EP21-6 点と点
教室棟はプロペラを重ねたような多少個性的なデザインではあったが、時計台のある講堂や学生寮などその他の建物は、概ね一般的な、いかにも学校じみた造りであった。しかしその『平和な日常』が、ドーム状に抉り取られた地下に突如として出現し、またブレザー姿の生徒達が警備兵よろしく銃を携行して歩いているという状況は、戦場に身を置いていたタウ・ソクから見ても中々に異様な光景であった。
「学園ネスト……? ちょっとした地下都市みたいだな」とタウ・ソク。
「ついこの前までは、地上にあったはずなんだけどね」
そう言って振り返ったホノカは、溌剌として大きな瞳が印象的な女の子であった。その外見は美少女と謳って何ら差し支えのないものである。
「来て。そこの扉は外のより頑丈だから中は安全よ。――多分ね」
彼女に誘われて洞窟へと入ったタウ・ソクが、周囲を物珍しげに見回しながら歩いていくと、正面の4階建ての校舎と思しき建物から、二人の男子生徒が彼らの許へ向かってきた。
真っ先にホノカへと駆け寄る黒髪の青年は
最早云うまでもないが、マナトやホノカを含めた彼らは、かつて
そしてマナトは完全反射の殊能『アイギスの盾』を持つ
「良かった。無事だったんだな、ホノカ」と、安心した様子のマナト。
以前は冴えない印象の彼であったが、あの覇気の無さはどこへやら、今は凛々しく頼り甲斐のある好青年という面持ちである。
一方マナトの後ろからマイペースに歩いてきた茶髪の少年――『ガングレリの森』の
「お疲れ、朱宮。そっちのが襲われてたって人か? なんか変な服だな?」
ヒロは人目を引く青と白のパイロットスーツを見てそう言った。すると「ああこれは――」とタウ・ソクが言いかけたところで。
「とりあえず中に入ろうぜ」と、マナトが促した。
ホノカもそれに同意し、四人は先程マナトらが出てきた建物へと足を運んだ。
***
学園ネストの管理棟にある防災センター。そこの警備員用の休憩室。20人ほどがくつろげる大きめの部屋で、壁際のソファにヒロ、長机に着いたタウ・ソクの対面にマナト。そして彼の隣に、ピンク色のウェーブヘアをした小柄な白衣の女性――
お互い名前だけの自己紹介を終えた後、話は早速現状確認へと入った。
「サンキュー、ホノカ。――それで、タウ・ソク……だっけ? アンタも今、この世界の状況を把握できてねえってことなんだ?」
マナトが言うとタウ・ソクは徐に頷いた。
「ああ。僕が目を覚ましたのは半日ぐらい前だ。それですぐにあの――バンパイアか。アレに襲われた。君たちもそうなのか?」
「私たちが気が付いたのは2ヶ月前だけど、まあ似たようなものよね」とホノカ。
するとリコがうんうんと首を振りながら、のらりくらりと話す。
「このネストにはー、大勢の生徒がいたんですけどぉ、目が覚めたときには半分ぐらいしかいなかったんですよぉ。それで他の生徒や先生を探していたんですけどー……」
「無人だった?」
「そうなんですよぉ」と、残念そうに俯くリコ。
タウ・ソクはマナトを見て「あの魔物は?」と尋ねた。
「アイツらは……俺とホノカが街を探索しているときに現れたんだ。最初に遭ったのは1週間ぐらい前か。確認したのは7人――いや7匹だな。アンタの場合と同じで、突然襲ってきたんだ」
「よく助かったな……」
「俺たちは二人ともネームドだからな。怪物とはいえ、あの程度ならなんとかなる」
「ネームド……?」
「ああ。初めはアイツらも殊能者かと思ったが、そうじゃないみたいだ。――そういえばタウ・ソク、アンタは殊能を使えないのか?」
問われたタウ・ソクは、全く聞き覚えのないその単語に首を傾げる。
「殊能――? 殊能っていうのは?」
それに驚いた様子でホノカが言った。
「アナタ、殊能を知らないの? 記憶喪失か何かなのかしら……?」
グレイターヘイムにおいては、殊能は広く世間一般に認知されており、幼児ですら『ネームドごっこ』などと称して遊ぶほどには、誰しもに馴染み深い
しかしタウ・ソクは
「いや、僕の記憶に問題は無いはずだ。少なくともここで目覚めるまで、途切れた部分や不明瞭なところはない」
「でも失礼ですけどぉ、殊能を知らないなんて珍しいですねー」と、不思議そうにリコが小首を傾げる。
すると彼は「それは――」と黙り込んだ。
(彼らに話すべきだろうか? 異世界の存在を解放軍では秘密にしていたけど、あの時とは状況が違う気がする。むしろ話を聴いた限りでは、彼らも僕と同じように
タウ・ソクは真面目な顔でマナトらを順番に見て、そして心を決めた。
「それは……恐らく僕が、君たちとは違う世界の人間だからだと思う」
「俺たちとは――違う世界?」
彼の台詞にマナトらは目を丸くしつつも、訝しむ様子を見せた。
「ああ。僕は別の世界――歴史も文明も、全く異なる世界にいた人間だ。僕がいた世界には、その殊能とかいうやつは存在しない」
大真面目な顔でそう告げたタウ・ソクであったが。
「それはちょっと、流石に――ですねぇ」と、リコが困った表情で笑う。
(まあ信じられないのも無理はないか……)
ホノカやヒロもどう反応したものやらと困惑しているのを見て、タウ・ソクは肩を落とした。しかしマナトは考え深く俯いてから、ソファのヒロに振り返って言った。
「ヒロ……、悪いけどリンネを連れてきてくれないか?」
「ん? あ、ああ」と頷いたヒロは、すぐに部屋を出ていく。
彼が戻るまでの暫く部屋には沈黙が続いたが、その空気を払拭しようとリコが口を開いた。
「タウ・ソクさんは、ご家族はいらっしゃるんですかぁ?」
「いや、家族はいない。両親は子供の頃に死んで、前の世界で僕を面倒見ていてくれた人も戦争で死んだ」
「……そ、そうなんですかぁ(――うう、藪蛇だった)」
見事にさっきよりも重い空気を作り出したリコが気不味そうにしていると、徐にドアが開いて、ヒロと彼に連れられて一人の少女が入ってきた。――淡い紫色のミドルヘアーに、モデルのような等身のスレンダーな美少女である。
「失礼します」
「サンキューヒロ。――タウ・ソク、彼女は
マナトに紹介されて「宜しくお願いします」と頭を下げるリンネ。
「じゃあリンネ、頼む」
「――はい。ちょっと失礼しますね」
そう言って進み出る彼女に、タウ・ソクは首を傾げる。するとリンネは暫く彼の顔を見つめた後、一瞬目を瞑ってから再び開く――その両目が金色に輝いた。
「――?!」
何事かと驚くタウ・ソクに、ホノカ。
「大丈夫よ。彼女の『ミミルの首』は相手の心を読む能力なの」
(心を――?)
「断片的ではありますけどね」とリンネ。
そう言いながらもタウ・ソクの記憶や思考を視覚的に捉える彼女は、しかし間もなく見えたその映像に驚愕を隠せなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます