EP16. *Tears《散りゆく生命》

EP16-1 望まぬ戦い

 ジュデーガナンのコックピットを奪い去り戦略基地から逃げ果せたタナ・ガンは、入り乱れた台地の隙間へとジンノウの身を隠し、解放軍の追手が無いことを確認して機体を降りた。


 半壊したコックピットに駆け寄る――。


「将軍! ――ッ!?」


 中を覗くと、半身を焼かれ両脚を壁に潰されたザ・ブロの無残な姿。それを見た瞬間にタナ・ガンは、彼がもう助からないことを悟った。


「う……あ…………」


 今にも息絶えそうなザ・ブロの目が、タナ・ガンに向けられる。


「ザ・ブロ将軍!」


「タ……ガン……。あの青……を――。て……帝国に…………栄光――」


 そこでザ・ブロは事切れた。


「――将軍!」


 タナ・ガンは焼けただれた彼の手を握り、祈るように固く目を閉じる。


(将軍……貴方の仇――帝国の栄光は、このタナ・ガンが必ずや――)


 そう誓って彼はジンノウに飛び乗ると、迷う事なく宇宙そらへと上がった。その瞳は、黒く燃えるような復讐の怒りに染まっていた。



 ***



 解放軍の機動戦闘艦インダルテ――騒めくブリッジ。


「D小隊、全機戦闘続行不能――!」


「4B1中破! ――残っているのはA小隊とB小隊2機だけです!」


 オペレーターの悲鳴に似た報告に、コタ・ニアの留守を預かる副官が声を上げる。


「Z速維持のまま艦首を9時に転回! 裏の砲塔、休ませるな! 断続偏差のピッチ上げろ!」


 コタ・ニア率いる第4中隊を半分以下まで減らしたバタンガナンは、目標を巨人から艦へと切り替えていた。――ビャッカ全てを撃墜しようとした場合、ビーム銃のエネルギーを使い果たし、肝心のインダルテを沈めることが出来なくなる可能性があるからである。

 その為バタンガナンの射撃の回数は減ったものの、その分狙いはより注意深く、精密になっていた。


(エネルギー残量は15%か)とアグ・ノモ。


 ビャッカを減らしたことで多少薄くなった弾幕は、それでも雨の如くと表現するに充分な量である。

 アグ・ノモはバタンガナンでそれを冷静に躱しつつ、致命となる隙を探している。するとそこへ、ピピピッという注意を引く電子音――アグ・ノモの視界のレーダーに新たな機影。


「増援――? ヴィローシナが来たのか? いやこの反応は……ビャッカ改例の髪付きか!?」


 青の星バハドゥを背に、インダルテ目指して真っ直ぐ飛来するアマ・ラの赤いビャッカ改――。それを見たインダルテのオペレーターが「ビャッカ改です!」と、興奮気味で味方に伝える。

 そのコックピットのアマ・ラには、戦闘で手一杯のコタ・ニアらが報告するより先に、AEODアイオードが詳細な情報を伝える。


[解放軍の機甲巨人は10機が戦闘不能――パイロットは重傷者4名、他は軽傷です。戦闘艦の被害は軽微、ビーム砲2門の中破のみです。死者は出ておりません。帝国軍の戦力は機甲巨人1機のみ――識別コードはバタンガナン、パイロットはアグ・ノモです]


(ジェラートの兄ちゃん、やっぱ戦っちゃうんだな……)


 アマ・ラの表情が沈む。――彼女にとっては解放軍のメンバーは勿論、彼らと敵対する帝国軍も、また両軍の機甲巨人ですらも、本来は護るべき亜世界の人々なのである。そして先日の短い邂逅の中で、彼女はアグ・ノモという人間を知ってしまっていた。


[推進剤及びビーム粒子の残留濃度から、バタンガナンの戦闘軌道を逆算……93秒前から回避に徹しています。携行ビーム兵器のエネルギー残量は14.95%。――残弾で戦闘艦へ有効打撃を与える為、隙を伺っているといったところでしょうか]


「そっか……なら要するに、残量たまが無くなりゃ撤退するまた明日ってワケだよな」


[その可能性が高いかと]


