EP12-9 包囲宣言

「――ではリアム様は、そのアーシャという小娘を見つけたら、元の世界に帰られてしまうんですね……」


 説明を聞き終えたミリアは、残念そうに確認した。


「そういうことになる」とリアム。


「そうですか……(ルーラーにしては随分簡単な任務ね。でもこの人はメベドの存在に気付いてないのかしら? ということは私の素性もバレることはないわね。源世界に私たちの記録は存在しないし……。なら――)」


 ここでイイ男チャンスを逃す訳にはいかない――そう考えたミリアは、すぐに思い立ったように顔を上げた。


「なら私も! その世界に連れて行って頂けないでしょうかっ?!」


「君を――?」


 リアムはミリアの真剣な顔を見返す。


(意図的にアルテントロピーを使えるのであれば、ディソーダーとなる可能性もゼロではないか――)


「源世界と云っても、君がいた時代に戻れるわけではないよ?」


「それでも構いません!(貴方と一緒にいられるなら充分!)」


 間を置かずキッパリと答えるミリアに、リアムは少し気圧された。


「そ、そうか。――ならば帰還それは手配するとしよう」


「よっしゃぁぁーッ!…………あ――」


 素で声を上げてガッツポーズを取ってしまったミリアは、たじろぐリアムを見て、恥ずかしそうに笑って誤魔化した。



 ***



 次の日の黄昏時――エイベルデン地方の全ての町村とそれに繋がる付近の主要な町々の空、そして森や街道に至るまで、あらゆる場所に延べ400体にも及ぶ吸血鬼が姿を現した。そして彼らは誰一人として人間を襲うことなく、ただ一様に同じことだけを宣言した。


『人間達に告ぐ。――我らが血の主上、偉大なる真祖、麗しき真祖カル・ミリア様の御言葉である。アーシャ・春・ハイダリという娘を見つけ出し、血の如き赤き狼煙を上げて報せよ。娘を見つけた者には金貨1000枚を授け、その一族に対して今後我ら吸血鬼は一切の害を為さぬことを約束しよう――』


 各所で三度繰り返されたその宣言は、瞬く間にエイベルデン中に広がった。


 湖畔にあるエルマン神父の教会にいたレイナルドとロマは、その声を聴きつけるや否や、やにわに外へと飛び出して空を見上げた。


「レイ……」と不安げなロマ。


「…………」


 彼女の横で同じ様に、夜空から届く吸血鬼の声に耳を澄ませながらレイナルドは、修繕を終えた鎌を握る手に力を込めた。

 やがて通告を終えた吸血鬼が飛び去り、エイベルデンに静寂の帷が再び下りると、警戒を解いたレイナルドがロマの小さな横顔を見下ろした。



 ***



 ――質素な教会の中にある一室に戻ると、沈痛な面持ちのロマから口を開く。


「レイ……。さっきの、あれ――」


「……ああ。お前のこと……だな……?」


「……うん」


 なんとか足の届く木椅子に座っているロマが俯きながら答えた。


(まさか私の名前が吸血鬼の口から出るなんて――。きっと規制官と真祖が繋がったんだわ)


 そうであれば彼女らにとっては最強最悪の組み合わせ――事態はこれ以上無く絶望的な状況である。

 偽名を使っていることが容易に推測できるアーシャの名前を、大々的に発表するというのは有効な手段であった。これはリアムが考えた手であったが、その効果は亜世界の人間に対するものではなく、何処かで耳にするであろう彼女自身に『源世界から迎えが来てますよ』という知らせの枠割を果たしていた。と同時に、それが吸血鬼の口から発せられたということは、もし彼女を匿う者があればその者に身の危険が及ぶ可能性を示唆している。つまりロマは亜世界での拠り所を失い、自主的に名乗り出る以外の道を絶たれたのであった。


(ならせめて、フェリシアさんだけでも――)


