EP13. *Disaster《止められぬ終焉》

EP13-1 廃城の決闘

 ロマことアーシャの機転によって一時の難を逃れたレイナルドらが得た戦いの舞台は、エルマンのいる教会から数キロの距離にある『ネブラの丘』――森の一部が禿げ上がったようにポッカリと空いた所にある緩やかな丘で、その中心に建つ崩れかけの古い廃城であった。

 暁から徐々に灯る太陽の明かりが、産毛の様な雑草が生えた丘の地面に、歪な城の影を延ばしていく。


 この地を決戦の場として選んだ理由は、ここの城壁が六角形をしており、その側防塔に聖なる印を刻んで結べば六芒星となり、闇の住人を弱める結界を構築するのに最適であったからである。

 レイナルドは事前にエルマンの協力を得て、城壁の角角にある尖塔に己の血で呪紋を描くとともに聖水を配置し、城の敷地全体を自身以外を弱める巨大な魔法陣と化した。それは第三世代以下の吸血鬼であれば、効果が発動した瞬間に、骨まで押し潰されて死んでしまうほどの、極めて強力な仕掛けである。

 レイナルドとロマは、半壊して開け放たれた城門から本城までの間に続く、草木の朽ち果てた広い庭園――つまり今となっては単なる空き地と化した広場の真ん中で、真祖カル・ミリアを待ち構えていた。


 ロマは胸元の青い宝石――それはメベドが渡した元素デバイス製の探知器であったが、それを暫く見つめ、やがて「来たわ――」と独り言のように告げた。

 しかしその言葉を聴かずともレイナルドは、全身の骨を直接氷で愛撫されるような、底気味の悪い気配を感じ取っていた。――被っていたつば広の帽子をロマに渡し、鎌に被せられた革袋を投げ捨てると、折り畳まれていた鎌の刃をカチリと広げる。


 二人の視線の先では、城門の正面の森の樹々が、見えない手でかき分けられるように倒れ、みるみるうちに植物それが枯れ果てていく。そしてその生気を失った灰色の道を悠々と歩いて、不敵な笑みを浮かべるカル・ミリアが登場した。

 膝下まで流れる艶めいた深い暗赤色の髪。ボディペイントの如く、肌に密着しその流線形を際立たせる黒いドレス。丘陵を見上げるミリアの眼は赤々と発光しており、口角が上げられると異様に長い真っ白な犬歯が見えた。

 ミリアは巨大な蝙蝠の翼を拡げると、200メートル程離れた城門まで軽やかに飛んで、長い髪とドレスの裾をはためかせてフワリと着地した。そして石壁に穴の開いた塔や風化し始めた城壁を、史跡観光でもしているかの様にゆったりと眺め回しながら城門を潜る。


(こんなところにも城があったのねえ。もっと早く知っていれば別荘にでも使ったのに……)


 ミリアは赤い血の結晶で作ったヒールをカツカツと鳴らして、レイナルドの顔までハッキリと視認できる距離まで来ると、妖しく微笑んだ。


「へぇ? 思っていたよりは顔じゃない。貴方ヴェイラッドの子なんですってね? 父親に似なくて良かったわね?」


「………………」


 レイナルドは無言――ロマはその後ろに身を隠し顔を半分覗かせると、対峙するミリアを見つめて身を竦めた。


「あら、可愛いお嬢ちゃんね。うふふ、コンバンワ……」


 彼女は明るく親し気に振る舞って見せているが、その身体から滲み出る妖気は、数え切れない程の人間の血液や骨肉を、長年かけてドロドロに煮詰めたような、直視出来ぬほど悍ましいものであった。彼女に比べれば、今まで出会たたかった吸血鬼など無垢な赤子同然であるとすら、レイナルドには思えた。

 マナと相対したときには、その無機質な暴力と不可解な殊能わざに度肝を抜かれたが、彼女マナ自身からはそのように凶悪な印象は全く受けなかった。


(だが……こいつはまるで……)


 具現化した狂気の塊――そんな印象である。彼女が誇る稀な造形の美しさなど、レイナルドの目には入らなかった。


 ミリア自身が果たして最初からそんな人格であったかどうかは定かではないが、少なくとも1000年という途方も無く永い月日を、人間を喰らう怪物として生き続ければ、まずまともな人間性を保っていられる者など存在しなかったであろう。


「怯えることなんてないわ。これは貴方たちが望んだことなのだから、喜ぶべきことなのよ? わざわざ妾が出向くなんて滅多に無いことよ? 光栄に思いなさい」


 そう話している間にも、彼女のおどろおどろしい気配は増していく。


「…………離れていろ……ロマ」


 レイナルドが言うとロマは小さく頷いて、短い歩幅で後方へと走り去っていった。


「妾はいつでも準備万端よ? 好きにかかってきなさい」


 余裕のミリアに対し、レイナルドはロマが退避するのに充分な時間を待つと、真っ直ぐに立てた鎌に魔力を込める。そして鎌を持ち上げると、その柄尻を地面に打ち付けた。


「……消え去れ」


 カーンと甲高く打たれた点を中心に、波紋の様に紅い象形文字の円が拡がった。波紋それが地面や壁の表面を伝って、レイナルドが予め刻んでおいた塔の印へと到達すると、城壁の角から光の柱が立ち昇る――それらを頂点とした巨大な六芒星は城内に、魔物だけを圧殺する聖なる光を充満させた。効果を免れたはずのレイナルド本人ですら、その身に一瞬ズシリと重圧を感じる。

 そしてその雲まで伸びる六芒星の輝きは、遥か遠くの血晶城にいるリアムたちからも、天を突く光の筋として視えるほどであった。


 しかし――。


「ふぅん、面白い仕掛けね?」


 ミリアには、レイナルドが期待していた僅かなダメージすら与えることはなかった。


(――っ!?)


「それで? これからどんな余興を観せてくれるのかしらね?」


 恐らくダークネストークスの殆どの魔物や怪物を完全に封殺する結界の中で、手をヒラヒラと踊らせて、クルリと回って戯けてみせるミリア。


「…………」と、無言のレイナルドとロマ。


 するとミリアは動きを止めて、レイナルドの、忌々しそうに彼女のことを睨む視線を受けた。


「え? ひょっとして――ねえ、ひょっとしてさぁ、まさか……これで終わり? これが攻撃?」


 大袈裟な身振りで尋ねてから、ミリアは大声で嘲笑った。


「アハっ!? ホントにこれで攻撃してるつもりだったんだっ?! アハハハハハ!……ハハハハ……ハハ……ハァ、あーバカらし」


 ミリアは急に真顔なると、恐ろしく冷酷な眼で、レイナルド達を見据えた。


「態々名指しで妾を呼び付けておいて、斯様な児戯で以て成すとは……見縊られたものだな。――侮謔が過ぎるぞ、下郎」


 その声は静かなものであったが、1000年に渡り吸血鬼達の上に君臨してきた真祖足るに相応しい、支配者としての冷徹な威厳があった。


「砕けよ――」とミリア。


 その言葉だけで、城壁の6つの尖塔が同時に、粉々に弾け飛んだ――物陰のロマが思わず悲鳴を上げて縮こまる。すると印を失った六芒星の柱が音も無く消滅した。

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