EP23-8 統べる者
――界変暦307年。
惑星バハドゥ/第四開拓市アルゲンテア――
豊かな森と湖に囲まれた平原の真ん中に、均整の取れた石レンガと木目の高層住居が、螺旋階段の如く連なる街並み。赤茶けた色の地面は1ミリの狂いもなく敷き詰められた
街の中央に一際高く聳え立つ白い四角柱の構造物――その塔にリ・インダルテが近付くと、のっぺりとした壁に穴が空き、そこから舌を出すように伸びた回廊が、空中停止している艦の胴体へと繋がった。
艦のハッチが開くと、コノエがその先に続く石の回廊に向かって「どうぞ、こちらへ」と手で促した。そして先導するコノエとシキの後に、マナト達がぞろぞろと長蛇の列となって続く――。
そこでアグ・ノモが呼び止めた。
「タウ・ソク。君には少し話がある。他の者は先に行ってくれ。彼は――」
と彼が言いかけると、コノエは「はい」と察して返事をした。
皆が回廊を渡っていくと一旦扉が閉まり、艦内にはタウ・ソクとアグ・ノモの二人だけが取り残された。するとタウ・ソクはキョロキョロと周りを見回し、艦内にもう一人いるべきはずの人間を探す。
(彼女は何処に……)
その姿に痛ましい表情でアグ・ノモが話し掛けた。
「君の気掛かりは解る」
「アグ・ノモ……。彼女は――リ・オオは何処にいるんだ? 僕はまだ彼女に直接会っていない。この艦に乗っているんだろう?」
そう問われたアグ・ノモは哀しげな溜め息を小さく吐くと、タウ・ソクの肩に手を置いた。
「よく聴いてくれ、タウ・ソク。彼女はこの艦には居るが、乗っているわけではない」
「なに……?」と、首を傾げるタウ・ソク。
「来る前にも話したが、界変によって多くの存在は統合され、原形を留めることができなかった。それは無機物に限らず、人も動物も植物も同じだ。だがそうして有り様は変われど、自我の残った者も存在する。リ・オオはその一人だ」
「? 意味が解らない。……何を言ってるんだ?」
怪訝な顔をするタウ・ソクに、アグ・ノモは意を決するように言った。
「君の知るリ・オオはこの世界に存在しない、ということだ。このインダルテという艦が彼女なのだ」
「な――」と、絶句するタウ・ソク。
「リ・オオ女史はこの戦闘艦インダルテと統合され、人間としての身体を失った。彼女の自我は、この艦のマザーシステムとしてのみ存在している」
そこへ、二人の横に
「……ありがとうございます、アグ・ノモ。本当なら私自身が話さなくてはならないことなのに、貴方の口に頼ってしまって――」
「構わんさ」とアグ・ノモ。
リ・オオの表情は切なく、
「ごめんなさい、タウ・ソク。貴方に会えたら最初に伝えなくてはと思っていたのに、いざ貴方の顔を見たら言い出せなくなってしまって。私は……自分で思うよりずっと弱かったみたい。ダメですね、本当に――」
泣き出しそうなリ・オオの顔に、しかし涙が流れることはない。
下唇を噛んだタウ・ソクは、自分も彼女と同じ顔になっていることに気が付くと、すぐにその表情を取り繕いながら言った。
「そんな……君が謝ることなんてない。僕の方こそ、君がそんな辛い目に遭っている時に……何もできなくて――ごめん」
リ・オオの肩に手を掛けようとしたタウ・ソクは、恐らくその手が期待する感触を得られぬであろうと察して、それを止めた。そして歯痒さを圧し殺すように強く握り締める。
(なんで、なんで僕は肝心な時に――)
するとリ・オオは寂しそう微笑んだ。
「よいのです。私はもうこの
「そうだ!」と、タウ・ソクは先程から抱いていた疑問を思い出して声を上げる。
「アグ・ノモ、お前は界変が『引き起こされた』って言ってたよな? それに世界が『滅ぼされた』とも――。じゃあそもそも誰が界変を? 世界やリ・オオをこんなふうに変えてしまったんだ?」
「うむ、そうだな……。それに関してはこれから我々の上の者から話があるだろうが……いいだろう。君には私から話しておこう――」
そう言ってアグ・ノモは、界変について彼らの知る事実を語り始めた。
***
先に回廊を抜けて四角柱の塔へと入ったマナト達――。
城内の造りはいかにも
やがて丁字路になった廊下に突き当たると、コノエが足を止め、振り返る。
「ここからは彼についていってください。――天夜君」
彼女の呼び掛けに「ああ」とシキ。
「じゃ、お前らはこっちだ」
シキが右側の通路に進み、皆がそれに従って再び進み始めるところへ。
「鑑君、それとレイナルドさん。貴方がたはこちらへ」とコノエ。
「?」
呼び止められた彼らだけは他の者とは反対側の通路へ促され、コノエに案内されるまま三人で進んでいく。すると暫くしてマナトらの前に現れたのは、3メートル程の高さがある大きな白い扉であった。
「失礼します」とコノエが扉に向かって言うと、その扉を縁取るドラゴンや樹の蔓をモチーフが青く光り、扉は滑らかに彼らを中へと誘った。
扉の向こうは、柔らかい白に薄っすらとした波模様がついた石造りの広間であった。天井は見上げるほどに高く、広大と云って差し支えない広さでありながら柱ひとつない。奥の壁は、外からはそう見えなかったものの、内側は全面が徹底して磨かれたガラスの様に透明で、そこから射し込む陽の光が、そこから外界を臨む男のシルエットを浮き彫りにしていた。
「二人をお連れしました」と、コノエが一声掛けてから部屋に歩み入ると、その男が徐に振り返った。
――獅子のたてがみの如き金色の髪。真っ白のフォーマルスーツを上品に着こなしていても、その下の隆々とした筋肉が容易に想像出来る分厚い胸板。雄々しく端正な顔に、優しげな空色の瞳。
「おかえり。よく戻ってきてくれたね、コノエ」
彼は笑顔で彼女を迎え、部屋を真っ直ぐ辿るコノエ達に歩み寄ると、よく通る低い声でそう言った。
「はじめまして、マナト君。そして君は久しぶりだね、レイナルド」
その悠然とした振る舞いは王者らしい品格を保ちながらも、決して相手を威圧することのない優雅さと気遣いを感じさせる。それが意識してのものであれ自然体であれ、彼が見た目の通りの偉丈夫で、また極めて理知的な紳士であることは疑いようがなかった。
「自己紹介をさせてもらおう。私の名前はリアム。
マナトはその圧倒的な存在感と、神々しさすら覚える立ち姿に思わず息を呑んだ。そんな彼の肩に優しく手を置くリアム。
「緊張することはない。私は君たちの味方だ」
「は、はい……」
「君たちが私に訊きたいこと、私が君たちに話すべきこと――それは沢山あるが、何よりもまず先に、君たちがこの世界で無事にいられたことを祝福させてもらうよ」
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