EP13-4 立ちはだかる幻影

 リアムはメベドと名乗る怪し過ぎる老人を、彼の超人感覚スーパーセンスでもって具に観察する。しかし驚くべきことに目の前にいるはずのメベドからは、そこに存在しない幻影の如く、何ひとつとして情報を捉えることが出来なかった。


 驚きを表情に出さぬように注意しながら、リアムは「何故OLSを持っている?」とメベドに問う。


「惜しいけどその質問も違うね。OLSは持っているんじゃなくて、だよ」


(? ……どういう意味だ?)


 リアムは訝しく思いながらも徐にこめかみに手を当てて、OLSでその名前を検索してみる――。


「僕の情報ことなら調べても無駄だ。君たちのデータベースでは、僕は存在しないからね。……でも勿論僕は君を知っているよ。サー・ジャスティス――今はリアム・義・ヨルゲンセン君か」


(――この男は……)


「そう驚かなくてもさ……僕は『君たちのWIRA』のこともよく知っているよ。クロエやアマラや、局長のジョルジュも――ベレクもね……」


 そして「ああ」と思い出したように付け加える。


「最近入った新人の二人については、まだよく調べてないや。ユウ・天・アルゲンテアと、ガァラム・竜・オルキヌスといったっけ? 命名はルーシーかな? 相変わらず酷いセンスだ」


 メベドはそう言って、首を振りながら苦笑してみせる。


「ユウって子はグレイターヘイムでウロチョロしていたようだけど、規制官としてはまだまだだね? もっともあのぐらいのほうが可愛げあっていいけどさ」


 独りでベラベラと語る彼であったが、その内容は明らかにいた。リアムは直感的に『この男はここで確保しなくては』と思った。


(何より、このタイミングでわざわざ姿を現すということは――)


 リアムの推測を先回りしてメベドが口を開く。


「お察しの通り、この会話は君の興味を惹いて足止めするだけの、単なる時間稼ぎだよ」


 ぬけぬけと自分の企みを暴露する余裕を見せつつ。


「レイナルド君のアルテントロピーが持続するのは、せいぜいあと5分というところだ。僕の計算ではね。その時間を過ぎれば彼はミリアに殺されるだろう」


「なんだと? やはり彼は転生者なのか」とリアム。


「そりゃ勿論さ。だからこそレイナルド君は大勢の吸血鬼を狩って、あそこまで情報粘度を高められたんだよ」


「情報粘度――? 彼は高粘度情報者プロタゴニストでもあるのか?」


「おや、気付いてなかったのかい? 真祖との混血児なんて極めて稀な存在なんだから、すぐに解りそうなものだけどね。……どうやら君は戦闘に関してはズバ抜けてるようだけども、真実に辿り着ける器ではなさそうだね」


(真実――?)


 そうこう話している時間が着々と計画を推し進めてくれていることに、メベドは満足そうに微笑む。


(この男何者なんだ? 何を考えている? レイナルド・コリンズが主人公プロタゴニストだと云うならば、運命が彼を守るはずだが……)


 ――主人公は死なない。それは亜世界の常識、と云うよりも不文律として成り立っている。複雑過ぎる関係性、謂わば情報の絡み合いは、それ自体が情報保護プロテクトに似た役割を担っている。ひとつひとつの情報が柔らかい紐で結ばれていたとしても、それが絡み合って巨大な塊となれば、容易に断ち切ることは出来ないのである。僅かでも関係性が残ればそれを手繰って生き延びることが出来る――彼らに起こり得る奇跡やご都合主義の正体はそれであり、故に彼ら高粘度情報保持者は『主人公』とも呼ばれるのであった。


 しかし――。


(ミリアほどのアルテントロピーであれば、その特性を打ち破る可能性がある……?)


 そのタイミングで、リアムの頭にAEODアイオードの声が響いた。


[失礼します、ルーラー=リアム。先程この世界で確認されているプロタゴニスト達の属性が、ほぼ同時に失効しました。原因は不明です]


「なにっ?!」と、思わず声に出すリアム。


 それを見てメベドが笑った。


「うん、多少手順が前後したけれど、まあ細工は流々といったところだね。全ては順調、間もなくフィナーレだ」


 そう言って振り返り、彼は遥か先で空中戦を繰り広げているレイナルドとミリアを眺めた。一方リアムは言い知れぬ焦燥感に掻き立てられる。


(もしプロタゴニストが彼一人になったのだとしたら――レイナルド・コリンズが殺され消失したとしたら、何がある? どんな影響を及ぼす? この男の目的ねらいはその影響か?)


 推測は答えに至らねど、メベドの言う通りであればとにかく時間的猶予は幾ばくも無い。リアムはOLSを使って血晶城で待機しているマナを呼び出す。


[マナ、緊急だ。今すぐミリア達の戦いを止めてくれ]


[? ――了解しまシた]


 リアムがマナだけに伝えたその通信を、メベドは自分も聴いていたかのように話す。


「彼女の足ではとても間に合わないよ。殊能の効果だって届く範囲じゃない。そもそもアルテントロピーを使用している彼らに『ウルズの刻』は効かないけどね」


「……ならば私が君を捕まえて、即座に彼らの許へ向かうまでだ」


 身構えるリアム。するとメベド。


「できるかな? 目の前の恋人すら救えなかった君に」


「何だと?」


 何故そんなことまで――と思いながらも、リアムはかつて彼女の恋人を殺したピーター・ウッドやギール・オルセンの台詞を思い出した。


 ――『その力……あの爺さんが言った通り本当に――サー・ジャスティスなんだな……』


 ――『顔ははっきりとは憶えてねえが、ジジイだ。目が視えねえ様子だったぜ?』


「………………」


 メベドの顔をじっと見つめ黙りこくるリアム。


「その顔は何か思い当たるふしがあるのかな? まあ今更あったところで、なんだけど」


「――貴様……」


 明らかな挑発とは云え、その言葉はリアムの心を逆撫でた。怒りに駆られたリアムが拳を握る――その昂ぶりだけで大気が鳴動し始める。


「……凄いアルテントロピーだね。先に君が引き起こしてくれるなら、それはそれで僕は構わないんだけどね」とメベド。


 するとそこで、彼らの頭の中に女性の声がした。


[落ち着け馬鹿者。――アイオード、奴のアートマンを解析しろ]


[承知しました]とAEODアイオードの声。


 宙に浮かぶ二人より更に上空から暗雲を突き抜けて、ヒラリと地面に舞い降りる黒いコートの人影――彼女はジャケットの裏から旧式のハンドガンを抜き出した。――それは言わずもがな、一等官ルーラーのクロエ・白・ゴトヴィナであった。


[手段として効率的だが、趣向としては俗悪だな]


 彼女の登場に合わせてメベドがゆっくりと降下すると、リアムもまた着地した。

 空を塗り潰す灰色の雲にはクロエが空けた穴――そこから射す太陽光が、ダウンライトの様に荒野を照らし、雲とともに風に流された光は、二人のルーラーと対峙するメベドにスポットを浴びせた。


「これはまた、随分と優秀厄介なご婦人の登場だね」


 メベドは黒いスーツとコートに身を包んだクロエを見てそう言った。そしてリアムは横に並んだクロエに声を掛ける。


「ありがとうクロエ、良いタイミングで来てくれた。しかし何故――」


「ここへ来たかという話なら後にしろ、リアム。まずはこいつを確保するぞ」


 クロエはハンドガンの撃鉄を起こし、照準をメベドに合わせた。

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