EP15-9 起死回生

 ほとんど無い余裕の中でアグ・ノモは嬉しそうに微笑う。


「よく狙うようになった――2年前とは比べ物にならんな」


 艦底からの射撃群をバタンガナンがなんとか抜けると、艦の上側にはビャッカ達が、隊列を組んで待ち受けていた――オレンジの影が見えるなり一斉射撃。


「ムッ!」


 アグ・ノモは、バタンガナンを取り囲むビャッカの包囲射撃に一点の隙間を見出し、そこから抜け出す。しかしその前に飛び出した1機が行く手を阻んだ。――コタ・ニアの隊長機ビャッカである。


「せめて時間稼ぎをっ!」と斬りかかる。


 バタンガナンがその剣を腕の装甲で防ぐと、ビャッカは空いた脇腹に銃口を突き付ける。しかしそれが発射される前に、バタンガナンのもう一方の銃が、そのライフルを撃ち抜いた。


「読まれている?!」とコタ・ニア。


 ビャッカは破壊された銃を手離し、間髪入れずにその空手でバタンガナンの首を掴もうとするが、その腕はあっさりと払い除けられた。


反応うでは悪くないが、ビャッカの出力その程度のパワーでこのバタンガナンは抑えられんよ」


 バタンガナンはビャッカを蹴り飛ばし、その勢いも利用して再び急加速。

 周りの数機がすぐにフォローに回りそれを狙い撃つが、彼らの間を縫う様に飛ぶバタンガナンに当てるのは容易ではない。迂闊に撃てば味方にも当たりかねない。


「こいつは速過ぎる!」と、ビャッカのパイロットが自棄になったような台詞。


 そう思わせたところで、アグ・ノモは一瞬速度を落として敢えて照準を合わせる隙を作った。ここがチャンスとばかりに、分かりやすく射軸を合わせたビャッカのビームを、バタンガナンは肩の装甲で逸らして、別のビャッカに直撃させる。


「な――! 跳弾を当てた?!」


 味方のビームでよろめいたビャッカを、バタンガナンが素早くビームで撃墜する。


「斥力装甲はこうも使える」とアグ・ノモ。


 ビャッカ達が怯んだ本物の隙を突いてバタンガナンは一気に詰め寄り、彼らの僅かな装甲の隙間に次々とビームを撃ち込んでいく――。

 インダルテのブリッジでは、女性のオペレーターが信号の途絶えた数を読み上げる。


「3機大破! 4B3も撃墜されました!」


「なんて強さだ……たった1機に……」


 副官が頭を抱える中、バタンガナンの攻撃は休まることを知らない。


(早く……早く来てください――タウ・ソク)


 橙の影に翻弄されながらコタ・ニアが呟いた。



 ***



 地上では、右足に加えて左手までも失ったヴィローシナ。距離を置いたジュデーガナンから、いよいよ大詰めとばかりに、ザ・ブロが高言した。


ビャッカ改赤い髪付きを上がらせたのは間違いだったな。貴様一人でこのジュデーガナンを相手にしようとは、思い上がりも甚だしいわ!」


 その周囲には数機のビャッカの残骸――タウ・ソクのピンチに、彼の制止を振り切って参戦した者の成れの果てであった。

 しかしタウ・ソクの思考に、彼らに対する同情を抱いている余地は無かった。ただ目の前の敵を倒すことだけに集中せざるを得ない。


(あいつの加速には追い付けない。動きは単調だが――軌道が予測できても装甲に隙が無い……)


 宙に浮いているジュデーガナンの下には、風が波紋の様に拡がって、周囲の砂を吹き飛ばしている。


(あの風……待てよ? 外側の視えてるスラスターやバーニアだけで、あの巨体が垂直に浮けるとは思えない。なら腰の装甲の下は――?!)


