EP12-7 謁見

 玉座の間の扉が開かれ、緊張気味に入室するガウロスと袋を被ったリアム。粛々とカル・ミリアの前に進んだガウロスは、右膝を突いて深くかしずいた。


「此度は我等が血の主上――麗しきカル・ミリア様に拝謁を賜りましたこと、誠幸甚の至りに御座います。御方の千夜の闇の如く深き御慈悲に、このガウロス、心より感謝申し上げます……」


「よい――面を上げよ」


 ガウロスが跪いたまま顔を上げると、カル・ミリアは興味が無さそうに玉座から彼を見下ろし、欠伸を殺しながら訊く。


「比類無き忠義の徒である貴様が火急の謁見の申し立てとは、余程のことであろうな?」


 その台詞は、取り急ぐ必要性があったと認められなければ、忠臣であろうとも容赦はしない、という意味である。ガウロスはその言葉の意味を充分に理解している。


「はい。これは――恐れながら申し上げますが……我ら吸血鬼の存亡に関わる大事かと」


「フン、存亡と申すか――(マジで?)。話してみよ」


 滅多にないイベントかと、カル・ミリアの好奇心が頭をもたげる。


「――失礼ですが、お人払いを」とガウロス。


「うむ」


 カル・ミリアが左手を軽く上げると、側付きと入口の扉の近くにいた番人が、スゥと影に溶け込んで消えていった。


「……これでよかろう」


 そのやり取りの間も、リアムは布を被ったまま無言で直立して待っている。


「……これでわらわと貴様らだけじゃが――その者を残すということは、そやつに関わり合いがあるということか?」


 カル・ミリアは目を見張るほどに雄々しい体躯のリアムに一瞥をくれる。布に空いた穴から覗くリアムのスカイブルーの瞳と、カル・ミリアのバーミリオンの瞳が合った。


(あら、綺麗な瞳ね……どうせ中身はゴリラだろうけど)


 するとガウロスが口を開く。


「関わり合いと申し上げるより、正にこの者――リアムと申す男こそ、その要となる存在に御座います」


(リアム――? この国の名前じゃないわね)


 カル・ミリアは内心で少し首を傾げる。


「それで、そのリアムとやらの存在の、何が重要なのじゃ? 確かに見事な肉体だが所詮は人間であろう。……何か重大な秘密でも抱えておるのか?」


「秘密では御座いませぬ。重要なのはただ一点――この男の強さに御座います」


「(は?)――強さじゃと? フ……フフ……アハハハ!」


 カル・ミリアの笑い声が、玉座の間に高らかとこだました。


「いやいや、すまぬな。……ガウロスよ、貴様に我が血を授けて400年、よもや貴様がこのような冗談を言う者とは、妾もついぞ知らなんだぞ」


 しかしガウロスは至って真面目な顔で答える。


「冗談などでは御座いませぬ」


 するとカル・ミリアの顔から、笑顔が消えた。


「(はあ?)――ならば貴様、400歳その若さでもう耄碌したか? 吸血鬼の存亡と云うたからには、妾も含まれておるのであろうが!」


 彼女がその大きな瞳で睨み付けると、ガウロスは思わず目を伏せた。カル・ミリアを本気で怒らせれば、自分など瞬く間に消し炭にされてしまうことを、彼は充分理解していたからである。


「妾はこの1000年、ハンターは疎か狼男オオカミどもの王にすら、傷一つ受けたことも無いのじゃぞ?」


「そ、それは存じ上げております……」


「それでも尚、リアムこやつが妾を滅ぼすと申すか――?」


「この男……リアムは、宵紫の魔女を従え、私の血製魔獣すら一瞬で破壊致しました……」


 ガウロスが驚愕した事実を震えた声で伝えると、カル・ミリアはそれを鼻で笑った。


「愚か者。その程度の芸当――妾であれば造作も無きことぞ」


 カル・ミリアは、一部始終を聞きながら彫像の如く佇立しているリアムに目をやった。


「下郎、口を開いても良い。――そこのガウロスが申したことに相違はないか?」


「ん? ああ」とリアム。


 話しても問題ないのか、と彼が横のガウロスに目で確認を取ると、ガウロスは頷いた。


「既に紹介されたが、一応名乗らせて頂こう。私はリアム――」


 彼の声を聴いてカル・ミリアの眉が密かに動いた。


(あら? 意外と声は若いのね。芯が太いけど爽やかな感じの声――30歳ぐらいかしら? でもこの体格じゃあ、どうせまた髭モジャのブサイクよね……)


 リアムの自己紹介は、彼女の耳には全く入っていない。


「――話がおかしな方向に進んでは困るので、明言させてもらうよ。まず私は、貴女や吸血鬼その仲間達と争うつもりは毛頭無い。……ガウロス伯の騎士を破壊したのは、私に力があることを、彼に証明するよう請われたからだ」


(美少年も悪くはないけど、大人になると『なんか違う』のよねえ……。もっと凛々しくてセクシーで、爽やかだけど強くて、この私でも包み込んでくれるような、優しい男性ひとがいればなあ……)


「私は人探しをしているのだが、どうもこの地に不慣れでね。捜し人の足取りが一向につかめない。そこで顔の広そうな協力者を求めていたところ、とおる筋から貴方ならばと助言を得た。そこでガウロス伯を訪ね、貴女に紹介してもらえるようにと――」


 元来彼の声はよく通るものではあったが、どうしても顔を覆う布袋越しではくぐもる為、ガウロスがリアムの話を止めてカル・ミリアに尋ねる。


「話し難かろう? ――主上、リアムの顔袋これを取ることを、お赦し願えますでしょうか?」


「では面を取れ――」とカル・ミリア。


 彼女のその言葉は、相手に動作を強制させる彼女の魔力アルテントロピーが込められたものであった――が、それより遥かに強い力によって情報保護プロテクトされたリアムには、何の効力も発揮できなかった。


「ああ、すっかりこれを被っているのを忘れていたよ。ありがとう――」


(え――?)


 強制されず自分のペースで布袋を脱ぐリアムに、カル・ミリアは内心困惑した。彼女の力が効かぬということが示す事実は唯一つ。


(コイツ……メベドが言っていたルーラーじゃない?!)


 しかし更にそれを超える驚きが、彼女を待っていた。


「あ……」


 曝け出されたリアムの素顔――凛々しく男性的に整った、爽やかで自信に満ち溢れた笑顔。毅然とした強さを持ちながら、全てを包み込むような優しい瞳を見て、カル・ミリアは思わず心情を吐露しそうに――否、声に出してしまった。


「うそ……っ!! カッ――」


「ウソッカ……?」と、ガウロスが復唱しようとしたので、カル・ミリアは慌てて咳払いをして誤魔化す。


 そして心の中で拳を握り、叫んだ。


(カッコいいいっ!! イケメンきたぁー!!)


 メベドが彼女に対して要注意人物として挙げたリアム――であったが、彼はミリアの理想の男性どストライクであった。

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