EP12-10 取り引き

「危ないぞ!」というエルマンの制止の声を後目に、壊れた扉の穴から表へ出たロマは、吹き飛ばされ転がされたレイナルドの許へとすぐさま駆け寄った。


「レイ!」


 明らかに戦闘の意思があるようには見えない幼い少女ロマの姿に、マナはそこで手を止めた。


「いイ加減に質問に応ジてくだサい」


 マナとしては直接的な殊能ぶきを使わず相当に手加減していたつもりであったが、流石にこれ以上はやり過ぎであろうと判断して、仕方無しに障壁の結界を解いて距離を置いた。


「レイ……」


 倒れたレイナルドを、ロマは小さな身体で精一杯抱きかかえるように起こす。沈みかけた夕陽に照らされる彼の顔に、最早力強さは感じられなかった。


「……ロマ……下がっていろ……」


「もういいの、それより私の血を飲んで」


 彼女はそう言うと袖を捲り上げ、細く柔らかな幼い腕をレイナルドの前に差し出す。


「……駄目だ……血は…………飲まない……」


 元々の欲求に加え体力を消耗しているレイナルドからすれば、目の前に脈打つ少女の血は霊薬の如く輝いて見えたであろう。しかし彼は頑なにそれを拒否した。


「俺は……フェリシアに……」


 そこまで言って気を失ってしまったレイナルドを、ロマは悲しげに見つめてからマナへと振り向いた。


「……マナさん――」


「何ですカ?」


「私は貴方が探しているアーシャという人の居場所を知っています」


「……なら教えてくだサい」


「ええ。でも1つ条件があるわ。この人に――レイに、真祖と戦う機会を頂戴。その戦いを見届けた後に、アーシャさんの居場所を教えるわ」


 ロマは毅然とした表情で申し出た。しかしその内心は不安で一杯である。


(こうなればイチかバチかだわ)


 もしこの瞬間にでもロマの情報を解析されてしまえば、即座に彼女がアーシャ本人であると判明してしまう。それにマナが取り引きに応じず、強制的に居所を吐かせようとする可能性もある。しかし――。


「解りまシた」と素直にマナは応じた。



 ***



 2日後の朝――と云っても暗雲が晴れることのないカル・ミリアの居城。


「まだ見つからんのか」と、血晶城の玉座の間で苛立ってみせるミリア。


 しかしその反面、「私も捜索を」と言うリアムを強引に引き留めて、他愛のない一方的な会話を続けるミリアは、寧ろアーシャが見つかるこの時間が終わるのを強く望んでいるわけではないようであった。

 捜索を一任されたガウロスは畏まりながら言い訳をする。


「申し訳御座いません。何せ報酬目当ての偽者ばかりでして――」


「ならば嘘をついた者の皮を剥ぐなり斬り刻むなりして、まとめて晒しておけば良い」


「承知致しました。そのように――」


 ミリアとガウロスが当たり前のように交わす会話に、「それはやり過ぎなのでは?」とリアムが待ったをかける。するとミリアが即刻ガウロスへの指示を取り消す。


「やり過ぎじゃ、それはするな。殺すだけで良い」


「それもどうかと――」


「絶対に殺すな」


 ではどうすれば――と困惑しているガウロスに、彼の使い魔である単眼の蝙蝠が囁いた。


「ガウロス様。妙な人間が城外で暴れております」


「妙な人間? ハンターか?」とガウロス。


「いえ、それがハンターとも違うようで――しかし恐ろしく強い人間です」


 その会話を耳にしたリアムが「?」と首を傾げた。



 ***



 血晶城の門前で、爆音とともに放たれる弾丸を食らって吹き飛ばされる吸血鬼。


「しつこいでスね、こノ人たち――」


 右手を小型のレールガンへと換装したマナを取り囲むのは、30体の吸血鬼。

 彼女は目の前に襲い来る3体を『オレルスの弓』で操る弾丸で纏めて貫き、横から飛び掛かってきた5体を『ヘイムダルの頭』で撫で切りに、更に背後から彼女を羽交い締めにしようとした1体は身体から噴き出す『スルトの火』によって焼き焦がした。

 しかし吸血鬼達は、すぐに戦線に復帰することは出来ぬまでも絶命には至っておらず、マナを取り囲む彼らの数は増える一方であった。


 とそこへ――。


「マナ!」と、上からリアムの声。


 空から緩やかに飛来して、マナの前に舞い降り立つ。


「何をしているんだ、君は。――すまない皆、彼女は私の連れだ」


 殺気立つ吸血鬼達を手で制すリアム――彼が真祖カル・ミリアの客人であるというのは既に周知されていたので、彼らは赤い瞳を爛々と輝かせつつも不承不承爪を収め、バラバラと去っていった。


「やれやれ……。それでマナ、君は何をしに? 何か見つかったのかい?」


「はい。アーシャを知っていルという人物を見つけまシた」


「そうか。だがそれならOLSで報告を――」


「使い方を聞いテいまセん」と、少し不満げに頬を膨らますマナ。


「あ――(教えるのを忘れていた……)」


 リアムは目頭を抑えて気不味そう俯いた。こういったところで少しを見せるリアムであったが、すぐに気を取り直して。


「すまなかった。で、その人物は何処に――?」



 ***



 ――「なるほど」と、玉座の間で頷くリアム。


 会話に参加しているのは彼と玉座に座るミリア、そしてマナと彼女の肩に乗ったイザベラの四人である。


「つまりそのレイナルドという人物と、彼と共にいるロマという少女が、アーシャ嬢の情報を握っていると」


「なんかきな臭い――というか、それ以外にも隠しごとをしてる感じがしたけどね。儂の勘じゃが」とイザベラ。


「ふむ、まあそれについては人間なら秘密の一つや二つ抱えているだろうが……それにしても何故、真祖との決闘などと? ――心当たりがあるかい? ミリア」


 すると一人で頬を赤らめ身をミリア。


(はぁん、リアム様の口から私の名前が――)


「ミリア……?」と、訝しげなリアム。


「! ああ、すみませんリアム様、甘美な響きについ……。――そのレイナルドという男の名、妾も聞き及んでおります。黒銀の鎌を持つバンパイアハンター(笑)だとか」


 狩れるものなら狩ってみろ、と言わんばかりに失笑するミリア。


「なるほど。しかしそれでそのレイナルドが納得してくれるとしても、ミリアが――」


「妾は一向に構いませんわ。ハンターなど今までに何人も相手にしてきましたし(――ただメベドの計画通りなら、そいつを殺すとフラッドが起こるのよね。まあリアム様がいるから発生前に源世界に戻るのは簡単だけど)」


 ミリアは数瞬考えを巡らせてからニコリと笑った。


「――宜しいですわ。その戦い、受けて立ちましょう。して場所は何処?」


 するとマナがロマからの伝言をそのまま口に出した。

 

「――『場所はエイベルデン南西、ネブラの丘にある廃城、3日後の日の出とともに』だそうデす」

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