 こうなれば自分の短い逃避行には終止符を打たざるを得ない――そう考えるロマであったが、面倒を見てくれたレイナルドの境遇を考えれば、せめて彼の目的だけは果たさせてあげたい、と思った。


「……どうする? ……ロマ……」とレイナルド。


 しかしロマは俯いたまま答えを出しかねている。


(どうしよう……? どうすればレイに戦いのチャンスを……)


 とその時である。窓辺に止まったカラスがカァと一言。


「!?」


 同時に教会の扉が開き、つかつかと礼拝堂に入ってきたのは一人の少女――それはマナであった。彼女はレイナルドと退治した時のロマの言動を不審に思い、その後を追ってきたのである。

 部屋のドアの隙間からその姿を見て、ロマは「あの人は!」と思わず口に出す。


「レイ、逃げて!」


 その声に反応したマナが即座に『ヘイムダルの頭』で壁を作り、結界の如く教会を取り囲む。


「見つけまシた」


 逃げ場無しと悟ったレイナルドは、ロマとエルマンを部屋に残し礼拝堂に躍り出ると、鎌に被せた革袋を投げ捨て、黒い刃を拡げる。


「……何の用だ……マナ・珠・パンドラ……」


「ボクは人を捜していマす。貴方たチに質問したイことガあってきまシた」


「…………」


 レイナルドが横目でロマを確認すると、彼女は首を横に振った。――本当にただ質問するだけであったにしても、わざわざ追ってくるということは、『それなりに怪しい人物』とマナが考えている証拠である。もし会話の最中にロマのアバター解析などでもされようものなら、正体は即座にバレてしまい、当然ロマは捕まり、レイナルドも逃走幇助か或いは誘拐の罪に問われる可能性すらある。


「……悪いが、それは……できない」と、レイナルドが戦意を露わに身構える。


「デは、多少強引にやらセてもらいマす」


「……やってみろ……」


 レイナルドは鎌を逆さに構えて、礼拝堂の通路を一直線に駆け抜ける。そして棒立ちのマナに向かって鋭く振り上げた――が、そこにあったマナの姿が消える。


「?! ――っ!」


 真後ろからレイナルドの首根っこを掴むマナ。彼女は『ウルズの刻』によって周囲を静止させて背後に回り込んだのである。


「抵抗は無駄でス」


「…………!」


 しかしレイナルドの肩甲骨の辺りから逆向きに生えた真っ赤な腕が、マナの手首を掴み、レイナルドは彼女の胸を後ろ向きのまま思い切り蹴って脱出。転がり着地から顔と一緒に短銃を向け、発砲。だが弾丸は『オレルスの弓』によって空中で向きを変えられ、天井に命中させられた。

 それに構わず再度鎌を振り上げ突撃するレイナルドに、マナがカウンター気味に前蹴りを入れると、彼の身体は教会の分厚い木製扉を突き破って外へと放り出された。


 圧倒的なマナの力の前に為す術の無いレイナルド――しかしそれを見ていたエルマンは、訝しげに呟いた。


「あの娘、確かに恐ろしく強い……。しかし何故レイナルドはのか……?」


「え?」とロマ。


「ひょっとして奴め、フェリシアとの約束を守って全く血を飲んでおらんのでは……」


「血を――飲むの? 彼が?」


「勿論だとも。奴は半吸血鬼ダンピール……しかもその半分の血はヴェイラッドという最古の真祖から継いでおる。血への渇望は並の吸血鬼よりも遥かに強いし、その分それを得た時の力は絶大じゃ」


「なら血を飲めば、レイはあの人にも勝てるの?」


「それは分からんが……少なくともあんなふうに一方的にやられることはないだろう」


 そう話している間にも、レイナルドの鎌は空を切り、逆にマナの打撃は彼を確実に捉え、その反撃の力を削いでいった。一方的に殴られる彼の姿にロマはいても立ってもいられず、思い切って外へと飛び出した。

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