EP12-8 嘘と恋心

 真祖としての威厳を保つ為に平静を装っていたつもりのカル・ミリアであったが、その表情は露骨に緩み、目はリアムに釘付けであった。


「主上――?」とガウロス。


「ん――? なあに?」


 先程までの怒りは何処へ、ガウロスに向けられたカル・ミリアの顔は、ニヤニヤと何とも気の抜けた笑顔。


(ど、どうなされたのだ……主上の身に何が……)


 完全に恋に落ちて舞い上がった、1000歳の乙女のニヤけ顔を理解出来ず、ガウロスは困惑した。するとそこでリアムが先に口を開く。


「それで、カル・ミリア――殿下、でいいのかな? できれば貴女に協力を――」


「殿下などと! ミリアとお呼びくださいませっ! 協力などと言わず何なりと!」


 主君の余りの変わり様に「え?」と目を丸くしたガウロスが、キラキラと目を輝かせたミリアの、真祖として有り得べからざる発言を堪らずに諫める。


「し……主上、この者は確かに類稀なる強者ですが……御身こそこの世で最も高貴なる存在なれば、流石にそこまで遜る必要は――」


「黙れジジイ。殺すぞ」


「えぇ……」


 垂氷たるひの如き言葉を突き刺すミリアは、とにかく恋に飢えていたのである。


(そんなご無体な……)とガウロス。


 しかしリアムは、そんな彼女の変貌ぶりと憐れな部下など気にも掛けない様子で、素直に喜びの笑顔を見せた。


「それはありがたい。感謝する――ミリア嬢」


「まあ! 感謝だなんて……」


 ミリアは赤らむことのない頬を両手で挟んで「滅相もありません」と首を振った。――最早彼女は、リアムがルーラーであるとか自分がこれまでに演じてきた支配者像などというものは、完全に吹き飛んでいる様子であった。


(はぁ、なんて素敵な笑顔……。もう吸血鬼とかマジでどうでもいいわ――むしろ私がリアム様に征服されたい……)


 気の毒なガウロスは長年の忠義ごとあっさりと棄てられて、愕然としたまま項垂れていた。


「では――」と、リアムが切り出す。


「頼みごとの前に1つ、確認しておきたいことがあるんだが、いいかな?」


「何なりとお申し付けくださいませ」と、ミリア。


「ミリア嬢、君は――転生者だね?」


(――!!)


 リアムの言葉に驚くミリアと、何のことかも意味が解らぬガウロス。


「リ、リアム様……何故それを――?」


「君の噂からそう推測したまでだ。話を聴いた限りでは、君はこの世界においては強過ぎる。私も似たようなものだけどね。もし君が転移自体そのことを理解しているなら、話は早いんだが。――このまま話しても?」


 リアムは会話の内容的に、ガウロスが同席していても問題ないかと気遣った。


「そうですね。――ではガウロス、貴様は下がれ」


「なんと……! 私が、で御座いますか? お言葉ですが、それではもし御身に何か御座いましたら――」


「戯け。妾が対処能わぬ相手であらば、何条貴様の出る幕があろうか」


「それは……」


「二度も言わせるな」


 カル・ミリアの言葉は鋭い。


「し、承知致しました。仰せの通りに――」


 自ら連れてきた者とはいえ、リアムのその桁外れの強さに、己が主に何かあってはと一抹の不安を覚えながらも、ガウロスはそれ以上口を挟むことは無かった。

 無言で深々とミリアにお辞儀をすると、音もなく自らの影の中に沈んでいく――彼の気配までもが完全に消失したと見て取ると、ミリアはそそくさと段上の椅子を降りて、リアムの元へ駆け寄った。


「無躾者が大変失礼を致しました。どうぞお気を悪くなさらないでくださいね」


 ミリアはリアムの手を取ると、改めてまじまじとその姿を上から下まで熟視した。

 柔らかく光る金髪の巻き毛に、吸血鬼とは違った生き生きとした白い肌。力強い眉に優し気な青い瞳。筋の通った高い鼻に形の良い唇。はっきりとした顎のラインから延びる太い首。壁の様に大きく、それでいて無駄な肉など一切存在していない逞しい肉体。


(ああやっぱりイケメンだわ! カンペキ過ぎ――この人こそ、私が求めてきた理想的な男性だわ)


「話しても良いかな?」とリアムが言うと、ミリアはハッと我に返り、恥ずかしそうに彼の手を離した。


「す、すみません……私ったら」


 その口調はとうに真祖らしからぬ、彼女本来のものに変わっていた。


「どうぞ、お話になってください」


「ああ。ではまず君自身についてだが、君は自分が別の世界から偶然飛ばされてきた――『転移者』と我々は呼ぶのだが――それだというのは認識しているのかな?」


 これは明らかに違っていた。彼女は自らの意志でこのダークネストークスへと転移し、自身の手によって次元接続を消去して、この亜世界の住人と化したのであった。しかしそれを話してしまえば、この目の前にいる理想的な男性と良好な関係は築けないであろう、ということは考えるまでもなかった。


「はい……」と、ミリアは重々しく頷く。


「そうか。では以前の記憶も、失ってはいない?」


「はい。なんとなく――ですけれど。リアム様も?」


「ああ。私も元は別の世界の人間だ」


「まあ、そうなんですか! 良かったぁ」


 と手を叩くのは真祖ではなく乙女としての演技。


「……それで君は、最初から吸血鬼に?」


「はい。こちらで目が醒めた時は、既に吸血鬼でした。外見も全く変わっていて――でもこの外見は気に入ってるんですけどね! ……私、前はあまり自分のこと好きじゃなかったから……」


「ふむ」と、リアムは少し間を置いた。


 彼には本題であるアーシャの件の前に、一つ気になることがあった。それは彼女がアルテントロピーを使用していたことである。


「――さっき、君は言葉で私を操ろうとしていたね?」


「あ、あれは……ごめんなさい」と、頭を下げるミリア。


「いや気にしないでいい。私が気になったのは、あの力――吸血鬼の力に加えて、それとは別の物理的な強制力を持つ……あれは『アルテントロピー』という特殊な力なんだが、君はあれをいつから使えるように?」


「アルテン……トロピー?」と、首を傾げるミリア。


「――そんな力があるんですね……確かに私の従属能力チャームスペルが、他の吸血鬼よりずっと強いというのは自覚しておりましたけど、てっきり私が真祖だからとばかり……」


「そうか――(まあ生きている長さを考えれば、何らかのきっかけで使えるようになっていてもおかしくはないか。アイオードの探知に引っ掛からなかったのは、あくまでこの世界の法則内でしか用いられていないから……か?)」


「――どうかいたしまして?」


 急に黙り込んだリアムの顔を、何か不味いことを言ったかと、心配そうに覗き込むミリア。


「いやいいんだ、すまない。ありがとう、ミリア嬢。では私が来た理由の詳細を話しておこう」


 リアムはミリアに必要な分だけ、一通りの話をした。

 世界には源世界とそこから派生した亜世界があり、このダークネストークスはその亜世界の1つであるということ。源世界の科学は極めて発展しており、リアムはその源世界から来た、亜世界専門の警察のような存在だということ。そしてリアムは、源世界から来ているはずのアーシャ・春・ハイダリという少女の捜索をしているということをである。

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