EP23-2 斬滅

「!? この――」


 シュ・セツは背後に回ったレイナルドを後方カメラで追いながら、後ろから間髪入れずに襲ってくる鎌の十字斬りを、瞬間的な前方加速で辛うじて躱す。

 クシャガルジナはそのまま一気に上昇し、数百メートル離れてから反転する。そして翼から滲み出た赤い光球エネルギー弾を残された右手に持つと、それを思い切り投げつけた。


「いい加減に――墜ちろッ!」


 光球は一直線に向かってくるレイナルドの許へ――。彼の近くまで来ると、それは更に眩い光を四方に放つ。


(……!!)


 危険を察知したレイナルドはほぼ直角に急旋回、発光した球はその直後に爆散。


「当たった!」と、嬉しそうに笑うシュ・セツ。


 彼の視界まえで、爆発の衝撃と高熱を背中に浴びて血の翼を焼かれたレイナルドは、赤黒い煙を上げて墜落していく――かに思われたが、落下する彼の背中からは新たな、蝙蝠の羽根とは違った、枯れ枝の如く歪な樹状の翼が生え出た。


「なっ――?!」


 グルンッと直下から反転、凄まじい速度で再びクシャガルジナへと突撃するレイナルド。彼の異常な回復力、耐久力、そして戦闘能力には、さしものシュ・セツも畏怖の念を抱かざるを得なかった。


(こ、コイツ――!)


 クシャガルジナの翼から溢れ出る赤い光球――右手を横に振り払うのを合図にして、それらは順次勢いよく飛び出していく。

 それは先程と同じく、接近するだけで爆発するエネルギー弾の群れ。だがレイナルドは臆することなくその郡中に突き進む。新たに生えた鋭利な血の翼が、更に枝分かれして拡がり――急加速。


「なにっ?!」とシュ・セツ。


 レイナルドはシュ・セツの想像を遥かに超えたスピードで、身体を真っ赤に燃やしながら光球の横を通り抜ける。エネルギー弾の発光から爆発までの刹那の間に、彼は既にその被害圏内を抜け出しており、巨大な爆発達を置き去りにしていった。


「っの……」


 機甲巨人に勝るとも劣らぬ速度で飛来するレイナルドから、逃げるように距離を取るクシャガルジナ。


「この――!」


 後ろ向きに飛行しながら、巨大な翼を目一杯に広げる。


「化け物がぁぁぁッ!」


 シュ・セツの怒号。――たちまち赤い斑点が拡がって、翼のみならず機体の全身を染め上げる。その表面から多数のビームが一斉に放出され、それらは1本1本がランダムな半径の弧を描きつつも、最終的にはただ一点レイナルドに向けて集束して飛ぶ。


 しかしそれすらコンマゼロ何秒という僅差の遅れで、レイナルドの後方を掠めていった。――地上へと逸れた何発かが、山を砕き、大地を抉る。


 そしてクシャガルジナの目の前に躍り出た、鎌を掲げる影。


「うッ!?」と、機体越しにでも伝わるほどの殺気に締め付けられ、息を詰まらせるシュ・セツ。


 その目に映ったのは、全身を炎に包まれながらも尚、左眼を爛々と赤く輝かせたレイナルド。鬼気迫る形相に剥き出す牙。


(これが……本物の――)


 高々と鎌を掲げた凶々しい姿――シュ・セツはそこに悪魔を見た。


(吸血――)


 次の瞬間、黒銀の刃が一息に、クシャガルジナの脳天から股下まで真っ直ぐ斬り抜けた。


「ッ! ――っカ……」


 レイナルドの閃撃はクシャガルジナのコックピットと、その中のシュ・セツ本体までをもまとめて両断――肩口から大腿部まで斬って落とされた彼は、言葉を発することも出来ぬまま血飛沫を上げ、真っ赤な断面を晒す。

 パイロット同様、クシャガルジナも時が止まったかのように一瞬固まった後、重力に抗うことなく落下していく。真っ二つになった機体の左右は徐々に離れていき、コックピットから溢れ出す血が宙に2本の赤い筋を描いた。


 レイナルドの顔貌はいつもの無感情のそれへと戻り、墜落するクシャガルジナの様子を冷えた視線で見据えていた。



 ***



 一方、地上――。


 重力加速で落下の勢いを増すクシャガルジナを見上げながら、タウ・ソクが叫んだ。


「落ちてくるぞ!」


「掴まってろ!」と、マナトがバイクのアクセルを絞る。


 クシャガルジナの片割れが、疾走はしり抜ける彼らの後ろに、激しい振動と砂埃を巻き上げて落下した。その衝撃にバランスを崩されて倒れるバイク。受け身を取りながら転げる二人は、しかしすぐに立ち上がり、目を見張った。


