EP12-6 灰色の荒野へ

 真紅に血塗られた巨大な剣がリアムの肩口目掛けて振り降ろされる――やいなや、その刃は派手に砕け散った。ガラスの剣を鋼鉄の体にぶつけるかの如く、である。リアムはその間に騎士の内部を透視能力でもって観察し、体内の中心に備えられた水晶のような物が、どうやら本体か或いは自律行動する為の主要な部品であると判断した。

 リアムは盾を前に構える騎士をしっかりと抑えると、右手で胴体の中心を一突き。その瞬間に垣間見せた力の解放は、彼を中心とした突風となって吹き荒んだ。そして騎士の持つ盾と腕、鎧から胴体までも貫通して背中側に現れた彼の手――そこに握られているのは先程確認した中枢部分赤い水晶


「!?」


 そのままリアムが軽く手を握るだけで、その水晶コアは粉々に砕け散った――キラキラと舞う赤い破片の向こうに、吃驚のガウロスの顔。

 リアムのは正しく、それを破壊された血の騎士の身体は即座に溶けだして、滝の様に流れ落ちた。


「……わ――」


 状況が理解できずに依然として硬直しているガウロス。


「わ――私の血騎士けっきしを……何が起こったのだ?!」と、やっと口を開く。


 最高傑作が一瞬にして塵と化した彼は、呆然としてその血溜まりを見た。するとリアム。


「? ご期待の通り騎士これを倒しただけだが――破壊するべきではなかったのかな?」


「…………い、いや(私の血製魔獣が……我が力の結晶が、まるでただの木偶でく人形の如く――)」


 ガウロスが人間であれば、間違いなく彼の顔は冷や汗で濡れていたであろう――そんな表情である。


「これで力の証明は成された、と考えて良いのかな」


「ああ……確かに貴様の力は認めよう。し、しかし……」と、戸惑うガウロスは。


(何なのだ、この出鱈目な強さは!? もしリアムこの男が人間に与すれば、いかな血の主上とて――。これは吸血鬼の命運にすら関わることやもしれぬ……)


「しかし――?」


 といったリアムの顔に怪訝の色。だが無論、彼は決して事を荒立てるつもりなど無かった。しかしガウロスからしてみれば、彼の言葉は『約束を反故にするつもりじゃないだろうな?』という憤りを暗に示しているように思え、彼は焦って取り繕った。


「い、いや問題無い。……約束通り、我らが主上に御目通りを申し入れるとしよう……」


 ガウロスの真意はともかくとして、リアムはその返事に満足して微笑んだ。



 ***



 エイベルデンを囲う山脈を越えた、遥か北の大地――。灰色の地面は枯れ、乾燥しきった土はひび割れている。空はどんよりと暗く、昼夜の区別もつかぬほどであった。


 ガウロスの用意した馬車に乗って彼とともに血晶城を目指すリアムは、見慣れた超音速の視点から比べれば止まっているようにも見えるその景色を、青く光る眼で眺めていた。

 朽ち果てた途方もなく大きな樹の幹が風化しそうな状態で見受けられる為、今は寒風吹き荒ぶその地が、かつては緑豊かな土地であったことが解る。そして遠くには夥しい数の人骨が、途方も無い距離に渡って平積みにされて、刺々しい歪な地平線を作っていた。


 御者席には誰の姿も無かったが、赤い瞳と牙を備えた馬は特に何の指示を出されずとも、たまに嘶きつつ、涎をダラダラと撒き散らしながら走っていく。

 ガタゴトと揺れる馬車の客車に向かって、追従して飛ぶ使い魔の蝙蝠が声を掛ける。


「まもなく血晶城で御座います――」


 それを聞いたリアムが客車の窓から少し顔を出して見上げると、深く澄んだ赤い尖塔の束が、巨大な剣山の如くそそり立っているのが見えた。それは大地から生える牙の様にも見える。


「なかなか壮観な建物だ」とリアム。


 一体誰の手によって、どのような手段でもってこんな城が造られたのか――というのが、彼の率直な感想であった。

 近付いて見ると、裾野のように広がった城壁や外門の周りには、遥かな地平と同じく砕かれた人骨や剣や鎧達が無情な姿で山積していて、それは物理とは違った意味での防壁を成していた。馬車の車輪と蹄の音が、ガラガラと濁った音から乾いた響きへとピッチを上げて、城の正門にあたるであろう細長い空洞を抜けても、しかし表を出歩く人影は殆ど見当たらなかった。その代わりあちらこちらの窓の闇や建物の陰には、赤い光が無数にあり、それらがガウロスの馬車を物珍しそうに覗いていた。

 リアムがOLSを使ってざっとその数を確認したところ、この血晶城の城下に棲まう吸血鬼の数はおよそ二千といったところであった。それだけの人数が居るにも関わらず、城下町には付き物である市場を賑わす喧騒や、道行く人々の話し声は疎か、物音ひとつすら聴こえてこなかった。リアムの超人的聴覚で捉える限りでは、ここで発せられる音の殆どは可能な限り潜められたヒソヒソ話か、恐らく地下から響いているのであろう微かな人間の叫び声だけであった。


「ここはいつもこんな感じなのか」と、リアムが客車で向かい合うガウロスに尋ねる。


「今日は謁見の日だ。主上が何かをなされる日には、全ての注目は真祖の御方ただ御一人に向かなくてはならない。故に我々は口を閉ざすのだ」


 その行き過ぎた配慮を当然のこととして振る舞うほどに、真祖カル・ミリアの支配力は絶大なのかと、リアムは半ば呆れ、そして感心したのであった。

 やがて主塔の前で馬車を降りる二人――間近まで来るとその壮大さは顕著で、見上げれば塔の先端は灰色の雲に突き刺さっていた。

 入り口に立つ吸血鬼から黒い布袋を受け取ったガウロスは、リアムにそれを渡し「これよりはこの袋を被り、主上のお言葉があるまで取ることはならぬ」と言った。いわく布袋これも謁見の際の決まり事の一つで、醜悪な人間を嫌うカル・ミリアのをせぬように、人間は命があるまで顔を晒してはいけない、という吸血鬼達の礼儀ということであった。

 リアムは武器を隠し持っていないことを証明する為に服や靴をすべて脱いで――もとより彼は、たとえ戦闘になろうとも武器など使う必要が無かったが――雄々しく均整のとれた逞しい身体を露わにした。そして渡された簡素な腰布と革のサンダルを身に着け、その状態で案内の吸血鬼に引き連れられていった。

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