EP23-3 白い戦艦

「まさか――?!」とマナト。


 それが、今しがた蝙蝠の姿を経由して復活したシュ・セツの復活現象と同じであると彼が勘付いた時には、既に粒子は1箇所に収束して機甲巨人の原形となっており、その復活を妨げる隙も与えずにクシャガルジナの機体からだは復元された。


「復活しやがった!」


「自己修復機能……?!」と、タウ・ソクも動揺を隠せない。


 唯一人、復活それを想定していたレイナルドが、ヨロヨロと立ち上がって再び鎌を構える。それを見たシュ・セツは己の右腕を切り離す。


「貴様を侮った自分への罰だ……腕1本そいつはくれてやる」


 シュ・セツが苦々しくそう言うと、腕は形を蝙蝠へと変え、その蝙蝠は目を赤く輝かせてギイギイと鳴きながらレイナルドを襲った。

 普段のレイナルドであればそんな蝙蝠など歯牙にもかけぬ相手であったが、クシャガルジナとの戦闘で力を使い果たした彼の鎌は、踊らされるように虚しく空を斬るだけである。


「っち!」


 苦戦するレイナルドを見て、マナトは素早くその間に割り込むと反射する鉄拳ヤールングレイプで打ち払う。――霧散する蝙蝠。


「…………すまない」とレイナルド。


「いや……(悪いヤツじゃねえのか)」


 そうして彼らがそちらに気を取られている僅かな隙に、シュ・セツはクシャガルジナへと乗り込んでいた。


「待て!」


 それを認めたタウ・ソクがライフルを発砲したが、弾丸は巨人の装甲に弾かれるだけであった。


「クソッ、逃げられる!」


 とは言っても、それ以上の有効な攻撃を見出せぬタウ・ソクは、風を巻き上げて飛び立つクシャガルジナをただ見送ることしか出来なかった。


「………………」


 ――青い空の中で、徐々に小さくなってゆく黒い影。暫し無言の三人――であったが。


「……? 何の……音だ?」と、レイナルドが耳を澄ます。


 その音――巨大な物体が重々しく大気を掻き分けるその振動音は、彼らの後方上空から少しずつゆったりと近付いてきた。

 最初に振り返ったマナトが、呆然とそれを見つめて言う。


「おいおい冗談だろ……今度は空飛ぶ戦艦かよ……」


 呆れたような半笑いを浮かべながら空を眺める。そこに現れたのは、全長700メートル程の白い宇宙戦艦。

 ――分厚く長い騎士盾を横に寝かせた様な船体に、菱形の艦橋。その基礎設計デザインは高速航行と次元歪曲収差という所謂ワープ航法を可能にしつつ、対機甲巨人戦闘に特化した、宇宙戦記の世界インヴェルセレの高速機動戦闘艦である。そして純白の構造色は言わずもがな、解放軍のシンボルカラーであった。


「インダルテか!?」とタウ・ソク。


 無論、解放軍のエースパイロットであった彼がその戦艦を知らぬ筈もない。


(だけど微妙に形が違う? それに付いてるのは解放軍のマークじゃない……)


 艦は僅かに有機的な、或いは女性的な丸みを帯びており、艦底に描かれているのは西洋薄雪草エーデルワイスと剣をモチーフにした、見知らぬ黄金のマーク。それはインヴェルセレのどの軍隊のものとも違っていた。

 そして首を傾げるマナトの上空まえで、その機動戦闘艦インダルテに動きがあった。甲板の一部が徐に開き、そのハッチから虹色の粒子を撒き散らしながら飛び出す、オレンジ色の機甲巨人。


「あの機体――!!」


 思わず大声を上げたタウ・ソクの遥か頭上を、その機体が流星の如く飛び去っていった。


 ――そのコックピット内。


[バタンガナンよりリ・インダルテへ、敵機を補足した。予想通り変質が始まっているようだ]


