EP23-6 時の隔たり
「よかった。無事だったんだな、リ・オオ」
「……お久しぶりですね、タウ・ソク」
しかしそう言って笑った彼女の顔は何故か哀しげで、その台詞も含めて妙に感じられたタウ・ソクは小首を傾げた。
「? 久しぶり――? 僕らが別れてまだ3日も経ってないんじゃないか?」
タウ・ソクがこの世界で目を覚ましたのはつい先日のことで、その直前までは帝都ゼドの周辺宙域にいたのである。無論そこにはリ・オオも他の解放軍のメンバーも居たので、彼がこちらに来てから気を失っていた時間を考慮したとしても、最後にリ・オオと顔を合わせたのはせいぜいが2、3日前のはずであった。しかしそんなタウ・ソクの台詞にリ・オオが俯く。
「………………」
「どうしたんだ? ――リ・オオ?」
するとそこでブリッジのドアが開き、アグ・ノモとコノエが入ってきた。そしてリ・オオの沈黙を代弁する前に、アグ・ノモが「皆、座ってくれたまえ」と促した。
並んで座るマナト達とカゲヒサ、タウ・ソクも釈然としない顔で徐に席に着く。レイナルドは指示に従わず腕組みをして壁に寄り掛かったままであったが、アグ・ノモは特にそれを気にすることもなく話し始めた。
「私の名はアグ・ノモ。
切り出した彼の聞き慣れぬ名前には誰しも気になることがあったものの、まずは話を聴くべきであろうというのが、全員の暗黙の一致であった。
「君たちは全員、自身がつい最近まで別の世界にいた――と認識している。……それで間違いはないかな?」
アグ・ノモとコノエが彼らと対面する位置に着席し、確認を得るように全員の顔を順々に見回すと、皆は無言で頷いて応えた。
「うむ――ならばまずは、その認識を少し改めてもらう必要がある。恐らくかなり衝撃を受ける話だ。……心して聴いてくれたまえ」
アグ・ノモがそう言うと、その場の全員が神妙な面持ちになりつつも興味深そうに聴き入った。
「君たちがどの程度、お互いの身の上を明かし合っているかは分からないが、少なくともそれぞれ相手が自分の知る世界、或いはその常識から外れた存在であるということは理解しているはずだ」
チラリと
「君たちが元いた世界、
(亜世界――アマラが言っていたやつか……)とタウ・ソク。
「それはいくつもあり、それぞれの亜世界は源世界という基幹となる世界から派生していて、互いに交わることはなかった。しかしおよそ300年前に引き起こされた『
するとそこで、マナトが身を乗り出してアグ・ノモの言葉を遮った。
「ちょ、ちょっと待ってくれ――今、何て言ったんだ?」
「界変と言った。君たちは初めて聞く言葉だろう」と、アグ・ノモ――しかし。
「いやそうじゃない、その前だ。今300年前って言わなかったか? 俺たちがこの世界に来たのはほんの数ヶ月前のはずだ。俺の聞き間違いか?」
リコやカゲヒサも顔を見合わせて頷いたが、アグ・ノモは首を横に振った。
「間違いではない。この世界には界変後からの記録が残っている。正確には307年と4ヶ月だ」
「そ……」と、絶句するリコ。
マナトや、そしてタウ・ソクも同様に口を開けたまま固まった。黙って聴いていたカゲヒサは険しい顔で下を向いて唸る。元々が不死であるレイナルドだけは別段その年月を重く感じることはないようで、その表情は変わらずにいた。
「君たちが驚くのも無理はないが、界変というのは我々が認識している空間や時間とは無縁の現象だ。その為、亜世界にいた存在がこの世界に転換されるのは時間的に連続ではない。簡単に云えばこの世界に出現するタイミングには、人によって多少のズレがある」
「多少のズレって……300年がかよ」
「我々の仲間の予測では、出現には最大で2万年ほどの誤差があるだろう、ということだった。それから考えれば君たちが現れたのは、ほんの僅かな誤差、もしくはほぼ同時と言ってもいいだろう。私が来たのは100年前、この彼女――君らは知己のようだが、彼女杠葉コノエが現れたのも20年前で、ごく最近のことだ」
アグ・ノモが言うその時間の感覚は皆にとって易々と許容できるものではなかったが、それと同時に抱かざるを得ない疑問を、マナトが口にした。
「コノエ先輩が来たのが20年前? それにしちゃ――」
マナトの視線を受けて、コノエが微かに困ったような表情で口元に笑み浮かべる――その顔はマナトらが知る、以前の彼女と全く変わらないものであった。つまりは彼女の中でそれだけの歳月が過ぎているとは、とても彼には思えなかったのである。
「……全く変わってない、よな?」
「ええ」と同意したのはリコだけでなくタウ・ソクも同じであったが、彼の方はコノエではなくアグ・ノモの顔を見ていた。
するとアグ・ノモ。
「私たちの年齢のことか……確かに私や彼女は殆ど歳を取っていない――だがそれは、この世界において特別なことではない。何故ならこの世界は界変の呪縛によって、魂を持つ存在が歳を重ねることを許されない世界だからな――」
「呪縛?」とタウ・ソクが怪訝な顔で訊き返したところで、再びブリッジのドアが開き入ってきたのは、紅色のオカッパ頭と白の聖職衣の男、魔法使いのレンゾであった。
「その言い方はあくまでも比喩だけどね。まあ言い得て妙ではあるけれど」
入ってくるなりレンゾは欠伸をしながら
アグ・ノモが横目に彼を見ると、レンゾは「航路は問題無いよ」と一言。それに頷く。
「――話を戻そう。最初に言った通り、この世界は統合された世界だ。謂うなれば君らのいた世界そのものでもある。つまり君たちは、何処かの異なる世界に飛ばされた、という訳ではないのだ。……解るかね?」
その台詞の意味するところをすぐに理解したリコの顔は青褪め、恐る恐る質問を搾り出した。
「……それって……じゃあ、私たちはもう――」
「ああ。君たちはもう、元の
「! そんな…………」
「嘘――だろ……」
リコだけでなくマナトもタウ・ソクも、その宣告にただ茫然と宙を見つめるしかなかった。
世を捨てたレイナルドや充分に人生を謳歌してきたカゲヒサらと違って、彼ら若人は正にこれから未来に向かって羽ばたかんとしていたのである。
「……………」
その絶望や悲愴を痛いほどに知るコノエは、そんな彼らに言葉を掛けることも出来ず、テーブルの下で小さな握り拳を作るだけであった。
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