EP13-2 覚醒する狩人
「……あの伝言、何を思って吐かしたものかは知らぬが、『決闘』などとは片腹痛い」
ミリアは貴婦人の如き柔らかな動作でレイナルドを指差すと「跪け」と一言。
「っぐ――!」
レイナルドは己の意思とは無関係に、見えざる力で両膝を地面に張り付けられた――鎌を支えにして、なんとか上体を維持するが、柄はバキバキと音を立てて石の地面にめり込む。
「妾がこの世界に生まれ出でた時点で、総ての闘いに決着は付いておるわ」
ミリアはレイナルドに歩み寄ると、爪先で彼の顎を持ち上げた。
「その大仰な鎌で妾を屠れるか?
圧力に耐えるレイナルドの首筋や額に、はち切れそうな血管が浮き出る。歯を食いしばりながらレイナルドが応える。
「……フェリシア……を、……解放……しろ」
「フェリシア? 何じゃそれは。リアム様がお訊きしてるのはアーシャという娘の居場所ぞ」
「…………貴様が……フェリシアに……」
「そんな者は知らぬと謂うておろうが」
ミリアがレイナルドの顔面を蹴り下すと、圧力に負けたレイナルドの身体が、地面に這いつくばるようにうつ伏せに張り付いた。それでも辛うじて口を開くレイナルド。
「……リアム……? そいつも……貴様の……仲間、か……?」
すると「あ?」とミリアの眉が険しく顰められた。
「『リアム』――じゃと? 薄汚い
ギリギリと歯軋りをして、ミリアの美しい顔が怒りに歪む。
「……リアム『様』だろうが……! この※※※※野郎が! 捻れて死ね!」
彼女の言葉に呼応して、レイナルドの両腕と両脚が内側に向かって徐々に捻れていく。その四肢は構造の限界を超えても尚、バキリボキリと乾いた音を立てながら更に回転していく――。
「……うぐっ――がぁぁぁ!!」と、耐え難い苦痛に声を上げるレイナルド。
「苦しかろう? いい加減に娘の居場所を教えたらどうじゃ?」
普通の人間であればとっくに死んでいる怪我でも、
遠くから口を抑えて見ていたロマが、堪え切れずに泣きながら飛び出した。
「もう止めて!!」
「ん――?」
今にも転びそうな勢いでレイナルドに駆け寄るロマ。
「レイ――っ!?」
ロマは近くで見るレイナルドの、余りに惨たらしい姿に絶句した。彼の四肢はほぼ千切れかかっていた。
「なんて酷い……」と、涙を零すロマ。
すると力を解除したミリアが、それを鼻で笑った。
「こやつとて吸血鬼の端くれじゃ。この程度で滅ぶ吸血鬼などおらぬ。邪魔だ小娘、お前も捻じ切られたいか?」
「待って! アーシャの居場所を知っているのは私だけなの!
「ほう……」と、ミリアの眼が光る。
「…………や、めろ……ロマ……」と、掠れて消え入りそうな声のレイナルド。
「大丈夫よレイ――。だから話を聴いて。真祖カル・ミリア」
「決着を認めるか。……よかろう、話せ」
「……まずは彼の――レイの傷を治させて」
ミリアが黙認すると、ロマは腰に付けた小さな革の鞘からナイフを取り出した。下唇を噛み締めながらそのナイフで自分の腕を切りつけると、真っ赤な血が彼女の手首を伝って滴り落ちる――。彼女はそれを意識を失いかけたレイナルドの口元に垂らした。
レイナルドの口から喉に、ロマの血液が少しずつ含まれていくと、彼の喉がゴクリと音を鳴らし、千切れかかっていた手足が元通りに繋がっていく。
「……ロマ……」とレイナルド。
「今だけ……これが最後。――フェリシアさんの為。それならいいでしょ?」
自力で仰向けになったレイナルドの喉に更に血液が流し込まれると、彼の怪我は癒え、身体は完全に体力を取り戻した。それを見て取ったミリアが催促する。
「もうよかろう? 娘の居所を話せ」
「待って、あと少し――。レイ……」
ロマは襟元を緩めて髪を掻き上げると、透き通るような項をレイナルドに向けた。レイナルドがロマと目を合わせると、彼女は微笑みで応えた。
意を決したように、レイナルドはロマの頸元に噛み付いた――熱い血が喉を通って全身に伝わり、かつて感じたことの無い沸騰するような力強さが、レイナルドの体を満たした。
レイナルドはすっくと立ち上がると、ロマの首から垂れる血を指で拭き取った。
「……大丈夫か? ロマ」
「ええ、少しくらくらするけど……貴方は大丈夫? レイ」
「……ああ……」
指に突いたロマの血を黒銀の刃にそっと塗り付けるたレイナルドを、一際輝きを増した赤い瞳で睨むミリア。
「まだ
偽りでも脅しでもない宣告に、ロマの背筋は凍った。しかしその頭をレイナルドが優しく撫でる。
「……心配するな……
「フッ……痛みで気が触れたか? その意志とともに、折れろ」
ミリアは再び、アルテントロピーで強化された吸血鬼の隷属能力でレイナルドの全身の骨を折ろうとした――が。
「カル・ミリア……貴様の能力は……もう俺には効かん」とレイナルド。
転移者であるロマの血液を取り込んだのをきっかけに、レイナルドの閉じていたクオリアニューロンは活性化し、彼は転生者としての
「(こいつアルテントロピーを……)――ぐっ?!」
驚愕するミリアの首を、レイナルドの左肩の後ろから生えた血の腕が凄まじい握力でもって締め上げた。そして抗う間も与えずに、黒銀の鎌で胴を斬りつける――しかし甲高い音が響き、ミリアの脇腹から突き出した赤黒い結晶が、
すぐさまレイナルドがミリアの腹を蹴り飛ばすと、彼女は勢い良く後ろに吹き飛ばされ城壁に叩き付けられた――石の壁がボロボロと崩れる。粉々になった石の破片を頭から被ったミリアは身体にこそ怪我は無かったものの、その真祖としてのプライドを大きく傷付けられた。
ミリアは瓦礫を払い、猫の様に縦に細くなった瞳孔でレイナルドをじっとりと睨みつける。
「――――キレた……もう殺す」
髪を掻き上げるミリア。おどろおどろしい妖気が全身から噴き出し、その殺気は彼女の周囲の空間を黒く染めいくようであった。
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