EP23-5 出航

 砂や小石を吹き飛ばしながらゆっくりと降下してきた機動戦闘艦リ・インダルテは、灰色の荒れた地面が近付くと、艦底から昆虫の様な6本の脚を迫り出し、重々しい振動を響かせて着陸した。

 艦から50メートル程離れた場所で、その様子をまじまじと見ていたタウ・ソク。


「やっぱりインダルテだ……間違いない」


「インダルテ?」と隣のマナトが尋ねると、タウ・ソクは歩き出しつつ答える。


「ああ、僕が乗っていた戦艦ふねだ。仲間のはずだ。――行こう」


 迷わず歩みを進めるタウ・ソク。若干怪訝そうに巨大な戦艦を見つめていたマナトが、一歩踏み出したところで振り返ると、レイナルドと目が合った。


「……俺のことは……気にするな……」


 レイナルドの言葉を受けて、マナトは無言でタウ・ソクを追った――。


 彼らが艦に辿り着く前に空から降りてきたバタンガナン、そしてビャッカとジンノウが、リ・インダルテの横に並んだ。


(バタンガナン……アグ・ノモなのか? それにあの2機は――)


 タウ・ソクが機甲巨人らを眺めていると、それぞれの胸のハッチが開く。しかし中から出てきたのは彼の予想に反して、見慣れぬ乳白色の球体であった。


「?」と首を傾げる彼の前で、球体はフヨフヨと浮きながら音も無く地面へと降りる。

 それは近くで見るとゲル状の柔らかな物質で、着地から間もなくしてその色が半透明になると、中には椅子に座る様な姿勢で浮かぶ人影があった。そしてそれぞれの球体の中の人影が徐に立ち上がり、ドプンッと粘っこい波を立てて表面を突き破る。


「アグ・ノモ――!」とタウ・ソク。


 無論そこから現れたのは、オレンジ色のパイロットスーツを着たアグ・ノモと――。


「せ、先輩っ?!」


 仰天した様子で叫んだマナトは、学園ネストの先輩であったはずのコノエとシキの姿を凝視した。

 琥珀色のミディアムロブの髪と銀縁の眼鏡、小柄だが知的な美人の杠葉コノエ。長い黒髪と眠たそうな奥二重の目に、飄々とした雰囲気を纏う天夜シキ――。そこまでは確かにマナトの知る二人そのままであったが、彼らの身体を包んでいるのは、タウ・ソクの物と似た白いパイロットスーツである。そして何よりも、その二人が機甲巨人の中から平然と現れたことに、マナトは驚きを隠せなかった。


「よう鑑、元気そうだな」とシキ。


「久しぶりね、鑑くん。私たちがネストを卒業して以来かしら」


 優し気に微笑むコノエを見て、タウ・ソクが「知り合いなのか?」とマナトに訊いた。


「あ、ああ。俺たちの……学園ネストの先輩たちだ。でも――」


「なんで、という話をすると長くなるわ。一旦落ち着ける場所に行きましょう」


「落ち着ける場所……?」


 マナトが聞き返すと、コノエが頷く。


「ええ。少し遠いけれど私たちの拠点があるから、詳しい話はそこで。――アグ・ノモさん、この子たちをWIRAウィラへ連れて行っても?」


 するとアグ・ノモが笑顔で応えた。


「勿論だとも。生存者の保護も我々の重要な任務だ。それにそこの彼――タウ・ソクは貴重な戦力にもなる」


 アグ・ノモに視線を投げかけられたタウ・ソクは、何となく釈然としない表情でそれを受けた。



 ***



 黄色い夕陽を背に、巨大な白い戦艦がゆっくりと垂直に浮上してゆく――。

 ネスト本部でヒロとカゲヒサを、そして更地になった市街地の地下キャンパスから残りの学園生徒らを無事に救出し終え、リ・インダルテはその全てを搭乗させて、この惑星を飛び立たたんとしていた。


 艦内の壁にレイナルドがもたれかかると、顔の横の壁が窓のように外を四角く映し出した。レイナルドはそこから、徐々に離れていく灰色の市街地や、砕け散った山頂の血晶城の跡地を見つめていたが、その顔から彼の感情を読み取ることは何人にも能わない。同じ宵闇と黄昏の世界ダークネストークスから、唯一彼とともにこの世界に移ってきた吸血鬼ガウロス――その純粋な最後の吸血鬼の憐れな死を、彼が悼んでいようとは誰も知る由もなかったのであった。


 一方超能力者の世界グレイターヘイムの面々に関しては、突然の宇宙戦艦とロボット出現、そして他惑星へ移動するという衝撃的な出来事に、皆が皆困惑したのは言うまでもない。しかし事実物体としてのそれを目の当たりにすれば、若い彼らとしては興奮や期待が上回ったようであった。

 彼らは機関室や艦橋に立ち入ることは禁じられたものの、その他は自由に歩き回ってよいと言われ、リ・インダルテの不可思議な内装や機甲巨人に興味津々食らいついていた。だが驚くべきことに、これだけの規模の戦艦であるにも関わらず、艦内に乗組員の姿は一人も見当たらないのであった。


 ――そんな中、各所に響く女性の声。


『はじめまして、皆さん。本艦の艦長リ・オオです。今後の針路や現状について、ご説明させて頂きますので、各団体及び個人の代表の方は、ブリッジにお越しください』


 そうして第一艦橋ブリッジにはタウ・ソクの他に、レイナルド、社リコ、塔金カゲヒサ、そして本人には理由を知らさぬまま鑑マナトが集められた。


 ブリッジの内装は、タウ・ソクの知るインダルテのそれとは大分異なっていた。というよりも、彼はアグ・ノモにその部屋がブリッジであると言われるまで、そうとは気付かなかった。

 部屋の中央には大きめの白いテーブル、それを囲んで10席ののっぺりとした白い椅子。以前は正面にあったはずの大型モニターや、オペレーター達が扱うコンソール、そして艦長席も見当たらず、部屋はただ白色で埋め尽くされた殺風景な談話室の様であった。


「他の乗組員クルーはどこに?」とタウ・ソクが訊くと、アグ・ノモは一瞬考え込むような間を置いてから、「我々だけだ」と素っ気無く答えた。


 先に部屋に通された彼らが、壁に寄りかかったり、椅子に座ったり、部屋を見回しながら壁に触れてみたりしていると、暫くしてからテーブルの中央に白いスーツ姿の女性の上半身ホログラフィが現れた。

 ――滑らかな真珠色のロングヘアーと太めの眉に、真昼の蒼海の如く爽やかな青の瞳。少女とも云える若さの彼女は、部屋のどこから見ても正面に視えるよう映し出された。


「皆さん、ようこそリ・インダルテへ。私たちWIRAウィラは貴方がたを歓迎致します」


 新たにこの艦に乗った者達に、彼女はにっこりと微笑んでみせる。

 その姿に「嗚呼……」と安堵の声を漏らしたのはタウ・ソク――ホログラフィの彼女は正しく、宇宙戦記の世界インヴェルセレで彼とともに戦地を乗り越えた解放軍のリーダー、リ・オオその人であった。

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