EP23-7 この世界
やがて暫しの沈黙を破ってアグ・ノモ。
「それぞれ思うところはあるだろうが、これは現実だ。そしてそれをどう受け入れ、これからどう歩んでいくかは個人の自由だ」
彼は悲痛な面持ちの少年少女を見てから、横に並ぶコノエとレンゾにそっと目を向けた――その視線は、今彼が話したことよりも遥かに重い現実を、この打ちひしがれた子供達にこれから話してしまっていいものか、という確認であった。
「――まあいいんじゃないかな。どの道すぐに知ることになるだろうし」
「……では本題に入ろう。ここが異なる世界ではないというのは先程説明した通りだが、残念なことにその在り様は大きく変わってしまっている。今言った呪縛もその一つだ。しかしそれよりも大きな変化がある――」
そう語り始めたアグ・ノモの話は、マナトらだけでなくタウ・ソクやカゲヒサ、そしてレイナルドすら言葉を失うほどの、衝撃の事実であった。
***
魔法術式が織り成す色とりどりの紋様が
巨大な戦艦が大気を押し分けて進む轟音は、アグ・ノモの次の言葉を待つ一同には殆ど届かず、艦を揺らす微弱な振動だけが、静かな山鳴りのように伝わるのであった――。
やがてリ・インダルテが大気圏を抜け、艦内に真空がもたらす静寂が訪れると、その静けさの中でリ・オオの事務的な音声が響いた。
『間もなく次元歪曲収差を行います』
アグ・ノモはそれに「ああ」と相槌を打った後、改めて口を開いた。
「界変とは、複数の情報を統合し世界を圧縮する現象だ。そして世界の情報の多くは、複雑で深い関連性によって繋がる存在――つまり我々人間のような知性体として在る」
「ゴブリンとかの亜人や吸血鬼、ゼペリアンみたいな宇宙人もそうだけどね」とレンゾが補足。
「故に界変によって大多数の情報は失われ、魂とも云うべきオリジナリティやアイデンティティ、また記憶や知性を奪われた者は多い。そういった者は最早個人を特定できる状態ではない。物質的に消え去ってしまった者もいる」
「なるほど……」と、頷いたカゲヒサが考え込むように腕組みをして押し黙る。
「殆どの世界は原形すら留めていないが」という前置きをしてから、アグ・ノモはマナトらの顔を見る――。
「殊能者と呼ばれる、超常的な力を持つ人間がいる世界」
次にレイナルドを見る――。
「吸血鬼のような、人ならざる人々が潜む世界」
次にレンゾを――。
「魔法という技が確立され、ドラゴンやモンスターが存在する世界」
そして最後にタウ・ソクを見た――。
「機甲巨人という兵器を用い、宇宙での戦争に明け暮れる世界」
アグ・ノモの視線は全員の顔を一巡してから、再び正面へと向き直った。
「君らの居たこれらの亜世界と、その他数千に及ぶ亜世界。そしてそれらを生み出す元となった源世界。この全てで失われた者は――」
ゴクリ、と誰かの唾を飲む音。
「全体のおよそ98パーセント。数にして1兆を超える知的生命体が消滅した。つまり端的に言って世界は滅びた――いや、
しんと静まり返るブリッジ――嘆息のような唸りを発したのは唯一カゲヒサのみで、他の者達は一様に言葉を失っていた。
軽口の絶えないレンゾですら流石にその発表の後にふざけた台詞を言う気は無いようで、テーブルで頬杖をついたまま、黙って皆の様子を窺っていた。コノエも当然その事実を把握していたが、改めて告げられた数字の重さを再認識したのか、その表情の翳りを隠すことは出来なかった。
「そしてそんな状況の中で――いや……そんな状況だったからこそ、生き残った人々は争いを始めた。突如変貌した世界で、自分たちの常識とかけ離れた存在に囲まれることになれば、無理もないことだろう。だがそんな争いを放っておけば、近い将来人間は完全に絶滅してしまう――。それを食い止めようと動き出したのが、界変以前から亜世界を護る役割を担っていた組織、今現在我々が所属している
アグ・ノモがそこまで言い終えたところで、艦内にリ・オオの声でアナウンスが流れた。
『――次元歪曲収差終了。間もなくバハドゥに到着します』
するとブリッジの全面の壁が瞬時にガラス張りのように透けて、艦の前方には青と緑の美しい惑星の姿が映し出された。
***
中天に昇った太陽の輝きを受け青々と映える広大な森に、悠然と飛ぶ巨大な戦艦の影が差す。森の小動物達はその存在感に驚き素早く身を隠してから、やがて天空の神の機嫌を窺うように恐る恐る顔を出した。
そんな彼らを両脇に従えた拓かれた林道――。純白の土砂を積んだ木製の荷車が止まり、それを牽いていた二輪の脚を持った馬――モーターサイクルと生き物を融合させたような、鈍色の機械の馬がブルルと
「あ……」
荷馬車に合わせて歩いていた少年は、徐に足を止めて空を見上げる。――歳は十になるならずといったところで、ベールに覆われた様な柔らかい虹色の髪の毛がサラサラと靡く様は、細やかなオーロラを思わせた。
(船だ……)
上空を跨いでいくリ・インダルテを、その虹色の髪の少年が好奇の眼差しで見つめていると、少し先を歩いていた大男が振り返った。
低い鼻に小さな眼、歯の全てが犬歯のように鋭い亜人――質素な布の服を着た
「どうした? ――エリオン」
すると少年は小さく呟き返した。
「……ドト、船が」
彼の視線をオークが辿る。
「インヴェルの民か」
「うん……。また戦争が始まるのかな?」
「どうだかな。神のみぞ知る――だ。それより早く『ゲの
「……うん」
少年エリオンは荷台の横にぶら提げていた水筒を取り外すと、それを馬の口に充てがう。オークのドトはその様子を暫く見守った後に顔を上げ、遠く離れて行く神々しい
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