エピローグ

 宇宙くらやみの中に浮かぶ、生命も水も空気も存在せぬ小さな星――。無音と深淵は時間の感覚を消失させ、刹那のようにも永劫のようにも感じられる間を経て、やがてようやく太陽が昇る。

 そして星の表面がじわりじわりと赤色の熱に染まっていくと、その陽光が洪大なクレーターの縁に座る人間ひとりの影を引き伸ばした。

 影は女性――滑らかで艶のある黒いショートボブの髪に、絹の如き白い肌。黒革のロングコートを纏い、その下に着るフォーマルスーツも全て、規制官黒色ルーラーブラックと名付けられた限り無く深い黒で統一されていた。

 人を象りながら、それを超越した美しさを持つ彼女は、片膝を立てた格好でぼんやりと、遥か先に佇む青い星を儚げな瞳で見つめたまま――。


 暫しの静寂の後、彼女の後方の闇から、その暗黒が具現化したかのような漆黒の竜が、山と見紛うばかりの巨大な翼を広げて舞い降りた。

 彼女が「見つかったか?」と振り返りもせずに問うと、竜は翼を丁寧に折り畳み、爛々と黄色く輝く蛇の様な眼を彼女に向けた。真空であっても届く彼女のその言葉に応える。


「いや……だが手がかりはあった。『可能性の記録べレク・レコード』は予想通り、何者かの存在情報たましいに溶け込んでいるようだ」


「そうか……」と応えた彼女は、すっくと立ち上がった。


「どうするつもりだ? クロエ。最早この宇宙の何処にも、お前を信じる者などおらぬのだぞ」


「そんなことは解っているさ、ガァラム。――べレクという情報は界変とともに消え去り、私以外の誰一人として奴を憶えてはいない。だが世界がこうなったのは、私自身の力が及ばなかったせいでもある」


 彼女――クロエは頷いて、コートの裏から取り出した古いオートマチックハンドガンを見つめながら言う。


「だからこそ止まるつもりは無い。それが私の意志こたえだ」


 そうして再び、かつての仲間達と自分が護った世界の住人達がいる星々に目を向けた。その右眼はぼんやりと青く光っていた。


「始めるぞ。あるべき未来の為に――私はこの世界を終わらせる」


 そして黒いコートの裾を翻したクロエは、その世界に背を向けたのであった。




(『神の箱庭、世界の編纂者』編・完)


 ――別作『虹の髪のエリオン』へ続く

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界変のアルテントロピー ヨシビロコウ @ys-renzo

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