EP22-5 新生の吸血鬼

 ほんの微かに残った青い灯りが、ガルジナのコックピットに充満する煙を染め、緩やかに踊る怪しげな靄と化していた。――中央の座席には、自分の体を掻きむしる様な恰好のまま、黙して固まるシュ・セツ煤けた人形


「………………」


 その空間の無音のとばりに、ピッという小さな電子音が穴を空けた。

 座席の正面に『システム再起動中……』の文字が浮かび上がると、それが暫くの間、静かに明滅を繰り返した。


「……………………」


 パラリと、炭化したシュ・セツ顔の表面が崩れ落ちる。その下からは血色を感じさせぬ真新しい白い肌。


「……うぅ…………ゥが……」


 喉の奥まで真っ黒に焼かれた口から、掠れた呻き声が絞り出された。


「……っグゥう」


 風化した塗料が剥がれ落ちる様に、シュ・セツの表面を覆っていた炭がパラパラと崩れる。そうして彼の顔面の半分ほどが露わになり、真っ赤に輝く吸血鬼の眼が開かれると、正面に表示されていた文字が切り替わった。


 ――『再起動完了』


(おのれ……)


 シュ・セツは顔にこびり付いた炭化した皮膚を、鋭い爪で引き剥がす。その瞳の理性がくらい憎悪に塗り変えられる。


 ――『OLSデータリンク。パイロットの身体特性を同調プログラムに反映』


 誰に耳を傾けられることもないシステムの声は、ただ淡々と進められる作業を列挙していった。


(おのれ――!)


 シュ・セツの口が獣の如く獰猛に吊り上がり、白い牙が伸びる。冷たい吐息がコックピットの青い靄をユラリと攪拌する。


 ――『元素デバイスの配列転換。機体の再構成を開始』


(おのれ、赦さんぞ……)


 シュ・セツの瞳が完全に獣のそれに変わる。嗤うように歪んだ口元からは不気味な声が漏れた。


「グゥゥゥ……ハァァァァァ……」


 ――『機体の構成終了。再起動します』


 システムがそう告げると、覚醒したシュ・セツは機体とともに咆哮した。



 ***



 ホノカとマナトがネストビルに帰ろうと背を向けた瞬間――彼らの背後でバキバキと異音が響いた。

 咄嗟に振り返った二人の前で、徐におもむろに立ち上がったガルジナから装甲が剥がれ落ち、骨格だけになった機体の表面に青い光の筋が激しく行き交う。


「え……まだ動けるの……?」と、愕然とするホノカ。


 光がフェードアウトすると、ガルジナの表面は音波を当てられた水面の如く波打ち、その形がグニャグニャと変わり始めた。


「何だコイツ……様子が――」


 言いかけたマナトが、ホノカを庇う様に前に立つ。彼らの目の前で機体の変態は加速していった。

 ――どこからともなく滲み出た黒い膜が、みるみるうちに全身に拡がっていき、剥き出しになった骨格を皮膚の様に覆う。

 山吹色であった頭部も黒く変色し、辛うじて西洋兜のような面影を残していた面頬が、パックリと上下に開いて、その中に牙らしき突起物が生え揃う。そして背中から、機体の倍以上はあろうかという蝙蝠の様な翼が出現した。


「なんだ、このバケモノ……」とマナト。


 今しがたまでガルジナであったそれ・・は最早、機甲巨人とは思えぬ姿であった。


 全身が闇のように黒く、両眼カメラだけが赤く爛々と輝いている。体躯ボディは痩せ細りほとんど骨と皮だけになったものの、それは不要な部品パーツを省いた結果である。


「これがロボットだってのかよ……?」


 その様は異形の悪魔――蝙蝠と人間を掛け合わせたような、金属製の巨大な怪物。


「変身……したの?」と、ホノカ。


 機械的な変形や単なる修復とは違う、その変貌ぶりは正に変身、或いは新生とも云うべき現象であった。


 生まれ変わったガルジナは、外部スピーカーの代わりに得た生物的な口腔から、耳をつんざく甲高い咆哮を上げた。


「――っ! コイツは……ヤバそうだな」――という直感的な判断から、マナトはホノカの手を引いた。


 怪物と化したガルジナの真ん丸い目が、自分たちに向けられたのを見て取ると、彼の背筋に悪寒が走る。


「!? 逃げるぞ、ホノカ!」


 走り出した二人を、しかしシュ・セツはすぐに追うことはしなかった。

 彼の頭の中には、ガルジナのセンサーが進化することによって得られた新たな環境情報や、機体そのものの特性に関する情報が、OLSによって次々と流れ込んできていた。


(これは……何という情報だ!)


 シュ・セツは心の中で感嘆した。その大きな黒い口から、恍惚にも似た色の溜め息が漏れる。


「光……音……匂い……力を感じる……感覚が拡張されていく。解るぞ、これが真の同調か!」


 そう呟いて目一杯に広げた翼を羽ばたかせると、ガルジナは虹色の粒子を撒き散らしながら、空高く舞い上がった。


(奇怪な運命が私にこれほど味方しようとは! これぞ祝福! 世界の愛よ!)


 彼の眼下に広がるビル群の隙間に、豆粒のようなマナトとホノカの影――。


「聴こえるか、人間! 私は世界に愛されている!」


 シュ・セツは高らかに笑い、機体の翼を伸ばす。


「この生まれ変わったガルジナ……『新生クシャガルジナ』とでも名付けようか――」


 翼の表面が赤く斑に染まり、その斑点は光を帯びて浮き上がった。そしてそれぞれが小さな光球に収束し、彼の機体――クシャガルジナの周囲に漂う。


「吸血鬼の力を機甲巨人で再現すれば、このような兵器になるのだな!」


 シュ・セツが突撃の合図のように手を前に振りかざすと、それらの赤い光球エネルギー弾は無造作に地上へと降り注いだ。そして不安定なエネルギーの塊達は、ビルや地面に着弾した瞬間激しい閃光となって、街を呑み込む――絶大な威力の爆発が連鎖して、地盤が裏返るかと思うほどの振動が大地を揺るがした。


 ――その攻撃によって、街は一瞬にして壊滅したのであった。


「素晴らしい威力だ……」


 シュ・セツの目につく建物はほとんどが消え去り、地面には所々に小さな火の手と黒煙が残っただけである。


「――む? レーダーにノイズが……爆発の影響か? 威力が高過ぎるのも考えものということか」


 ぼやきながらシュ・セツは、灰燼に帰した風景まちを一瞥する。そして「だがこれで生き残れる人間などいはすまい」と鼻で嗤って、背を向けた。


(あとはガウロスとレイナルドか……。このクシャガルジナがあれば、奴らを屈服させることなど造作もない)


 妖しい瞳を輝かせるシュ・セツ。彼は意気揚々と羽ばたき、自身を吸血鬼へと変えたガウロスとその主レイナルドが居る血晶城へと、勢いよく飛び去って行った――。

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