EP13-3 用意された舞台

 視線だけでも物理的な圧力を錯覚してしまうほどの、恐ろしい眼でレイナルドを睨むミリア。彼女の瞳孔が細められた次の瞬間にはその場に姿は無く、ミリアは高速で飛び出した勢いのままレイナルドの顔面目掛け、鋭い爪で突きを放っていた。

 鎌の側面でそれを防いだレイナルドが、踏ん張りつつも反動で滑る様に押しやられ、庭園の石柱にぶつかり、柱がひび割れる。


「くたばれゴミが」


 ミリアがそう吐き棄ててレイナルドに手を翳すと、彼女の掌の皮膚を突き破って鋭い血の結晶やりが生み出された。


「穿て――」というミリアの言葉で、結晶の槍がレイナルドに向かって一直線に飛翔する。


 レイナルドが咄嗟に身を躱すと、槍は彼が背にしていた石柱を貫通して、更に後方の建物の壁に突き刺さった。


「爆ぜよ――」


 ミリアが拳を握ると同時に、刺さった結晶が砕けて、細かなガラス片の様な欠片が周囲へ無差別に飛散した。


「キャあっ……!」


 身を屈めたロマを包む様に、レイナルドが身を盾にして彼女を庇う――その背中に無数の欠片が突き刺さる。


「レイ!」と悲痛なロマ。しかしレイナルドは怯まない。


 ミリアの手から2本目の槍が出現するのを見て、レイナルドは後方の建物に飛んだ。それを追って飛ぶ槍が、彼の足を掠めて壁に刺さる。

 建物から城壁、城壁から主塔へと、ましらの如く段々に飛び移るレイナルド。その彼の在った場所を、次々と繰り出される結晶の槍が貫き、破壊していく。


「ちょこまかと――!」とミリア。


 その飛び移る先を予測して放たれた槍が、レイナルドを捉えそうになると、彼は空中で瞬時に血の腕を生やしてそれを掴み止める。しかし勢いを制し切れずに、鋭利な結晶の尖端が彼の肩に刺さった。


「……ッ!」


 体勢を崩して屋根に着地したレイナルドに、更にもう1本――。するとレイナルドの血の腕も追加され、彼は4本の真っ赤な腕で襲い来る槍をガッシリと受け止めると、それを真っ二つに折り逆にミリアへと投擲した。


「チッ!」と舌打ちするミリアが、四散させるのは間に合わないと見て咄嗟に避けるも、レイナルドの2投目が彼女の頬を切った。


 ツゥーと顎へと伝うミリアの血――。ミリアは自身の頬に触れ、その指に付いた血を見てわなわな・・・・と震えた。自慢の顔にきずを付けられた彼女の怒りは、更にどす黒く燃え上がる。


「く……ぉの…………クっソ虫野郎がぁぁぁぁッ!!」


 獣の様な顔つきに変化したミリアは、石畳を陥没させて、弾丸の如く真上に跳び上がる――空中で、彼女の背中から4枚の巨大な蝙蝠の羽が拡がった。

 宙に静止したミリアが離れた主塔に手を向けて、徐にそれを持ち上げる様な動作をすると、30メートルはある巨大な塔がガラガラと石壁を崩しながら、中程から分離して浮き上がっていく。そして城壁から門の上へと移ったレイナルドに向けて、ミリアはそれを投げつけた。

 レイナルドは視界を塞ぐ大質量の石の塊を、しかし迎え撃つ肚である。脚を大きく開き、鎌を両手で担ぐ様に横に構えると、血の腕達がレイナルドの腕を伝って鎌へと移り、薄い板状に変形しながら刃と一体化して、刃渡りは3倍程にまで延びた。固いバネを引き伸ばすかの如く上半身を思い切り横に捻る。そして眼前に飛来した塔に向かって轟と鎌を振ると、飛来する塔は真っ二つになった。

 断ち切られた塔の上半分は、城門を越えて森の樹々を薙ぎ倒し――下半分はレイナルドの足下の城門にぶつかり、壁もろとも派手に崩れ落ちる。それとともにレイナルドは一対の血の翼を生やして、壊れる城門あしばから颯爽と飛び立った。


「…………」


 空中で止まって睨み合うレイナルドとミリア。


「…………」


 刃と化していた血の腕が、鎌を伝ってレイナルドの両肩へ戻り、体内に収まる。

 一方でミリアは両腕を広げ、禍々しい爪をスラリと延ばした。そして大きく羽ばたいて疾風と化してレイナルドに突っ込む。


「くたばれ、ゴミカスが!」


 喉元を掻っ切ろうとするミリアの爪撃を、レイナルドは鎌の柄で防ぎ、横に回転一閃――ミリアはそれをヒラリと上昇して躱すと、そこから縦に回って踵落とし――レイナルドが血の腕を交差して防ぐ。

 互いに一撃必殺とも思える強力な攻撃を繰り出しながらも、しかしその攻防は一進一退であった。



 ***



「……おかしい」とリアム。


 血晶城の塔の上から、元素デバイスを介してその映像たたかいを視ていたリアムは、レイナルドの劇的な強化に眉を顰めた。


「何がでスか?」と、隣に立つマナ。


「マナ、君は彼――レイナルドというあの男と戦ったそうだね?」


「はい」


「どう感じた? 彼に特別な力を感じたかい?」


「いえ。普通ノ人間とあまり変ワりませんでシた」


「そうか……(だが――)」


 今戦っているレイナルドは、どう見てもただの亜世界人とは思えぬ強さである。リアムほどではないにせよ強力なアルテントロピーを持つ転生者のミリアと、普通の人間が互角に渡り合えるこたなどあり得なかった。


(何かが変だ。不自然さを感じる……)


 互角ということは、少なくともレイナルドも中程度のアルテントロピーを保持しているということである。それを切り札として取っておいたとしても、何故今までにAEODアイオードに検知されなかったのか、という疑問。


(まるで誰かが周到にお膳立てをしていたような、不自然な流れだ)


 そんな一等官ルーラーとしての直感が彼を動かした。


「マナ――」


「はイ?」


「状況が変だ。私は彼らを一旦止める」


「解りまシた。――ボクは?」


「アイオードと連携して周囲を警戒していてくれ。異変を感じたらすぐに連絡を」


 そう告げるとリアムは轟音によってビリビリと血晶城を揺るがせて飛んでいった。

 血晶城からミリア達が戦闘している場所までは、リアムの飛行あしなら急がなくとも1分とかからない。しかし彼が発って間もなく、山を越えてエイベルデンの平原へと差し掛かったところで、OLSを通して彼の頭の中に何者かの声が聴こえた。


亜世界こっちの戦闘に干渉するのはルール違反じゃないのかい?]


 その声は少年のような若々しさであったが、リアムの目の前に現れた声の主はそれよりも大分歳を食っていた。

 リアムは急制動をかけて空中でピタリと止まり、突如出現した老人を見据えた。


「――何者だ?(座標置換……どこから来たんだ?)」とリアム。


 白い貫頭衣を纏った異様な風貌の老人。顔には深い皺が刻まれ、その両目は閉じられたままであった。


「その質問は少しズレているんじゃないかな? まあ名乗るのは吝かではないけどね。僕はメベドという。勿論本当の名前ではないけれど」


 メベドは口元に笑みを浮かべて、その顔をリアムに向けた。


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