登録されています」


「は、はあ……」と、気の抜けた返事のユウ。


(なんか国籍がごちゃ混ぜになったような名前だな……)


 半開きの口のまま再び部屋を眺め回す。窓も照明も何ひとつ無いというのにその明るさは充分で、温度も湿度も極めて快適であった。そこでユウはと気が付いた。


「あれ? 源世界って――僕は自分もとの世界に戻ってきたはずじゃ?」


「……残念ですが、過去の源世界へと転移することはできません。ここは源世界ですが、貴方がいた時代よりも遥かに未来です。現在は西暦換算で2275年、8月21日、午後1時6分です」


「にせんにひゃく……って……」


 それを聞いたユウは言葉を失った。

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