EP16-2 決死

 こうなっては、バタンガナンが残りの1丁1刀だけでインダルテを撃沈することは難しい。それどころか、今戦っているビャッカ改に勝つことすら困難な状況となった。


「……止むを得ん」


 そうなるとアグ・ノモは、ベテランの見切りの良さですぐさま撤退を決め込んだ。

 その動きを見せつつも、バタンガナンは去り際にインダルテに向かって射撃を1発――しかし発射とほぼ同時に動いたビャッカ改が、その射線に腕を差し出して装甲でビームを弾いた。


「フッ、一分の隙も見せてくれんとはな」と、感心して微笑うアグ・ノモ。


 そしてビャッカ改から攻撃の気配が無いのを覚ると、バタンガナンは素早く戦線から離脱した。それを見送るアマ・ラ。


「お疲れビャッカ。無理させてゴメンな? 流石にあの兄ちゃんはキツかったな」


 彼女自身の能力はともかく、機体自体はあくまでこの世界の通常兵器でしかなかった為、どれほど効率良く操縦したところでアグ・ノモの操るバタンガナンを相手にするのは、ビャッカでは性能的に限界に近いのであった。


(ジェラートの兄ちゃん、この亜世界インヴェルセレで会った中じゃ断トツに強いな――タウ・ソクがなんとかなってんのは運命が味方プロタゴニストだからか)


 正直なところ、自分以外で相手が出来る人間はそういないだろう、と思いつつも。


(でもやっぱ、戦いたくねえな……)


 というのがアマ・ラの本音であった。とは云え、とりあえずはインダルテを無事護ることに成功し、アグ・ノモにも怪我を負わすことなく状況を乗り切った彼女である。ビャッカ改との接続を切ると、仄かに緑光を帯びた薄暗いコックピットで、シートに身を預けて目を瞑り、ホッと一息。


 ――するとコタ・ニアからの通信。


『ありがとうございました、アマ・ラ。助かりました』


「あいよ。……怪我人の具合は?」


『重傷者はいますが、命は取り留めました。死者は出ていません』


「――そか……」


『タウ・ソクもこちらに上がってきているようです』


「ん。なら一安心か。とりあえずビャッカこいつのメンテしてもらえっかな? ちょっと無理させちゃったからフレーム歪んでるかも」


『解りました。ではインダルテに帰投してください』


「あいよー」


 インダルテが艦首を引き下げて水平になると、アマ・ラはビャッカ改を労るようにゆっくりと飛びながら、開いた上部ハッチの中へと戻っていった。



 ***



 一方、バハドゥの重力を振り切ったヴィローシナは、バタンガナン撤退の報を受けて一安心しながらも、緩やかな速度でインダルテに向かっていた。しかし艦へ辿り着くよりも先に、機甲巨人タウ・ソクレーダー目と耳は、バタンガナンの信号を捉えた。


「この反応は……アグ・ノモ!?」


 いかに進路に多少重なる部分があったとしても、広大な宇宙空間でたった2機の機甲巨人が鉢合わせになるなどということは、文字通り天文学的な確率で低い。しかしその偶然は、タウ・ソクの高粘度情報保持者プロタゴニストという特性によって引き込まれたのであった。


「ヴィローシナだと――?! よもやここで出遭うとは」


 予測とは大分違うタイミングで出遭った二人は、双方が激戦の果てであり、互いに決着を付けるに相応しいだけの万全な状態とは云えない。

 ヴィローシナは、右足と左手をジュデーガナンとの闘いで失い、更に装甲を欠いた状態で強引に大気圏を突破した為に、右脚の骨格は膝の辺りまで熔けていた。無論機体のエネルギーも残り少なく、装甲全てに斥力を発生させるだけの余裕も無い。

 対するバタンガナンは、機体はほぼ無傷であったもののエネルギーはごく僅か。まともに使える武器は剣1本だけで、ビーム銃ハンドガンのエネルギーは底を突きかけ、撃てるのはせいぜい3、4発といったところであった。

