EP22-8 吸血鬼の最期

 その輝きは、数十キロ離れた場所の荒野にいたマナト達からも、ハッキリと確認することが出来た。マナトとタウ・ソクは街で得た二人乗りのバイクで、ガルジナが山脈へ向かったと当てを付けて、向かっている最中であった。


「あの光――!」


 バイクを止めるマナト。彼らが見上げた遠方の山の上空に、小さな無数の赤い光点がチカチカと瞬いている。


「まさか、またアレをやるつもりか」


 タウ・ソクはマナトの横から覗き込んで訊いた。


「あれがガルジナの新兵器だっていうのか?」


「ああ。だがこっちを狙っている感じじゃなさそうだ。多分あの山……あそこにあるのは建物か?」


 マナトが目を凝らしながら指を差したのは、言うまでもなく血晶城であったが、彼には判別がつかない。


「城――か、あるいは塔みたいだな」とタウ・ソク。


「よく視えるな?」


「眼はいいほうだ。しかし、ガルジナはアレを攻撃するつもりなのか……?」


 彼がその疑問を口にした直後、正に光の球は血晶城その建物目掛けて、一斉に光の線へと変化した。


「?!」


 マナトらが反応する間もなく、赤い光の線――クシャガルジナのビームは着弾し、多数の爆発を巻き起こした。

 遠目には小さな爆発であったが、その距離と街の破壊実際の経験から考えれば、それが並大抵の威力ではないことは明らかであった。


「撃ちやがった!」


 そして数秒してから届く、微かな爆発音。


「なんてことしやがんだ……ひょっとして、あそこにも人が……」


 マナトが考えていると、タウ・ソクが口を開いた。


「……行ってみよう。もし人がいて――それが生きているかは判らないけど、奴の目的が殲滅や破壊なら、それは今の攻撃で達成されたはずだ。だとすればそう長居はしないだろう」


「近付けば見つかるんじゃねえのか?」


「慎重に行けば多分大丈夫だ。機甲巨人のレーダーは対巨人用に特化してる。生体検知はそれほど広範囲じゃない」


「そうか……。なら行ってみよう。俺たちのように生き延びた人間がいるかもしれないし、救える人がいるなら救いたい」


 マナトの言葉にタウ・ソクも深く頷いた。



 ***



 壁や柱が連鎖的に崩れ落ちる重低音と、ガラスが砕けるような耳障りな高音が続く中、クシャガルジナは翼で風を巻いて、その土煙を乱しながら地面へと降り立つ。

 城の建っていた山頂は無残にも削り取られ、そこは平坦な頂上を持つ断崖の様に変形していた。


「………………」


 ゆったりと流れる風が煙る視界を徐々に露わにしていくが、それを確認する肉眼カメラより先に信号音レーダーが、煙の中の生存者の存在を伝えた。


「チッ、しぶとい奴だ」と、吐き捨てるシュ・セツ。


 レーダーが示した生体反応を裏付けるように、薄れた土埃の中に一つの塊。しかしそれは真っ赤な球体であった。――鮮血から創られた生々しい血の腕が、数百本と複雑に絡まり重なり合って出来たそれは、さながら大きくて赤い歪な卵である。


「腕? なんだ、あの薄気味悪い物体は……」


 ピチャピチャと血が滴り落ちる不気味なその球体たまごを見て、シュ・セツの顔に嫌悪感が漂う。

 すると暫くして、その腕が不格好な花びらの如くザワザワと開き、そのままズルズルと内側に縮んでいく。そして縮んだ腕は、その球体内の中心に立っていたレイナルドの背中に吸い込まれるようにして消えた。


(レイナルド・コリンズ……こいつの能力か)


「…………」


 無言で立つ彼の腕の中には、頸椎から下を失った無残な頭ガウロスが抱きかかえられていた。レイナルドの漆黒の服や美しく整った顔の半分は、そのガウロスの夥しい返り血を浴びて赤く濡れていたが、彼の顔は相変わらず無表情のままであった。


