EP23-9 歩み続ける者

 リアムがマナトと握手を交わしたところで、その後ろから女性の声。


「あら? 久しぶりね、レイナルド」


 レイナルドとマナトが振り向くと、彼らが入ってきた扉から入ってきたのは、妖艶な肢体を惜しみなく露出した黒いドレスの美女であった。


「アナタ生きてたの?」


 レイナルドは無感情な眼でその艶めかしい美女を見て呟く。


「……カル……ミリアか」


「今はミリアよ」


 不敵な笑みを浮かべたミリアは、床に届きそうなほど長い暗紅色の髪をサラリと払うと、結晶化した血で作られたヒールをカツカツと鳴らして彼の横を通り過ぎ、滑らかな動作でリアムに寄り添った。


「相変わらず暗い顔ね。……吸血鬼アイツらはどうしたの?」


「……ガウロスは……滅びた」


 レイナルドがそう答えると、彼女は特に感慨も感傷も無いといった表情で「そう」と一言。

 そしてリアムとは対照的に、相手の身体を骨髄から氷漬けにするような、恐ろしく冷たい眼でマナトを一瞥――その視線にマナトは一瞬呼吸が詰まった。


(う――な、なんだこの人……人間なのか?)


「ふぅん……(冴えないガキね)」とミリア。


 つんと顔を背けると、今度はほだされたような熱い視線をリアムの横顔に向けて、彼の分厚い胸板に手を這わせ、猫なで声で話し掛けた。


「リアム様……わたくし少し出かけなければなりませんの」


「ああ、ディファレンターの討伐だね。君とアマラなら問題無いとは思うが、気をつけて」


「まあ、なんてお優しいお言葉を――! ご安心くださいませ。ディファレンターくだらないゴミどもなど一刻とかけずに殲滅して、またすぐに戻って参りますわ」


 目一杯の乙女の笑顔をリアムに見せて丁寧にお辞儀をしたミリアは、くるりと振り返った瞬間には再び氷の表情。


「ゆくぞコノエ」


「は、はい!」


 ビクリと身を震わせたコノエが、ヒールを高らかに響かせて足早に去るミリアに付いて、部屋を出て行く――その後ろ姿を畏怖の眼で見送るマナト。


(なんだあの変わりっぷりは……美人だけど関わりたくねえな……)


 間もなく二人の姿が見えなくなると、リアムは苦笑いの顔で溜め息を吐いた。


「やれやれ……彼女は少し人見知りをする女性でね」


 そういう問題では無いのでは、とマナトもレイナルドも思いはしたものの敢えて口には出さずにいると、リアムは真面目な顔で「さて」と仕切り直した。


「まず君たちには、この世界に存在する危険と、我々の目的について話しておくべきだろうね」


「この世界の危険?」とマナト。


「うむ。君らも見たはずだ。巨大なロボット――かつては機甲巨人と呼ばれていた兵器に取り込まれた者の、忌まわしい成れの果てを。我々はアレを変わり果てた者ディファレンターと呼んでいる」


「ディファレンター……」


 マナトの脳裏に、絶大な破壊力を持った機甲巨人クシャガルジナの記憶が蘇る。あの破滅的な強さは、例え一流の殊能者であっても到底太刀打ち出来るレベルではなかった。


(あんなバケモノが他にもいるってのか……)


 しかしリアム。


「ただあくまで、ディファレンターの駆除や機甲巨人の回収といった任務は、それに抗う術を持たない人々の為に行っているに過ぎない。混沌としたこの世界に平和という秩序ルールをもたらす一環としてね」


「ルールをもたらす?」


「そうだ。我々WIRAウィラは神のいないこの世界で、その代行者として平和を護る。大袈裟に聴こえるかもしれないが、事実我々はそれだけの力を持って実行している。世界を救う神がいないのならば、神に等しい力を持つ人間が神に代わって正義を行うべきだ、という信念のもとにね。――でなければこの世界は余りにも残酷過ぎる」


「………………」


 マナトは唖然としつつも、その台詞を否定することは出来なかった。レイナルドも異論はないようで、頷くようにゆっくりと瞼を閉じた。


「故に我々はこの世界では『絶対者ルーラー』とも呼ばれている。――しかし私がこうしてWIRAウィラを再編した真の目的は別にある」


 それは何かと問うマナトらの眼差しに、リアムは曇りの無い瞳で応えた。


「我々WIRAウィラの――というよりはこの世界に生きる者たち全てにとって、と謂うべき存在がいる。界変のアルテントロピーという力によって全ての世界を混沌の渦へと巻き込んだ、その元凶足る存在だ」


「……それは世界を……滅ぼした人間、ということか」とレイナルド。


 リアムは深く頷いた。


「ああ。その者は『混沌を生む者ディソーダー』。を倒し、この宇宙を今尚進む界変の呪縛から解放することこそが、我々の真の目的だ」


 リアムのその台詞は、説明というよりも宣誓の響きに似ていた。彼はマナトらに背を向けると、澄みきった窓から静かに宇宙そらを見上げた。



***



 紅い月が昇り始めると雲は道を開け、それに乗じた黄昏が窓を照らす――。

 学園生徒やレイナルド達との面会を終え夕焼けを前に佇むリアムの後ろで、カチャリと小さな金属音が鳴った。リアムはそれが、彼に訪れた別れの合図であると認識している。そして事実それは、部屋に立つ銀髪の青年が差した剣帯とベルトの擦れる音であった。


「やはり行くのか、ユウ」


「はい。……リアムさん」


 外に向けられたままのリアムの瞳が、ガラスに写ったユウの姿を見る。――身長も体格も、そして凛とした力強さを秘めた瞳も、今や完全に大人のそれである。しかし二十歳を超えた彼の肉体がこれ以上時を刻むことはない。


「レンゾやレグノイ、ネストの皆には、僕のことを伏せておいて頂けますか。彼らの心を曇らせたくはない」


「ああ、承知した」と返したリアムは、暫く景色を眺めて沈黙した後。


「私は自分の道が間違っているとは思わない。WIRAウィラは正義の為に存在するべきだ。勇者の君なら、それを理解してくれると思っていた」


「……理解はしています。貴方は常に正しい。そしてこの世界には、貴方のような正義の人が必要だということも」


「ありがとう」と微笑むリアム。


「ですが僕にはその道を歩むことはできません」


 ユウが臆することなくそう断言すると、リアムはそっと振り返って言った。


「ユウ、君の剣は弱者の為にあるものではなかったのかい?」


「……僕は勇者です。そして規制官でもある。でも神になったつもりはありません。それに僕は――あの人に剣を向けられない」


「そうか……」


 遺憾の色を顔に浮かべ、視線を落とすリア厶。しかしユウは、その程度の台詞で彼の信念が揺らがぬことを知っている。


「あの人は……クロエさんは言いました。――『世界というのはどうしようもなく残酷で、たとえ比類ない意志と覚悟によって切り拓いた未来でも、その先にあるのが最善の結果とは限らない。だから進むんだ』――と」


「だが彼女は変わってしまった」とリアム。


 するとユウは首を横に振った。


「いえ、あの人は変わっていません。そしてきっと何も変えていない」


「…………」


「僕は、今ならあの人が言った言葉の意味が解る。――だから僕は行きます。あの人を探しに」


 ユウは再び剣帯をカチャリと鳴らして振り返る。そして踏み出した一歩が、世界に対する彼の答えであった。

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