自分が命を賭して守り、戦い抜いてきた世界が実はパラレルワールドで、枝分かれした世界である以上それは「本物」ではない。生きてきた意味、賭けてきた価値を根本から否定される、世界のシステムという不条理。勇者として災厄の竜を打ち倒したユウに待っていたのは本来の世界から来たという、彼からしてみれば異分子です。
アルテントロピー、源世界に亜世界と、専門用語が複雑に構成された世界感を彩ると同時に鍵となって機能します。複数の世界を渡っても物語として散らかることなくそれぞれのワールドを楽しめるのが強いです。文化レベルから生物までまったく異なり、それだけで一本書けそうな世界がぎゅっと詰まっているのに。この物語の主人公は誰ですかと聞かれて名前が浮かぶ人はいますが、それぞれの世界と、そこに生きようとした人々がいる以上、誰もが主役級の思いを背負い、生きている。それをひしひしと感じる壮大なドラマでございました。
物質的な実体を伴う唯一の「源世界」に対して、情報のみで構成された物語の世界、「亜世界」が多数存在する世界観。
主人公となる規制官たちは、亜世界の崩壊による源世界での災害を防ぐため、亜世界の情報犯罪者たちを取り締まる……という内容。
まずオススメしたい点が、しっかりラノベ的な面白さがあること!最初の章は、源世界から亜世界へ転移し勇者となった少年ユウが、新米規制官として超能力学園に潜入し、情報犯罪者を突き止めるというベタな内容。そこに、仮初の同級生たちとの友情・アクション・謎解き、超越者たる規制官としての葛藤が盛り込まれた大サービスの内容が展開されます。
章ごとに主役となる規制官は違いますが、源世界の存在である規制官側の事情と同時に亜世界側の人物も丁寧に描かれ、それぞれ違ったテイストの話になっているのは多世界ものの醍醐味と言えるでしょう。
こうしたラノベの良さをガッチリ提供しつつ、物語の後半はSF色が強まった展開へ移行していきます。ネタバレは避けますが、ライトなアクションSFとしての面白さも素晴らしい。ぜひ読んでほしい作品です。
なお、現在は続編となる虹の髪のエリオンも連載中のようです。
転生・転移ものがそれほど得意ではない私ですが、そのジャンルでは珍しく新話の公開を心待ちにしている作品です。これまで別サイトも含めて数十の作品へレビューを書きましたが、そのスタイルを崩して冒頭から「推し」であることをお伝えしたいと思います。
お話の主要な構成は、所謂「転生・転移者狩り」に分類されるのでしょう。しかし、その一言で言い切れない面白さを醸し出しているのが、この物語です。その特徴は何と言っても設定の「濃厚さ」と「安定性」でしょう。最早SFだけでやって行けるほどに練り上げられている世界設定。そんな世界で活躍するのは、明確な目的を持った主人公達です。えてして行動目的が曖昧になりがちなこの手の物語にあって、明確な目的を持って行動する主人公達。時に葛藤を見せ、時に冷然とした決断を見せる、そんな彼等の魅力は盤石な世界設定があって「こそ」のものでしょう。
物語は極めて読みやすく、分かり易い表現で進行していきます。読解力の程度に依るでしょうが、まず地の文で詰まることは無いと言い切れます。何度も何度も練り直し、推敲を繰り返した文章だろうと、同好の者として頭が下がる思いです。
しかし、少し心配な部分もあります。お勧めするからには、この部分にも触れなければならないでしょう。それは、分かり易い設定と平板なストーリーの流れ、判で押したような変わり映えの無い「ありきたり」なWEB小説に慣れきった方には少し刺激が強いかも知れない、というものです。誤解とお叱りを怖れずに敢えて言うならば、第一話の冒頭に置かれたこの世界をざっと説明する年表と聞き慣れない幾つかの用語に、読むのを止めてしまう方も居るかもしれません。
しかし、それは実に勿体無いことなのです。冒頭の年表や設定、用語などは「第一話に書いてあったな」程度に覚えていればいいのです(気になったら戻って確認すればいいだけのことです)そして読み進めましょう。先ず読みやすい文章によってあっと言う間に三話くらいまで進んでしまいます。そして、徐々に物語に惹きこまれたところで、時々戻って用語の確認をしながら更に続き読み進めるというスタイルになると思います。そして何度か繰り返すうちに、いつの間にか暗記しています。面白い作品とはそういうものだと思います。
子供の舌には白身魚のフライが美味く、大人の舌には秋刀魚のはらわたが旨く感じるように、いつの間にか独特の設定と用語が「旨み」のように感じ始めるはずです。そうなれば、しめたもの。既に貴方は設定厨……失礼しました。
さぁ物語を一緒に楽しみましょう。