EP22-6 叛逆の使徒

 凄惨な焦土に散らばる瓦礫の1つが、上に向かって弾け飛ぶように砕かれ、その下から這い出るホノカとマナト


「ありがとうマナト――大丈夫?」


「ああ……」


 立ち上がったマナトは制服の土埃を払いながら、一掃され一変した街――があったはずの荒野を見回した。


「……何が――いや、あのバケモンがやったのは間違いねえが、何をすればこんなふうになるんだ?」


「酷い……」と、呟くホノカ。


(『アイギスの盾マナトのおかげ』で助かったけど、もしまだこの街に、私たち以外の人が隠れていたとしたら)


 地下シェルターに隠れたヒロ達はともかく、他の人間は誰も助かってはいないであろう――それは明白であった。

 二人が茫然と周囲を眺めたまま、その考えを口に出すことが出来ずに佇んでいると、遠くから彼らを呼ぶ声がした。


「マナトぉー! 朱宮ぁ―!」


 声の方に振り向くと、そのヒロの姿。


「ヒロ……」


 マナトが手を振ってみせると、それを見止めたヒロとタウ・ソクが走って、更にその後ろからカゲヒサが歩いてやって来た。


「無事だったんだな! 心配したぜ二人とも」とヒロ。


「なんとかな。お前たちも――」


「ああ。シェルターがブッ壊れるんじゃねえかと思ったけどな。……にしても何があったんだよ、こりゃ。街が無くなっちまってんじゃねえか」


 方角すらすぐに見失いそうな荒れ果てた景色に、ヒロは呆れたように言った。


「アイツが……あのロボットがやったんだ」


 するとタウ・ソクが口を開いた。


「ガルジナが? あいつは武器を持っていなかったはずなのに――(いや、そもそもビームカノンですら、こんな威力は……)」


「変身したのよ。バケモノみたいな姿に」とホノカ。


「変身だって? 変形ではなく?」


「変形っていう感じではなかったわ。ロボットというより悪魔みたいな姿に」


「そんな――」


 予想を超えた現実にタウ・ソクは絶句した。


「……で、その悪魔ロボは?」と、ヒロがマナトに訊く。


「分からないが、もう立ち去ったみたいだ。俺たちが死んだと思ったのかもしれない」


「まあこれだけやりゃ普通は死ぬよな」


「ああ。咄嗟に『アイギスの盾』で護れたから良かったが、他の殊能なら無事じゃいられなかっただろうな……」


 マナトがホノカの顔を安堵の表情で見ると、彼女も無言で頷いた。

 間を置いてカゲヒサが「君たちは――」と見回して問う。


「これからどうするつもりかね? シェルターはまだ充分機能するし、水や食料もある。暫くここに隠れて、助けが来るのを待つかね? ……もっともそんなものが来る保証は無いが」


