EP23. *Crossing《世界の編纂者》

EP23-1 空中戦

 刺々しく砕けた赤い半透明の瓦礫、灰色の土砂と岩石の欠片。それらが散在する、平坦にならされた山の上。

 30メートル程の距離を置いて対峙する、2体の人ならざる者――。


「………………」


 刃渡りだけでも身の丈に及ぶ黒銀の鎌を持った、黒衣の半吸血鬼ダンピールレイナルド。

 山頂の強い風が彼の灰色と黒に別れた長髪を乱す中、当人の表情は深淵に落ち込んだ氷塊の如く、重く冷たく、微動だにしない。


「……どうした、レイナルド・コリンズ。怖気づいたか? 私を狩るんじゃなかったのか?」


 一方ロボットとも生物ともつかぬ、凶々しい怪物、漆黒の巨人クシャガルジナ。それに搭乗シンクロしているシュ・セツの顔には、エサを前にした悪魔のような愉悦の笑みがあった。


 だんまりを決め込んだレイナルドは、挑発を無視しつつその場から動かない――だが彼の背中からは真っ赤な血液が、まるで意思ある生物の如くウネウネと、レイナルドの後背と脚シュ・セツの死角を伝って地中に注がれていた。そしてシュ・セツの気付かぬ内に、その血が充分に地下を掘り進んだところで、レイナルドは動く。

 予備動作も無しに、2体の距離30メートルを一瞬の内にゼロにする速さで踏み込むと、身体を1回転させた勢いで逆袈裟に斬り上げる。その斬撃は鈍い金属音を響かせて、避けようともしないクシャガルジナの猛禽類の様な足を深く斬り抜けた。


「ッ?!」――当惑するシュ・セツ。


 彼はレイナルドの得物を見た時、その攻撃力はせいぜいガウロスの創り出した血騎士と同程度であろう、とを括っていたのである。しかし威力はご覧の通りで、シュ・セツが痛みを感じることはなかったものの、機体に意識を同調させている彼は思わず斬られた足に気を取られた。

 その隙を突いてレイナルドは飛び上がり、再び回転して後ろ回し蹴り――その衝撃によろめくクシャガルジナ。


「!? この男、肉弾戦をするつもりかっ――!」


 人間ではないとは云え、レイナルドの体の大きさは人と同じである。機甲巨人と比べれば小人とも云えるその小さな身体から繰り出される攻撃が、彼の身長の5倍もある金属の巨人を揺るがそうとは、シュ・セツには思いもよらなかった。だが――。


「調子に乗るなよ、貴様ッ!」


 体勢を崩されつつも踏み止まったクシャガルジナは、鋭い爪を鈎手に開くと、真横から抉るような攻撃。それを鎌の柄で受けたレイナルドは勢いよく弾き飛ばされ、血晶の瓦礫に突っ込んだ。

 すぐさま追撃を仕掛けようとしたシュ・セツだったが、クシャガルジナの身体はガクンッとその場に引き留められた。


「なんだ?!」


 シュ・セツの視界の隅――機体の足元に絡みついていたのは、地面から這い出た大量の赤い腕。それは先程レイナルドが潜り込ませていた血で創った腕である。


「小賢しい真似を……」


 強引に足を引き上げるクシャガルジナ。――何としてもそれを離そうとしない血の腕は、ブチブチと千切れて夥しい血の海を作った。

 残った数本を手で振り払い、ようやく攻撃再開と振り返るシュ・セツ――だが、そこにレイナルドの姿は無い。しかし広範囲の視野角を持つ機甲巨人であれば、その捕捉は容易であった。