「……ガウロス」と、抑揚の無い声で呼び掛けるレイナルド。


「ハァ……ハァ……。レイ……ナルド様――」


 驚くことに、生首そんな状態ですらガウロスにはまだ息があった。しかしその呼吸は絶え絶えで、苦しそうに咳込む度に激しく吐血した。


「申し訳御座……ません。このような折に、申し上げるのは……ですが、最期――」


「……もう喋るな……ガウロス」


 主の発した静かな台詞に労りを感じて、ガウロスは微かに微笑んだ。


「あり……とう御座います。……しかし私はもう……ですから――」


 ガウロスはそう言うと、己の口から溢れ出る血を呑み込んだ。無論その血は首から下へと流れ出るだけである。


「レイナルド様……貴方の半分は人間……。故にフェリシア様や人間達を――慈しむ心をお持ちであるのは解ります。……ですが貴方は、我ら吸血鬼の王……」


「……ああ……」と、小さく頷くレイナルド。


 ゴフッと大きく咳込んだガウロスの口から、一体どこからこれほどの量が溢れ出てくるのか、というほどの血が溢れる。


「……それを……吸血鬼としての誇りと、王としての責務を、お忘れなきよう――。貴方は唯一無二の……」


 そこでガウロスは事切れた。


「………………」


 懇願するように見開かれたガウロスの虚ろな目を、レイナルドはそっと撫でる様に閉じた。


「ようやく死んだか、ガウロス・ギュール。全く、吸血鬼の生命力とやらには驚かされる。……もっともその馬鹿げた生命力が、この私にも宿っているというのは結構なことだが」


 シュ・セツの言葉は耳に届いていたものの、レイナルドはそれに対して全く反応を見せなかった。表情ひとつ変えずに彼はガウロスを見つめ、ただ沈黙していた――。


 吸血鬼として万全の状態であれば、強力な第二世代であるガウロスが、身体を吹き飛ばされた程度で絶命することはない。つまり彼が死んだ最たる原因は、吸血を禁じたレイナルドの命令を、彼が頑なに守っていたことに他ならないのであった。


 間もなくしてガウロスの頭部は彼の腕の中で燻り始め、儚い蛍火に蝕まれ、そして灰となって消えた。


「…………眠れ、ガウロス……最後の吸血鬼として……」


 レイナルドは呟いた後、自分の頬に付いたガウロスの血を手で拭うと、化粧のように自分の唇にそれを塗った。無論それは血への渇望ではなく、ガウロスという男を自身の中に刻み込む行為としてである。


「あとは……俺が片を付けよう」


 レイナルドの足元かげから、黒光りする巨大な鎌が音も無く生えてきて、伸ばした彼の手中に吸い付けられるように納まった。彼の服や顔を濡らしていた大量の血がポツポツと雫となって浮き出て、その黒銀の刃に吸収されていく。


「レイナルド・コリンズ……このクシャガルジナの圧倒的な力を見てまだ戦う気があるのか。だとすれば吸血鬼というのは本当に、愚行の体現者としか言いようがないな」


 絶対的な優位を確信し、嘲笑うシュ・セツ。


「そもそもそんな鉄の鎌おもちゃひとつ出したところで、貴様に何ができるというのだ?」


 しかしレイナルドはそんな彼の嘲笑を意に介すこともなく、冷酷な瞳をクシャガルジナに向けて、淡々とその問い答えた。


「…………吸血鬼お前を――」


 真っ直ぐに立ったまま、柄を支点にグルリと鎌を回転させ、刃を下にして構えた。


「……狩れる」


 その表面は無感情。だが彼の赤い左眼には、かつて婚約者フェリシアを救うため真祖カル・ミリアと死闘を演じた頃の、恐ろしく冷徹な殺意が蘇っていた。


「私を――? フッ……まるでハンター気取りだな。面白い、やってみろ。愚者の王よ」


 シュ・セツの台詞に合わせて、対峙するクシャガルジナの口が嗤うように歪んだ。

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