EP22-7 相喰む魔物

「ガウロス、そして聴こえているか、レイナルド王よ! 中にいるのだろう?!」


 クシャガルジナから発せられる声は、エコーがかかったような響きで、城内にまで行き届く。しかし中からは何の応えも無かった。


「……まあいい。たった今から、貴様らはこのシュ・セツの配下――そして私が創り上げる、新生ヴェルゼリア帝国の礎となるのだ!」


「馬鹿な」とガウロス。当然彼がその独立宣言を容認出来よう筈もなく、今度はガウロスが苛立ちを見せた。


「何たる不届者か……血の洗礼を授けられた恩を仇で返し、あまつさえ王に牙を剥くとは」


 そして彼はすぐさま使い魔に命じた。


「――蝙蝠よ、奴を捕らえよ!」


 ガウロスが手を翳すと、使い魔達は奇声を発しながら一斉にクシャガルジナへと群がっていった。


 機体の腕や肩、腰や脚に取り付き、対象が人間であれば容易にその肉を切り裂く爪や牙を、狂ったように激しく突き立てる。しかし当然のことながら、彼らの攻撃はクシャガルジナには通用せず、虚しい金属音をとともに、逆に彼らの歯牙が削られるのみであった。

 シュ・セツは呆れた様子で、使い魔達の奮闘に冷たい視線を送る。


「主が主ならその部下も暗愚の極み、といったところだな。たとえ怪物の類であっても、生身で機甲巨人と張り合える者など存在するものか」


 機体の表面――使い魔達が噛みついている部分が斑に赤く光り、そこから棘の様に極細の光線レーザーが照射される。レーザーは彼らの体を貫くと、縦横無尽に角度を変えてその全身を細切れに解体した。――苔を振るい落とすようにバラバラと落下する使い魔達の肉片。


「ぬぅぅぅ」と唸ったガウロスは、自身の掌を爪で切り裂くとその血塗れの手を床に着いた。


「出でよ、血製魔獣けっせいまじゅう!」


 するとガウロスの手を中心に大量の血液が拡がり、間もなくその血溜まりが立ち上がるようにして1体の騎士の形を成した。

 重々しい西洋甲冑に全身を包み込み、巨大な両刃剣と長い騎士盾を持った、身長3メートルの真紅の騎士である。


「ほう、面白い。吸血鬼にはそんな能力もあるのか」とシュ・セツ。


 興味をそそられてバルコニーへと降り立つクシャガルジナ――対峙する血の騎士が無言で剣を構える。

 ガウロスの「ゆけ!」の指示によって、騎士は盾を正面にして剣を肩に担ぐと鈍重な動作で走り出した。そして仁王立ちで待ち構えるクシャガルジナの脚を斜めに斬りつける。

 ガキィン!という激しい音が走って、振り切られることなく止まる剣。しかしその刃は、クシャガルジナの脚部装甲にしっかりと食い込んでいた。


「なるほど。攻撃力は使い魔やグールなどよりも遥かに高いようだ。だが――」


 クシャガルジナは両手で、機体の半分にも満たない大きさの騎士を抱え上げると、その禍々しい口を開く。


「――所詮は木偶人形よ!」


 大きく開いた口腔から赤い光が漏れ出すと、次の瞬間、そこから光の束ビームが吐き出された。

 騎士は抗う暇も無くそのビームをもろに浴びて、呆気なく一瞬で蒸発――掴まれていた両脚だけが、クシャガルジナの手中に残った。形状を失った騎士が血液に戻り、割れた水風船よろしくその場に流れ落ちる。その様を見たガウロスは「おのれ……!」と、一言。

 そうして彼が驚愕と怒りを顕わにしている間に、クシャガルジナの脚部に与えられた傷は元通りに修復した。


「ほう、自己修復機能とは! 益々無敵!」


 高笑いのシュ・セツに対して、早々に切り札を失ったガウロスは歯軋りをすることしか出来ずにいた。それを見て取ったシュ・セツが悠々と歩み寄る。


「さて、人形遊びは終わりだな? ならば大人しく私に従ってもらおう、ガウロス・ギュール!」


 地を鳴らし迫る巨体に、しかしガウロスは覚悟を決めた。背中から黒い蝙蝠の翼を生やし、白い牙を剥き出しにして臨戦態勢。


「戦う気か?」と、苦笑するシュ・セツ。


「調子に乗るなよ、青二才。吸血鬼の誇りも持たぬ貴様に、従う者などおらん!」


 超人的な初速で飛び掛かったガウロスは、鋭く延ばした爪をクシャガルジナの首に突き立てる――が、それは僅かな掠り傷を付けるに留まった。その傷も間もなく修復される。


「ぬっ!」


 一旦飛び退こうとしたガウロスの身体を、クシャガルジナは素早く掴んだ。そして間髪入れずに力を込める。


「グオぁァぁッ!?」


 胸から下の骨を容易く粉砕され、ガウロスは獣のような咆哮とも悲鳴ともつかぬ声を上げた。


「フン、どいつもこいつもすぐに青二才などと……!」


 シュ・セツの顔からは笑みが消え、瞳には暗い炎がチラついていた。――彼はかつてのインヴェルセレでの士官時代から、有能であるが故に度々その若さを理不尽に指摘され、その都度内心堪え難い憤りを覚えていた。その彼にとって、ガウロスの言葉は我慢ならぬものなのであった。


「クソジジイが。長く生きているだけで偉そうにするなよ……。私は、将軍直属の親衛隊長にまでなった男だぞ!」


 クシャガルジナが更に力を込めて握ると、機体の指の隙間からガウロスの肉塊が搾り出された。


「ッ! ――ガァァァ!!」


 ガウロスの絶叫を真顔で聴きながら、シュ・セツは小さく息を吐いた。


「……貴様はもういい、そのまま死ね。部下などレイナルド・コリンズだけいれば充分だ」


 するとガウロスの口が微かに動いた。


「……が貴様…………もの……」


「ん――何だ? 今更従う気になったか?」


 耳を澄ますシュ・セツ――。


「貴様……などに……レイナルド王が従う……ものか。この――青二才……めが」


「…………そうか」


 シュ・セツは冷めた目つきでそう言うと、いきなりもう片方の手をガウロスに添えて、何の躊躇いもなく彼を捩じ切った。


(ゴミが……)


 そう吐き捨てて、2つに千切れたガウロスの身体をバルコニー横の窓穴から無造作に投げ入れると、クシャガルジナの翼を大きく羽ばたかせて宙に上がる。


「ならばもう、貴様らなど必要無いわ。このクシャガルジナがあれば、愚かな吸血鬼も下らん人間も、支配することなど容易い」


 開いた翼の表面が斑に赤く染まり始める。――それはマナトらのいた街を葬り去った攻撃と同じものであった。


「出力は制御するが、この城は消し飛ばす――」


 翼から滲み出るように放出された赤いエネルギー弾が、クシャガルジナの周囲に漂い、その熱が空気を歪ませる。


 シュ・セツの視界の中央で、オレンジ色の枠ロックオンターゲットが血晶城に固定された。


「――消し飛べ」


 シュ・セツの一言を契機に、クシャガルジナの周囲に浮遊していたエネルギー弾は、弧を描くビームの雨となって血晶城を襲った。

 凄まじい爆炎の嵐が城とともに山頂を呑み込み、轟音と衝撃波が大気を揺さぶる。そしてビームの群れが起こした爆風と崩壊する血晶城の瓦礫の落下が、周辺を全て覆い隠すほどの土煙を上げた。

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