「これが――」


 ものの見事に両断され、更に地面との衝突で破壊された巨人の姿を、タウ・ソクがまじまじと見る。異形のその姿には、果たして彼の知ったるガルジナの片鱗など見当たらない。


(とてもガルジナとは思えないが……このサイズなら、やっぱり機甲巨人なのか)


 しかしそれよりも――と、彼は空を見上げる。


(まさか生身で機甲巨人を墜とすなんて……)


 驚嘆するタウ・ソクの目には、大きな鎌を片手にゆっくりと舞い降りる黒衣の男。


(赤い翼と、黒い鎌……まるで死神みたいだ)


 かつては『蒼海の死神』の二つ名で宇宙を駆けたタウ・ソクであったが、今目の前に降り立った黒衣の男は、比喩表現そんな彼とは違った意味で――つまり外見そのものが、正にとしていた。

 そしてその不気味な恰好と、クシャガルジナを単身撃墜するという離れ業をやってのけたレイナルドに対し、タウ・ソクとマナトは警戒の構えを取らざるを得なかった。彼らにとって『敵の敵は味方』という図式が成り立つ状況とは、到底思えなかったからである。


 しかしレイナルドは彼らに敵対するどころか、着地と同時に鎌の柄にすがるようにして片膝を突き、苦しそうに息を吐いた。形状を維持できなくなった赤い翼が一瞬にして液体となって、その場にビシャッと流れ落ちて血溜りを作る。


(怪我を――? 敵じゃねえのか?)とマナト。


 彼が用心しながら少しずつ近寄ると、レイナルドはクシャガルジナの残骸の方を向いたまま、マナトらに忠告した。


「……気を付けろ……まだ生きている」


「えっ――?」


 予想外の声掛けに驚いたマナトは、レイナルドの顔を覗き込むように見る。するとその後ろで、クシャガルジナのコックピットからドサリと湿った音がした。ハッとしてマナトがそちらに目を向けると、長く鋭い爪が生えた血みどろの右手――。


「おの……れ…………よくも……」


 ズルズルと片手でコックピットから這い出すシュ・セツの口から、掠れ掠れの声が漏れる――半身だけで動くその異様は、正に怪異であった。


「コイツ――こんな状態で……」とマナト。


 息を呑む彼の前で、シュ・セツの肉体は肌まで黒く染まると、形を歪めた後に細かく千切れ、その肉片は瞬く間に小さな蝙蝠へと変化した。その蝙蝠のうちの数匹が、マナト目がけて牙を剥いて飛んだ。


「ッ!?」


 マナトは咄嗟にその攻撃を『アイギスの盾』で反射すると、返す拳で素早く蝙蝠達を叩き潰した。しかし潰された蝙蝠は黒い霧となって消えたものの、数匹殺されたところで蝙蝠の群れシュ・セツには何らダメージが無いようであった。

 そしてもう一方の残骸にあるシュ・セツの半身も同じ様に蝙蝠へと変化して、双方の群れはザワザワと互いに呼び寄せられるようにして混じり合った。

 その様子を見てタウ・ソクがPFAライフルを向ける。


「コイツら!」――フルオートにしたライフルを、群れの中心にしこたま撃ち込む。


 だが蝙蝠は数匹が先程のように霧散しただけで、徐々に一体化していくその黒い塊が怯むことはなかった。


「……無駄だ……」と、レイナルド。


 彼の言う通り、蝙蝠達は中途半端な攻撃は物ともしない様子でどんどんと融合していき、やがて人の形をした真っ黒な影になると、徐に着地した。褪めたように影の闇が薄まり、当然の如く現れたのはシュ・セツである。


「――っはぁ……。貴様、レイナルド・コリンズ――!」


 歯を食いしばりレイナルドを睨め付けるシュ・セツであったが、その声は眼つきよりも大分弱々しく、身体もダラリと脱力して辛うじて立っているという具合であった。


「憶えていろよ、次は必ず――」


 シュ・セツの台詞の途中で、彼の背後にあったクシャガルジナの断面から黒い靄が立ち昇る。たちまち機体はそこを起点に融けていき、全てがその黒い粒子へと変化すると数秒の間、空中に漂った――。

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