 とは云え戦場で宿敵を目の前にしてしまっては、互いに見逃す訳にもいかず、二人は直ちに戦闘へと移行せざるを得なかった。――迷わず放たれるヴィローシナの精確な射撃。


「アグ・ノモッ!」


「チッ、ヴィローシナめ――厄介なところに置く!」


 アグ・ノモの行く手を塞ぐビームに、彼は悪態とも褒め言葉ともとれる台詞を吐いた。

 タウ・ソクはバタンガナンの動きを予測しながら、回避行動の先にもビームをように撃つ。バタンガナンはそれを華麗に躱すが距離を詰められず――かといって残弾が無い為射撃戦に受けて立つことも出来ない。


「速くても――武器が無いのか?」


 ビーム残量には多少の余裕があるヴィローシナは、チャンスと見て続けて撃つが、しかし回避に専念しているバタンガナンに当てることは出来なかった。二人は互いに攻め手を欠いて、早々に膠着状態となる。


「くそっ、このままじゃエネルギーが……」


 タウ・ソクの視界に表示されているライフルのビームの残量がみるみる減っていく。


らちがあかんな――」とアグ・ノモ。


 しかしその膠着を、レーダーに現れた新たな機影が破った。


帝国てきの識別信号――?! 増援なのか!?」とタウ・ソク。


 二人の許に高速で飛来するのは緑色の最新鋭機――タナ・ガンの乗るジンノウであった。


「見つけたぞ、蒼海の死神……! ザ・ブロ将軍の仇! 貴っ様があぁぁぁーッ!!」


 吼えるタナ・ガンの気迫までもが機体ジンノウに乗り移る。狂気とも感じられるほどの勢いで、なりふり構わず突っ込んでくる。


「?! コイツは……?!」


 タウ・ソクはバタンガナンの動きに注意しながらも、ジンノウに数発のビームを浴びせる。しかし多少の被弾があろうとも、ジンノウはヴィローシナのビームを避けもせず、只管に加速して、真っ直ぐ突き進んできた。


「特攻してくる――?!」


 その異常さにはアグ・ノモですら目を見張る。


「タナ・ガン?! 何をするつもりだ!?」


 ヴィローシナのビームがジンノウの首に命中して、その頭が吹き飛ぼうとも、ザ・ブロの復讐に燃える緑色の悪鬼は怯みもしない。その鬼気迫る異様さがタウ・ソクをたじろがせた。

 複雑な動きで後退しながら射撃するヴィローシナを、狂った様にしつこく追いかけ、徐々にその距離を詰めていくジンノウ。


「異常だぞ?! この機体――何なんだ!」とタウ・ソク。


 更に左脚が破壊されたところで、ついにジンノウはヴィローシナに辿り着き、そのまま抱き付いた。


「――何っ!?」


 ジンノウはヴィローシナの身体に手を回し、両手でガッシリと手首を掴む。


「離れろ――このっ……」


 ヴィローシナが引き剥がそうと、力を込めても、ジンノウは磁石の様にピッタリと貼り付いて、びくともしない。


ジンノウこいつ、斥力装甲を?!」


 藻掻くヴィローシナ――狼狽するタウ・ソクの様子を見て、アグ・ノモはタナ・ガンの意図を理解した。


(装甲の斥力を反転させているのか? しかしそのまま出力を上げれば……タナ・ガン、まさか貴様!?)


 装甲の斥力機能を逆に使えば、それは周囲の物質やエネルギーを引きつける効果となる。取り付いたヴィローシナを逃さないという点では有効ではあったが、同時に逃がすべき機体を取り巻く熱――起爆性を持つ推進剤のかすなども取り込んでしまう危険性を伴う行為であった。

 そんなことをすれば自爆結果は目に見えている。しかしタナ・ガンの覚悟は、敢えてそれを誘発しようという意志であった。

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