「んじゃ、今日のところはさっさと帰ってもらって、今度は飯でも奢って貰おうかな? あの兄ちゃん良い人だし」


 ビャッカ改は射程ギリギリで航行モードを解除すると、これ見よがしにライフルを放った――ビームがバタンガナンの鼻先を掠める。


「――! あの距離からだと?!」とアグ・ノモ。


 2機の距離とバタンガナンの不規則な動きを考えれば、たとえ熟練のスナイパーであったとしても、そこまでことは不可能に近い。故にアグ・ノモはその腕前に驚愕せざるを得なかった。ただ当然アマ・ラには、ビームを彼に命中させるつもりなどなく、ギリギリのところでわざと外したのであった。


「まぐれということもあるが!」


 しかしその狙撃精度を脅威と見做したアグ・ノモは、バタンガナンを反転させて標的をビャッカ改そちらに移す。――無論彼は、その相手が先日街で出逢った朗らかな少女であるなどとは、露ほども思っていない。

 後方のビャッカが撃つビームを、バタンガナンが螺旋旋回バレルロールで回避して見せると、コタ・ニアが射撃それを諫めた。


「射撃止め! ビャッカ改に当たります!」


 その様子を見て「フッ」と笑うアグ・ノモ――バタンガナンは、敢えてインダルテとビャッカ改を結ぶ直線上を飛んでいる為、そのどちらからも迂闊に撃つことが出来ないよう仕向けているのである。もっともアマ・ラであれば、友軍の攻撃を避けつつ一発必中、という芸当も可能なのだが、やはり彼女にはアグ・ノモも、彼の乗る機体も墜とす気など更々無かった。

 そうとは知らぬアグ・ノモは、バタンガナンとビャッカ改の距離が縮まると、両手の銃をしまって右手に剣を携えた。


「単機でやって来るとは、余程腕に覚えがあるようだ」


 スピードを落とすことなく突っ込んでくるバタンガナンに対し、ビャッカ改もライフルを剣に持ち替えた。


「射撃は大したものだが、近接戦はそうもいくまい」


 バタンガナンはすれ違い様に横薙ぎ――剣で弾くビャッカ改。その背後で縦に半円を描いたバタンガナンが、直上から下降とともに斬りかかるが、ビャッカ改は前を向いたままその刃を受け止める。


「なんと! これを防ぐ!」


 両者が上下に分かれた鍔迫り合いとなると、出力で勝るバタンガナンは強引に剣を押し込み、肩口への蹴り。しかしビャッカ改が半身になって装甲かわ一枚でそれを躱すと、互いの剣が離れた――瞬間、再び間合いを詰めるバタンガナン。斜めに一回転して放った逆袈裟斬りを、ビャッカ改は仰け反りつつ爪先で剣先を蹴り上げて逸らす。体勢を崩されかけたバタンガナンは咄嗟に飛び退く。


「なるほど、このパイロット……想像以上に手強い」とアグ・ノモ。


 剣だけでは厳しいと判断した彼は、右手に剣を持ったまま、左手に銃。だがその銃口を向けると、ビャッカ改はヌルリと射線を躱した。


「ぬ!?」


 照準を合わせようにも、銃口を向けられただけで、そこから居なくなるビャッカ改の動きに、アグ・ノモは驚きを隠せなかった。


「射軸すら合わさせんつもりか?!」


 バタンガナンが突進して鋭い突きを放ち、ビャッカ改が悠々とそれを回避すると、動きを読んでいたアグ・ノモは回避方向にビームを発射――しかしビャッカ改はそこからサーカスじみた宙返りでグルリと躱してみせる。


「この戦闘機動マニューバ――!」


 バタンガナンの更なる近接射撃を、錐揉みする軟体動物の如く避けるビャッカ改。


「これが人間の動きかっ?!」


 アグ・ノモの驚愕など意にも介さず、ビャッカ改は背を向けたまま、バタンガナンの銃を蹴り飛ばした。


「ちいっ、ビームを――っ!」


 数秒と経たぬうちにビーム銃は、アグ・ノモの視界の端から虚空へと消え去っていった。

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