「俺たちは――」


 マナトがホノカ、ヒロと顔を見合わせる。


「俺たちは一度、学園に戻ります。さっきの攻撃で被害を受けているかもしれない。――だからホノカ、ヒロとタウ・ソクを連れて戻ってくれ」


「?! マナトはどうするつもり?」


「俺は奴を追う。何がどうなっているのかを、この目で確かめておく必要がある」


「そんな、無茶よ」


「大丈夫だ、無理をするつもりはねえよ」


 マナトはそう言って微笑むと、ホノカの頭を優しく撫でた。


「そうか……若さだな。儂にはもう持ち得ぬ強さだ」と、カゲヒサは羨むような視線を二人に向けた。するとタウ・ソク。


「僕も行かせてくれ、マナト。もう足手まといにはならないと誓う。今度何かあった時は、本当に切り捨ててくれて構わない」


 彼がホノカを見ながらそう言うと、マナトは真面目な顔で「解った」と頷いてから――いきなりタウソクの顔面を殴った。


「マナトっ?!」とホノカ。


 彼女が慌てて支えようとするのを、しかしタウ・ソク自身が手で制した。


「いや、いいんだ。……ありがとうマナト。そしてホノカも、さっきは助かった」


 唇の血を拭う彼に、マナトが言う。


「俺はホノカみたいに優しくはねえ。いざとなれば自分の身を優先する」


「ああ、それでいい」とタウ・ソク。


「じゃあ準備をしたら、また出発だ」


 マナトはそう言って、ヒロの持っていたライフルをタウ・ソクに投げ渡した。



 ***



 血晶城が激しく震えた。それは大地を揺るがすほどの地響きと、大気を圧縮して叩きつけるような衝撃波によってであった。

 赤い半透明の壁は薄い部分に僅かな亀裂を見せ、吹き抜けの高い天井から玉座の間の床へと、パラパラと細かい欠片が降った。


「………………」


 吸血鬼の王レイナルドは、虚ろな視線を床に投げたまま、肘掛けに頬杖をついて微動だにしない。東の空を一瞬照らした眩い閃光も、その後に届いた爆発の衝撃も――無論それはシュ・セツのクシャガルジナが行った攻撃によるものであったが、その天変地異の如き破壊活動すら、世捨て人となったレイナルドの興味を惹くことはなかった。

 城の外でギャアギャアと騒ぐ使い魔達の声が静謐を保つ広間にまで届いていたが、それに対しても彼が何かを述べることはなく、ただ彫像の如く座したままであった。



 ***



 ガウロスに使役される魔物――1メートルほどもある不気味な単眼の蝙蝠が、血晶城の広いバルコニーの上空で奇声を上げながら右往左往している。

 すると騒ぎを聞いてそこへ駆け付けたガウロス彼らの主が「何事かっ!?」と、叱咤の色濃く怒鳴った。


「ガウロス様! ご覧ください! 天の火が東の街を焼きました!」


「天の火――?」


 使い魔の報告は全くもって事実にそぐわぬものであったが、科学とは無縁の彼らにしてみれば、機甲巨人の放った桁外れの攻撃がまるで神の裁きのように見えたのは無理もなかった。

 終末だの神の怒りだのと騒ぎ立てる使い魔達に「静まれ!」と一喝したガウロスが、消滅した街の方角に目を凝らしていると、やがてその東の空から黒い影が大気を轟かせて飛んでくるのが視えた。


「むう、あれは……」


 影は漆黒の翼を広げ、一直線にこの血晶城へと向かって来ていた。


「吸血鬼――ではない? 大きい……」


 その異様な姿の黒い怪物――それは紛れもなくクシャガルジナであったが、そのコックピットに乗るシュ・セツからも、城から迫り出したバルコニーで戸惑うガウロス達の姿が確認出来た。


(フン、気付いたか)


 バルコニーに近付いたクシャガルジナが、巨大な翼をわざと大きく羽ばたかせて彼らを突風で煽ると、それに飛ばされんと踏ん張るガウロス。その様を見てシュ・セツは鼻で嘲笑った。


「これはこれはガウロス様。私の如き部下一人、わざわざお出迎え頂けるとは」


 怪物から響く声にガウロスは眉を顰めた。


「その声はシュ・セツか? 何があったというのだ、その姿は!?」


 彼の目に映る真っ黒なクシャガルジナは、金属製の巨体こそ機甲巨人らしくはあったものの、有機的な滑らかさでもって羽ばたくその姿は、まるで生き物のようであった。無論ガウロスがそれを人工物であろうと認識することはなく、何らかの未知の能力によってシュ・セツが変身した姿であると捉えたが、それはあながち間違いとも云えなかった。


「クシャガルジナですよ。私に相応しい、私が得て然るべき力だ」


「? 先程の光は貴様がやったのか?」


「無論。楯突いた愚か者どもを消し去ってやりました。力の加減ができず、些か派手なショーをお見せすることになりましたが」


「なんと――」と、吃驚するガウロス。


「……そ、そうか。だがよくやった。褒めてつかわそう、シュ・セツよ。その力、今後も我らが主レイナルド王の為に奮うが良い」


 するとシュ・セツの表情こえが曇った。


「――は? これは異なことを仰る。何故私が力無き貴方がたの為に戦う必要が?」


「? ……何を言っておるのだ?」


 本気でそう尋ねる察しの悪いガウロスに、彼は苛立った様子で舌打ちした。


鹿、と言っているんだよガウロス卿。この状況を見て立場が逆転していることに気が付かないのか? 戦力差で決まるような主従関係において、己より弱い奴に従う道理がどこにある」


「なん、だと!?」


 そこまでハッキリと言われてようやくガウロスは、シュ・セツが自分達に対して叛意を示していることに気が付いたのであった。

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