「フン、視えているぞ!」


 クシャガルジナが即座に上方に顔を向けると、空に、逆光を背負って鎌を振りかぶるシルエット。

 その鎌が振り下ろされるより速く、大きく口を開くクシャガルジナ。光る口腔。


(……!!)――レイナルドの眼が見開く。


 間もなく赤い極太のビームがその口から発射され、高熱の突風が周囲の瓦礫や石達を吹き飛ばす。

 ビームは降下中のレイナルドを呑み込んだ後、数秒掛けて徐々に細くなっていき、やがて途切れ途切れの細い線となって消えた。


 そしてレイナルドは跡形も無く――。


「ば……!?」


 消え去ってはいなかった。


「耐えた……だと……」と、驚愕するシュ・セツの眼差しは、真紅の翼に閉ざされ護られたレイナルドの姿に注がれていた。


 血で創られた翼の表面はビームの熱でブクブクと沸騰していたものの、その内で膝を抱えて丸くなっていたレイナルド自身にダメージは無かった。


「………………」


 レイナルドは無言で翼を開き、再び黒銀の鎌を携える。そしてその姿を呆然と見つめるシュ・セツに、ゆっくりと静かに語った。


「……ガウロスは、善良な人間おとこでは……なかった」


「――?」


「……だが、吸血鬼という種族に対して……最善を尽くす男だった」


「何の話だ? 何が言いたい?」


「……この力は……あの男の血によって、得たものだ。……俺本来の……力ではない」


「本来の? そうか、あの時の――」と察するシュ・セツ。


 彼の脳裏に、戦闘前レイナルドがガウロスの返り血を拭った姿が過った。


「……この力は、ガウロスの力……あの男の、血と誇りだ。……故に貴様を滅ぼすのは、最後の吸血鬼であったと知れ」


「最後の――だと? 馬鹿な。貴様も吸血鬼だろうに」


 シュ・セツがそう言うとレイナルドはそっと瞳を閉じて、フェリシア今は亡き妻がかつて彼にくれた台詞を思い出す。


 ――『レイ、貴方は化け物なんかじゃないわ。だってこんなに深く人を愛せるんだもの』――


 事実はどうあれ、彼女のその言葉こそが彼にとっての真実であった。


「……俺は、吸血鬼ではない」


 自ら言い聞かせるように呟いたレイナルドは、再び目を開く。そして鎌を真横に構え、引き絞られる弓の如く力を溜めた。


「だったら何だと言うんだ?」とシュ・セツが問うと、レイナルドは迷わず答えた。


「俺は…………吸血鬼狩りバンパイアハンターだ」


 血の翼のはためきと同時に突撃するレイナルド。それを予期していたシュ・セツクシャガルジナも翼を広げて飛び上がり、カウンター気味に爪を突き出した。

 交わる刃と爪――飛び散る火花を契機に、二人の戦いはもつれるような空中戦へと発展した。

 しかし繰り出しては弾かれる互いの攻撃は、ともに相手に致命傷を負わせるに充分な威力であるものの、あと一歩が届かない。


 いつの間にか、シュ・セツの顔からは余裕が無くなっていた。


「クソッ……!」


 肉弾戦に業を煮やしたシュ・セツが叫び、クシャガルジナは機体の周囲を飛び回るレイナルドを引き離すように、一気に加速した。


「ちょこまかとぉ!」


 両翼から無数の赤いビームを発射。サーチライトの如く空を切り裂く――しかし。


「避けるだと?!」とシュ・セツ。


 レイナルドの血の翼は風を切り、次々に襲い掛かる光の道筋を華麗に避ける。


「クソッ、何なんだコイツは! 私はクシャガルジナなんだぞ!? ただの機甲巨人とは訳が違うのだ! それを――」


 クシャガルジナから絶え間なく放たれるビームは、シュ・セツの焦燥とともに次第に数を増していくが、レイナルドはその間を掻い潜って距離を詰めた。そしてクシャガルジナの眼前――口から発射された太いビームを錐揉みして回避し、すり抜けざまに鎌の一閃。


「こッ……!」


 しかし首を刈り取らんとするその刃を、シュ・セツは咄嗟の判断で仰け反りつつ、左腕の甲で防ぐ――が、その上腕は装甲もろとも切断された。

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