EP21-7 足跡と進路

 宇宙空間を駆け巡る人型のロボット。交差する光の兵器と、銀河を渡る戦艦。――リンネが見た映像はそれであった。


「信じられない……こんなのって……」


 自分の殊能を疑いたくなるほど非現実的な光景に、彼女は言葉を失った。


「何が視えたんだ?」とマナト。


「ええっと、何て言えばいいんでしょうか……」


 上手く説明することが出来ないと感じたリンネは仕方なく、その宇宙戦争の出来事の見たままをありのまま伝えた。


「――そんな、本当に別の世界なんてのが……」


「私自身も信じられませんけど、本当です。私の『ミミルの首』は、妄想やフィクションなんて見せることはありません」


 それは重々承知していながらも絶句せざるを得ない一同に、タウ・ソクが徐に説明を始める。


「この服は僕が所属していた解放軍のパイロットスーツだ」


「パイロット? アナタ軍人だったの?」とホノカ。


「ああ。僕は機甲巨人という兵器のパイロットで、ヴェルゼリア帝国という敵と戦争をしていた。だがその戦争に決着がついて間もないうちに白い光に包まれて――」


「気が付いたらこの世界に……?」


「多分そういうことだと思う。宇宙空間で機体ごと消えたはずだったけど、目が覚めたときには地上にいて、僕の乗っていた機体も無くなっていた」


 それを聞いてホノカは不安げにマナトの顔を見る。


「なら私たちも彼と同じように――」


「かもしれない。俺たちの場合はキャンパスごと、だけどな。……でもまあ心配すんな。こうして他の人間もいたんだし、俺もついてる」


 マナトがそっとホノカの手を握ると、彼女は「うん……」と頬を赤らめて小さく頷いた。


 するとヒロが溜め息混じりに言った。


「はいはい、お二人さん。ノロケはそこまでにしてくれよ。んなことよりよ――」と、興味津々でソファから身を乗り出す。


「宇宙で戦ってたって話が気になるぜ。機甲巨人ってのは?」


「僕がいた世界の銀河は帝国軍に支配されていて、僕ら解放軍は星系の解放と独立を目指して戦っていたんだ。リ・オオという少女を筆頭に――。機甲巨人というのは簡単に言えば、人型の巨大ロボットかな」


「……と、とんでもねえ世界があるんだな。こんな状況でなけりゃ1ミリも信じられねえぜ」と、苦笑するヒロ。


 タウ・ソクは自分の頸の後ろに手をやって「ここに――」と言いかけたが、彼は頸椎そこに埋め込まれているはずの、機甲巨人との接続機器が無いことに気が付いた。


(? コネクターが無い……?)


「どうしたんだ?」


 首を傾げるマナトに「いや、なんでもない」とタウ・ソク。


(摘出された感じじゃない。消滅してしまったのか? これでは巨人の操縦が……)


 話を信じてくれた様子のマナトらではあったが、機甲巨人さえあれば操縦して証明してみせようと思っていたタウ・ソクは小さな溜め息を零した。


「ところで――君たちの言っていた殊能というのは?」


 するとマナトが「ああ」と頷いてホノカを見た。手っ取り早く殊能を披露するには、彼女の『スルトの火』が一番解り易いと判断したからである。それを察したホノカは、右手を前に出して手の平を上に向ける――するとその手が突如炎に包まれた。


「なっ――?!」と思わず身を引くタウ・ソクを見て、ホノカが微笑んだ。


「大丈夫よ。この火は私の意思でしか燃え移らないから。これが炎を自由に操る私の殊能――顕現名『スルトの火』」


「ち……超能力ってやつか。――驚いたな、君たちは皆殊能これが使えるのか?」


「種類や系統は人それぞれだけどね。マナトはエネルギーを反射する『アイギスの盾』、そっちのヒロは幻覚を見せる『ガングレリの森』。リコ先生は電磁パルスの精密操作。リンネはさっきの通りよ」


「なるほど……そんな凄い能力があるんじゃ、バンパイアあの怪物たちとも戦えるわけだ」


「まあな」とマナト。


 ホノカが手で握り潰すように炎をかき消した。


「でもなんでお互い違う世界なのに、言葉が通じるのかしら?」


 彼らは出会ったときから自分達の母国語で話しているつもりなので、これは疑問としては当然のことであった。


「それなら」とタウ・ソクが答える。


「アマラが――僕に異世界のことを教えてくれた少女が言うには、世界を転移する人間には元々情報を変える力があるそうだ。言葉はそれによって無意識に変化させているらしい。それができない転移者というのもいるらしいし、この世界でもそれが適用されているのかまでは解らないけど」


「じゃあ私たちにもそんな不思議な力が在るっていうことなのかしら……」


「だと思う。というか僕からすれば、君らのその力が既に充分不思議だよ」と、苦笑してみせるタウ・ソク。


 するとマナトが皆に問うように言う。


「で、お互い世界自己紹介が終わったところで――これからどうする? この辺りの探索は終えたが、タウ・ソクのようにまだ転移してくる人間がいないとも限らねえし」


「そうね……水や食料は備蓄庫にまだ沢山あるけど、太陽が当たらないければ電気がいつまでももつとは限らないわ。そうなればセキュリティや出入口のロックも――」


 それは彼らがここに来たときからの課題ではあったのだが、解決策を見出だせぬまま現在に至っていたのであった。

 そこで皆の視線は当然のように、数少ない大人で担任でもあるリコに向けられた。それに応えざるを得ないリコは、「うぅーん」と唸ってから口を開く。


「とりあえず、今日のところは休みましょう。タウ・ソクさんもお疲れでしょーしぃ。今後の方針はぁ、八重樫先生と私で話し合いますから」



 ***



 綺麗に片付けられた学生寮の部屋。荷物らしい荷物も無いタウ・ソクを案内したマナトが、部屋の電気や水道をチェックしてから言った。


「とりあえずここを使ってくれ」


「空き部屋か?」


「ああ、前住んでた生徒は転校したんだ。ユウってヤツでさ、半年ぐらいしか居なかったから汚れちゃいねえと思うぜ?」


「ふぅん」と呟きながら見回すタウ・ソク――確かに部屋には殆ど使った形跡が無く、真新しいワンルームマンションの一室、といった感じであった。


インヴェルセレあっちの世界よりは、源世界に近いんだな……)


「じゃあまた明日な。当たり前だけど朝陽は入らねえから、適当に起きてくれよ?」とマナト。


「ああ、ありがとう」


 タウ・ソクは、部屋を出るマナトに軽く手を振り、部屋の壁に掛けられた時計を見る。


20時フタマルか。この世界も一日の長さは同じなんだろうか)


 などと考えながらパイロットスーツを脱ぎ、マナトが置いていったネストの部屋着ジャージに着替える。そして就寝には早い時間だと感じながらも、全身に粘り着く疲労感とともにベッドへと身を投げ込んだ。

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