 唐突に、ヴィローシナは右手に持っていた剣をジュデーガナンに投げつけた。狙いは正確であったが、難無く叩き落される。


「ヤケになったか? ――最早抗う術も無いようだな?」


 ジュデーガナンは両腕を交差して、白く輝く双剣を構える。


(やるしかない――チャンスは1度きりだ)とタウ・ソク。


 弓の弦を引き絞るように、ジュデーガナンのジェネレータが徐々に出力おとを高め、スラスターが拡大ひらく。


「――これで終わりだ、青いッ!」


 背後のスラスターが大きな虹の輪を残して、ジュデーガナンが飛び出した。


(!! ――ここだ!)


 ヴィローシナは左腕から銃を引き抜くと同時に、胴体の前面に付いたバーニアをフルに使って、思い切り仰向けに倒れ込んだ。


「なにっ?!」


 機体の上をジュデーガナンが通り抜ける瞬間、真下から見上げるタウ・ソクの目の前に、剥き出しの噴射口バーニア――ヴィローシナの照準は刹那の間にそれを捉えた。そして射撃。

 ビームは股下から貫通しコックピットの横を焼き、ジュデーガナンの肩口から抜けていった。バランスを失ったジュデーガナンは、その推進力のまま凄まじい勢いで地面にぶつかり、装甲板を撒き散らしながら、跳ねる様に転がる。


「将軍!!」と叫ぶタナ・ガン。


 ジュデーガナンは煙と炎を上げながら、数百メートル先まで一直線に転げ回り、ようやく止まった。


「ハァハァ……ハァ……っやった――はずだ」


 タウ・ソクは自分の手応えを信じ、ヴィローシナで仰向けになったまま、心臓の鼓動が落ち着くのを待った。

 決着を見たビャッカ達は二手に、ヴィローシナとジュデーガナンに、それぞれ駆け寄る。


「タウ・ソク隊長!」と近寄るビャッカが視界に入ると、ヴィローシナは身を起こした。左足が破損したままであるので、完全に立ち上がることは出来なかったが、それに仲間が肩を貸す。


「僕は大丈夫だ。それよりインダルテのところへ――アグ・ノモを倒さないと」


「無茶ですよ! その状態でバタンガナンとやり合うなんて……。アマ・ラさんならなんとかしてくれます!」


 その部下なかまの言葉に、しかしタウ・ソクは首を立てに振ることは出来なかった。――彼は心配そうに宇宙そらを見上げる。


「いや、彼女は――アマ・ラは敵を撃たない。……それに撃たせたくない。だから僕が行かなきゃダメなんだ」


 ヴィローシナは銃をしまうと、スラスターを軽く吹かして状態を確認する。


(バーニアは幾つかやられてるけど、メインスラスターは問題無い。これなら上がれる。宇宙なら足なんて無くても――)


 タウ・ソクは遠くで煙に塗れたジュデーガナンに顔を向けた。


ジュデーガナンあの大きいヤツはもう戦えない。……残りの処理は頼む」


 そう言ってヴィローシナは徐に離陸すると、関節の状態を確認をしながら上昇し、航行姿勢を取った。足の装甲が無い分先端が少し欠けていたものの、大気圏からの脱出は可能、と判断して一気に加速する。


(アマ・ラが僕を護るって言うのなら、僕は彼女の生き方を守らなきゃいけない――)


 そのヴィローシナの姿が地上から肉眼で確認できなくなった頃に、ビャッカに取り囲まれていたタナ・ガンのジンノウが再起動を終えた。


「こいつ、動けるのか――?!」


 ビャッカ達が慌てて取り押さえようとした手を、ジンノウの剣が切り払った。


「邪魔だ!」とタナ・ガン。


 近くの1機に体当たりを食らわせて、更にその隣のビャッカの頸に剣を刺し、包囲を抜ける。


「ザ・ブロ将軍!」


 半壊したジュデーガナンのコックピット部分を運ぼうとしていたビャッカに、ジンノウは獣の如く襲い掛かると、その手からコックピットを剥ぎ取った。

 ビャッカを蹴り飛ばして上昇すると、その足元へ無造作にビームを乱射し、火煙を巻き上げる。


「くそっ、逃がすな!」という解放軍の声を置き去りにして、ジンノウはビャッカの追い付けぬ速度で、その場から離脱していった。

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