EP23-4 渾然一体

 シュ・セツが乗るクシャガルジナの周囲の空が群青から濃紺へと移り変わり、間もなく星海の岸へと差し掛かろうという頃、彼の頭の中に危機を告げる警報ロックオンアラートが鳴り響いた。


「この高度で捕捉だと?」


 シュ・セツが後ろを確認した瞬間、下方からのビームがクシャガルジナの左腕を撃ち抜いた。付け根を精確に貫かれ、千切れた腕が重力に引かれ落ちていく。


「ッ! ビーム兵器! 機甲巨人か!?」


 というシュ・セツの疑問に対する答えは、視界カメラが捉えたオレンジ色の機体。


「バッ――く!」


 続く射撃を辛うじて回避するクシャガルジナ。


「――バタンガナンだと!?」


 シュ・セツは態勢を整えつつ機体じぶんの左肩に目をやるが、失った腕が修復される様子は無かった。


(無尽蔵に再生されるわけではないのか? いや、私のエネルギーが残っていないということか!?)


 歯軋りをする彼の許に、バタンガナンからの通信――。


『……黒い機体のパイロット、まだ取り込まれていなければ応答しろ』


 それを聴いてシュ・セツの顔が一層険しくなった。


「(この声――!)貴様ッ、アグ・ノモか!」


 ビーム銃の照準をクシャガルジナの背中に貼り付けたまま、バタンガナンの彼が「ほう」と僅かに驚きの様子。


「私を知っているということは、インヴェルセレの人間――いや者か」


『何故貴様がここにいる?!』


「そういう役回りなのでな」


『役回りだと……? 今更貴様ノようナ劣等民コヒドが、私の前にしゃしゃり出ルな!』


 振り返ったクシャガルジナの口から放たれるビーム――それを難無く躱すバタンガナン。コックピットのアグ・ノモは、シュ・セツの吐いた悪態に苦笑した。


「コヒドとは懐かしい響きだ。だがこの世界に於いて、出自などというものは何の意味も為さんのだよ」


 バタンガナンは足を止め、続くビームも華麗に躱す。


機体ベースの判別すら付かんな。会話は出来るようだが……機体があの見た目では、パイロットは最早まともな人間ではあるまい)


 凶々しい怪物と化したクシャガルジナを、不憫そうに見据えるアグ・ノモ。

 一方、動きの無い彼のバタンガナンを見て、クシャガルジナは赤く光った翼を広げた。


「足を止メルとは、この私を見下しテいるつもリカ!」


 その翼の輝きが無数の線となってバタンガナンに乱れ飛ぶ。


[――コノエ]とアグ・ノモ。


[はい!]


 駆け付けた琥珀色のビャッカ――その両肩に付いていた六角形の巨大な盾が、バタンガナンに向かって射出される。盾はバタンガナンの前に躍り出ると白く輝き、瞬く間に増殖してパズルの如く組み合わさって機体を取り囲んだ。

 クシャガルジナのビームは障壁それに当たると、散り散りに乱反射して虚空へと消えていった。


「なンダ、そのヘイキは?!」


 そう驚くシュ・セツの身体は、いつの間にか本人すら気づかぬ内に、恐ろしい変貌を遂げ始めていた。――若々しく凛々しかった顔は醜悪な蝙蝠の様に歪み、肌は毛皮と言えるほどの体毛に包まれ、背骨も徐々に湾曲していっているのである。変化は声帯にも影響を及ぼしているようで、彼の声色や呂律はかなり不自然なものになっていた。


「オノれ、ヨクモ私ノ――!」


 クシャガルジナが再び翼からビームを放とうとした時。


「させるかよ」と、黒紫のジンノウを駆るシキ。


 羽毛に似た無数の鋭利な紫の刃が、空間を縦横無尽に躍り回り、クシャガルジナの翼をどこと云わずに無差別に斬り刻む。


「ギィヤァッ!」と、気味の悪いを上げるシュ・セツ。


 彼の両翼をバラバラに散らしたその兵器は、シキの意のままに操られ、ジンノウの翼へと収納されていく。

 そして動きの鈍ったクシャガルジナの遥か真下――地表付近で光が煌いたかと思うと、そこから飛来する鎖の矢。それは間もなく彼らのいる成層圏にまで達し、シュ・セツが回避行動を取る間もなく、そのまま彼の機体からだを穿いた。


「ウグゥッッ!」


 貫通した光のやじりは急速に旋回して、今度は肩から脚、そして脚から腕といった具合に方向転換しながら、雁字搦めに機体を縛り付けて、その動きを完全に封じ込めた。


「ヌゥウ! ナンダこのクサリハ!」


 羽ばたくことももがく・・・ことも出来なくなったクシャガルジナに、バタンガナンがピタリと照準を合わせると、コノエの障壁が素早くその道を開けた。

 バタンガナンの小さなビームガンはみるみる内に変形とともに肥大化していき、僅か数秒で機体の5倍はある、四角い砲台の如き大型兵器へと変化した。

 拘束されたクシャガルジナが撒き散らす怒号とも悲鳴ともつかぬ音声を聞きながら、アグ・ノモは視界に映し出されたターゲットカーソルをその怪物に重ねて呟く。


「同郷の者を葬るのに躊躇いが無いとは言い切れんが、これが今の私の生き方だ」


 警告音アラートが鳴り響くクシャガルジナのコックピット――であった箇所は、既にシュ・セツの肉体が座席や内壁と同化しており、最早どちらが主体となっているのか判別の付かない状態であった。


「コ――」


 シュ・セツが何かを言い出す前に、バタンガナンの指がトリガーを引いた――巨大な砲口から吐き出される超出力の眩い柱。発射されたビームの太さは砲台の口径よりも更に膨れ上がり、その激流はクシャガルジナを悠々と呑み込んで、機体を縛る鎖もろとも掻き消してゆく――。


「………………」


 アグ・ノモは、群青の空に舞うビーム粒子の仄かな残滓が、息絶える蛍のように消えていくのを静かに見つめていた。

 巨大化したビーム兵器が再びガチャガチャと変形し、折り畳まれるように小さくなって元のビームガンに戻る。


 そこへ、OLSの通信でコノエの声。


[お疲れ様でした、アグ・ノモさん]


[ああ、君らも良くやってくれた。ありがとう]


[いえ、とんでもない]とコノエが謙遜する一方。


[なんか思ったほど強い奴じゃあなかったな]とシキ。


[我々と戦う前に相当疲弊していたようだ。地上の彼らに感謝せねばな]


[っかし、生身で変わり果てた者ディファレンターとやり合うなんざぁ、またトンデモねえのがいたもんすね]


[ふむ。真祖の血統というのは、そういう強さを秘めているのだろう]


[確かに、ミリアの姐さんもだもんな……]


[ああ。ともあれまずは合流だ。――バタンガナンよりリ・インダルテへ。ディファレンターの消滅を確認した。これより帰投する]


 バタンガナンが頭上に広がる宇宙空間に背を向けてスラスターを噴かすと、ビャッカとジンノウもそれに続いて、3機は再び地上へと舞い戻っていった。

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