EP15-8 二面激闘

 柳の如く、或いは霞の如く捉えどころの無いビャッカ改の動きに翻弄される、タナ・ガンのジンノウ。


「くそっ! 正々堂々勝負しろ!」


 ビャッカ改は、ジンノウの渾身の斬撃をヒラリと躱すと、その首と手首を掴む――瞬時にその重心を見抜いて足を掛け、大外刈りの要領で転ばせた。倒れたジンノウに覆い被さり、頭突きの様に巨人同士の額を当てて、アマ・ラが通信。


「お前さ? 正々堂々そういうのは――」


 タナ・ガンの回線みみにその声が聴こえる。


「!! 通信回線を乗っ取りジャックだと?!」


「――戦争で使う言葉じゃないぜ?」とアマ・ラ。


「なにっ?!」


 ビャッカ改の赤い髪の毛が伸びて、意思を持つ蔓の様にウネウネと、ジンノウの装甲を這う。


「なんだこの薄気味悪い装備は――!?」


 それがスルスルと、関節などの隙間へと侵入していく。


「こんなものっ!」とタナ・ガンは、侵食する髪を振り解こうとしたが、次第にジンノウの動きが鈍くなり、やがて停止――タナ・ガンの視界が暗転し、意識がコックピットへと呼び戻される。


「どうしたというのだ?! 動けジンノウ!」


 ジンノウのコックピットの内に、大きく『システムエラー』の赤い文字。


「これは……操縦プログラムを書き換えられたのか!? ――くそっ」


 タナ・ガンは、椅子からヘルメットに繋がっていたケーブルを抜くと、コックピットの計器類の蓋を開けて、慌ててプログラムの再起動をかける。

 エラー表示が『システム再起動中……』に変わり、その進捗を表すゲージがもどかしいほどにゆっくりと伸びていく――。


「……タウ・ソクあいつは大丈夫かな?」


 ピクリともしないジンノウを放置して起ち上がったビャッカ改は、もう一方の戦いの様子を確認する。


 そちらでは――右足を斬られたヴィローシナに、剣を向けるジュデーガナンの姿。


ヴィローシナその機体の首を、皇帝陛下への手土産とする!」


 ザ・ブロが勇んで剣を振り上げると、そこに割り込むビャッカ改からの威嚇射撃。


「ぬう?!」


 思わず距離を取るジュデーガナン。その間に他の3機のビャッカが割り込んだ。


「タウ・ソク隊長!」と、気遣う第1中隊のパイロット。そしてアマ・ラ。


「お前、何やってんだよ。関係ねーとこでくたばるなよ?」


 すぐに駆け付けたビャッカ改を見て、ザ・ブロが「ほう」と目を光らせた。


「タナ・ガンのジンノウに勝つとは。貴様の方がこの新型より手応えがありそうだな」


 構えを解いたザ・ブロの余裕を、勝機と見間違えた3機のビャッカが、一斉に飛びかかる。


「やめろ!」というタウ・ソクの言葉が届くと同時に――「甘い」とザ・ブロ。


 ジュデーガナンは体当りして1機を弾き飛ばすと、すれ違いざまに双刀で、残りの2機のビャッカの胴を両断した。


「皆、手を出すんじゃない! こいつは僕が!」


 と叫ぶタウ・ソクの許に、コタ・ニアからの通信が入った。


「こちらインダルテ。タウ・ソク、すぐに戻ってくれ。バタンガナンが現れた」


「なんだって――?!」


 ――茶色い地表のバハドゥを見下ろす宇宙空間では、解放軍の機動戦闘艦インダルテに、ステーションを経由して間もなく飛び立った橙色の機体バタンガナンが迫っていた。


宇宙そっちにアグ・ノモが?!」


 タウ・ソクは会話しつつも、決して眼前のジュデーガナンから目を離すことはない。


「ええ、私もこれからビャッカで出ますが、正直私では荷が重い」とコタ・ニア。


 発言には慎重な彼がそう言うのであれば、それは弱音ではなく事実なんだろう、とタウ・ソクは思った。


「――了解した。できるだけ早く向かう」


 とは言ったものの、ジュデーガナンに追い詰められたこの状況で宇宙へ救援に向かうことなど不可能である。


(どうする――? こいつをなんとか倒さないと、宇宙うえへは上がれない)」


 タウ・ソクは一瞬考えたが答えは幾つも無かった。


「アマ・ラ――」


「うん、どした?」


「先に宇宙そらへ上がって、バタンガナンを止めてくれ」


「はあぁ?」


「君ならできるだろ――?」


「そりゃ簡単だけどさ、お前はどうすんのよ? こいつに負けそうじゃん。何度も言うけど、俺はお前の護衛なの。お前が危ねーなら俺は――」


「大丈夫だ」


 タウ・ソクの力強い響きがそれを遮った――その言葉を聴いて、アマ・ラは一瞬だけ黙る。


「…………」


「僕は大丈夫だ。だからコタ・ニア達を――インダルテの皆を護ってくれ」


「……わーったよ。じゃあ頑張れ」


 アマ・ラがそう言い残すと、「ありがとう」とタウ・ソク。


 ビャッカ改はヴィローシナにくるりと背を向けて、躊躇する様子も無く飛び立った。――数百メートル上空で航行モードに変形し、空気を引き裂いて宇宙へと向かう。


 一度飛び立つと振り返りもしない彼女に、AEODアイオードの声。


[――宜しいのですか? タウ・ソク護衛対象を置いて行ってしまって]


 言わずもがな、彼女が最優先とすべき事項はタウ・ソクの生存である。しかしアマ・ラは言う。


「あいつは……あそこじゃ死なねーよ――なんせ『大丈夫だ』って言ったからな」


「……それだけで? 状況から考えれば信頼性に欠ける台詞であると判断しますが」


 AEODアイオードのもっともな意見に彼女は笑って答える。


「んなこたねーさ。主人公プロタゴニストの『大丈夫あの言葉』はさ――特別なんだよ」


「特別? それはアルテントロピーによる観測に基づくものでしょうか?」


「さあな。でも覚悟ってやつは、情報次元への扉を開ける鍵のひとつなんだぜ?」


 虹の様な粒子を噴きながら、ビャッカ改は一気に大気圏を突き抜けていった。



 ***



 そのアマ・ラが向かう宇宙さきでは、アグ・ノモの視界バタンガナンの射程に、インダルテとそれを護るコタ・ニアの第4中隊――16機のビャッカ達が捉えられていた。


「やはり近くに潜んでいたか、解放軍」


 バタンガナンは両手にハンドガンタイプのビーム銃を携えて、背部のメインスラスターを吹かすと、爆発的な加速で正面からインダルテに接近する。


「バタンガナン接近――!」


 オペレーターの報告で、インダルテは艦首を引き上げて《縦になり》、砲塔や銃座が多数付いた艦底をバタンガナンの方に向けた。

 ――宇宙戦艦は形こそ海上戦艦に酷似しているが、戦闘時の運用法は全く違う。上下の概念が意味を成さない宇宙では、戦艦はこうして分厚い装甲に護られた底部を盾として、ブリッジやハッチを守りながら戦うのが基本なのであった。


「撃ち方開始!」


 出撃したビャッカコタ・ニアからの号令で、インダルテの底面から飛来する点バタンガナンへと集束する艦砲射撃――普通のパイロットなら10秒と逃げ切ることは出来ないであろう、高密度の射撃の束。

 しかしバタンガナンは、機体がバラバラになるのではと疑うほどの、高速且つ多角的な動きでそれを潜り、振り切って、徐々にインダルテの艦橋うしろに回り込んだ。

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