 オレンジ色のパイロットスーツ。しかしヘルメットはしておらず、銀色の短い髪はやんわりと立ち上げられている。彫りの深い精悍な顔つきのその男は、かつて帝国軍のエースパイロットとしてタウ・ソクと幾度となく死闘を演じ、そして最終的には心強い味方となったアグ・ノモであった。

 彼の思考による問い掛けには、すぐさま直接脳内へ、若い女性の毅然とした声での応答があった。


[こちらリ・インダルテです、了解しました。変わり果てた者ディファレンターですね……ならば残念ですが懐柔は不可能でしょう。撃滅してください]


[了解した。――コノエ、シキ、バックアップを頼む]とアグ・ノモ。


 すると彼の要請に応じて船体ハッチが再び開く。その中には、琥珀色に塗り替えられた解放軍の機甲巨人ビャッカ。そして帝国軍の機体であるはずのジンノウが、黒紫にカラーリングを変えて控えていた。

 ビャッカは、人間で云えば目に当たる部分である真一文字のセンサーライトを緑色に輝かせて、加速の為に腰を落とす。


[こちら杠葉ゆずりはコノエ、了解しました。――2番機、ビャッカ・ヘイムダル、出ます!]


 白のパイロットスーツ姿のコノエからの通信とともに、ビャッカが短いカタパルトを経て弾丸の如く出撃し、先行するバタンガナンを追っていく。機体の両肩に付いた六角形の巨大な盾が、陽光を反射して白く輝き、虹色の尾を引いた。


[こちら天夜あまやだ。3番、ジン・オレルス出るぜ]


 それに続いて黒紫のジンノウも、両肩からマントの如く生え揃う鋭利な翼を開いて、勢い良く飛び立ってゆく。


 そして彼らを見送る戦艦リ・インダルテの船首には、聖職者の様な真新しい白い長衣ローブを着た男が、高々度の突風吹き荒ぶ中で命綱ひとつ付けずに悠々と佇んでいた。

 その手に黒檀の杖を持った彼は、眠たげな目を擦りながら、やる気が無さそうに大きく欠伸をしてみせる。


「さあて、と。じゃあパパッと片付けて、皆で昼寝といこうか」


 お気楽にそう言ってのけたのは、剣と魔法の世界アーマンティルの魔法使い、レンゾであった。

 準備運動のように肩を回してから瞼を閉じ、軽く深呼吸をしてから再び目を開くと、そこには凛として聡明なる大魔法使いの顔が在った。――その右眼が青く光る。


[リ・オオ、準備はいいかい?]


[ええ。お願いします]


 リ・オオが応えると、甲板の左右に備えられた2門の主砲の矛先が、アグ・ノモ達の向かった先へと転回した。

 レンゾは白い長衣をバタバタと靡かせながら、木の杖を高く掲げて唱える。


深淵の鎖カヌム・エス


 すると杖の先端が眩く輝き、彼を囲うように光の柱が立ち昇った。その直後、直径50メートルに及ぶ巨大な魔法陣が、主砲の先端からその射軸を中心にして、次々と何層にも重なって展開していった。

 赤から青、青から緑と、オーロラの如く色を変える魔法陣はそれぞれが違った速度でゆったりと回転しながら、リ・オオの次なる行動を待っている。


[いつでもいいよ、リ・オオ]


[ありがとうございます。――物理転換魔法陣を確認。エネルギー充填完了。目標固定……]


 艦全体から羽音に似た重低音。主砲の砲身全体が縦に裂ける様に開き、その隙間をキラキラとした虹色の粒子が埋める。


[――錨鎖集束砲アンカーカノン、発射!]


 リ・オオの声とともに発射されたビーム砲は、魔法陣を通り抜ける度に色や太さを変え、最後の円を抜けた時にはその形までも――尖端にやじりの付いた青い光の鎖となって、凄まじい勢いで天を衝いた。

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