EP22-4 火炎旋風

 目の前の路地から現れた制服の少女――ホノカそれを注視するシュ・セツ。


「女を囮にするとは……腑抜けた解放軍らしい延命措置悪あがきだな」


 ガルジナに向けて銃を構えるホノカの姿を見下ろして、シュ・セツは鼻で笑った。


「だが侮ってもらえるなどと思うなよ。どんな武器しかけがあるのか知らんが、屍食鬼グールたちを容易く葬った貴様の力は捨ておけん。解放軍は殺すが、貴様は連れ帰るものとする!」


 ガルジナが手を伸ばす動きを見せると、ホノカは機体の装甲の隙間――腕関節を狙ってライフルを撃つ。


(装甲を纏っているということは、内側が弱点ってことなんでしょ!)


 巨大なガルジナの関節を狙うのにさしたる苦労は無く、彼女の弾丸は見事に全弾命中した。しかしそれらは乾いた金属音を鳴らして、あっさりと弾かれた。


「そんな豆鉄砲が効くものか」とシュ・セツ。


 続けて撃たれる銃弾などお構い無しに、ガルジナの手がホノカを捕まえようとすると、彼女は見事な瞬発力でそれをすり抜けた。そして手を着いた地面から炎の柱を噴き上がらせる。


「またそれか、芸の無い奴め――」


 シュ・セツはホノカの炎が致命的な威力ではないと悟って、その火柱を踏み潰した。


「ちょこまかと逃げるな!」


 ホノカの進路を断つように踏み出されるガルジナの一歩。

 目の前に降ってくる巨大な鉄塊あしの迫力に一瞬たじろいだものの、ホノカは反転して更に一頻りの射撃を浴びせる。だがそれらは全て弾かれ、ガルジナには微塵のダメージも無い。


「それは効かんと言った!」


 逃げ回り無駄な攻撃を繰り返すホノカに、沸点の低いシュ・セツが苛立ちを見せ始めたところで、彼女はPFAのマガジンを捨て、ポケットからペイント弾が入った訓練用の弾倉それを取り出すと、素早く本体に挿し込む。


「ええ、のよ。アナタが銃を警戒しなくなるようにね」


 そう呟いたホノカは、彼女を追うガルジナの動きを読んでその手を躱すと、回避動作の僅かな間隙にペイント弾を撃ち込んでいく。実弾さっきと変わらずダメージは皆無であったが、今度はペイント弾のインクが関節や装甲の裏にベッタリと付着した。


(大きくたって骨格が人間と同じなら、対処法はアーマードと大差無い。関節の可動域外に動いていけばいいんだわ)


 そう考えて動き続けるホノカだったが、10メートル近い機甲巨人が実際に迫り来る威圧感は対アーマードの比ではなく、彼女の神経は一挙手一投足において擦り減らされていった。

 避けては撃つ――その動きを繰り返す度に、ホノカの額に滲み出た冷や汗が雫となって振り撒かれる。


「身のこなしは大したものだが、いつまでも逃げ切れるものではあるまい!」


 シュ・セツはホノカの反応が徐々に遅れ始めているのに気付き、勝利宣言の如く吠えた。

 そして100発のペイント弾を撃ち尽くし、観念したかのように動きを止めたホノカ。


「ハァ……ハァ……」と息を荒げながら、彼女はPFAをその場に投げ棄てた。


 シュ・セツはその様子を睨み、冷たく嗤う。


「フン、万策尽きたか……。大人しく捕まる気になったようだな?」


 ゆっくりと両手で花を摘む様にガルジナが腕を伸ばす――。するとホノカは乱れた呼吸を整えながら、微笑んでみせた。


「……侮ってくれてありがとう。これなら充分、アナタを燃やし尽くせるわ」


「――?」


 その笑顔に怪訝な表情を浮かべたシュ・セツに向かって、ホノカは徐に右手を翳す。


「燃えなさい――『スルトの火』!」


 ホノカの発声は、そのまま発火の契機。

 ガルジナの全身に付着したインクは一斉に業火と転じて、個々の火が互いを巻き込み火炎旋風となって機体を包み込んだ。


「ヌッ?!」


 ガルジナの耐熱温度を遥かに超える炎熱は、瞬く間にコックピットの中にまで伝達し、数秒もするとシュ・セツの服にも着火した。


「――っぐぅァァァッ!」


 獣のような咆哮を上げるシュ・セツ――視覚や聴覚に、機体が放つ赤い警告の波が押し寄せた。そして両膝を突き、頭を抱えて悶えるガルジナ。

 即座に機体との同調が切られ、彼の意識が肉体へと戻ると同時に、緊急措置としてコックピット内に大量の泡消化剤が噴射される。

 しかし『スルトの火ホノカの意志』がそれで鎮火しようはずもなく、おいそれとは死なぬ吸血鬼シュ・セツの身体は、炎に焼かれ続け、彼の壮絶な叫喚がスピーカーを通して空気を裂いた。周囲の建物のガラスは温度に耐えかねて砕け散り、激しい上昇気流がその欠片も攫いながら、炎の竜巻は一層火力を増していく。


「………………」


 熱風に髪を靡かせながら、ホノカは堪えるように制服の胸元を強く握り締めて、無言でその様子を見守っていた。

 やがて、轟々と燃え盛る炎の中――ガルジナの両腕がだらりと落ちて、うなだれる様な姿勢のまま何の反応も見せなくなると、ホノカはそっと目を閉じた。それと同時に炎は一瞬にして消え去り、そこには煤に塗れた哀れな巨人が残った。



 ***



 ネストビルの地下への入口の前で待っていたマナトは、駆けてくる人影がタウ・ソク一人であることに気付いた。


「タウ・ソク! ホノカは?!」


 叫ぶマナトの許へ辿り着いたタウ・ソクは、息を切らせて唾を飲み込むと、申し訳なさそうな表情で言った。


「すまない……彼女は僕を逃がすために残った。恐らく巨人と戦っている」


「だとっ?! テメぇ、アイツを――」


 マナトはタウ・ソクの襟を掴み上げ、怒りの形相で彼を睨みつけたが、それ以上の言葉を発しないまま歯軋りをした。


「どこだ? ホノカは!」


「この道を真っ直ぐ……大きな通りを右に曲がった先だ」と、タウ・ソクが指差す。


 それを聞いてやにわに駆け出したマナトは、ヒロやタウ・ソクの声に耳を貸すことなく、ホノカの許へとひた走る。

 視界の両脇で横滑りするビル――大通りとの交差点を曲がった直後、彼の目には遠くで立ち昇る火焔の竜巻が映った。


「あれは『スルトの火』――?!」


 そしてその手前には、炎の赤い光に照らし出された少女のシルエット。


「ホノカ!!」と叫んだマナトは、全力で彼女に駆け寄ると再びその名を呼んだ。


 火柱の消失とともに振り返ったホノカが、安堵の表情で微笑む。


「マナト……」


 そう呟くとホノカは腰が砕けたように体勢を崩した――彼女の膝が地面に着くより速く、マナトがその身体を抱き支えた。


「無茶すんなよ……怪我は無いか?」と、心配そうにマナト。


「ええ、大丈夫。ロボットは武器を持ってなかったし――」


 ホノカはマナトに肩を抱かれながら、煤焦げたガルジナを振り返った。


「それに巨人アレに乗っていた人は、私を殺すつもりはなかったみたい。なのに私は……」


 俯くホノカ――マナトはその彼女の頭を撫でながら、巨大な残骸を見据えて言った。


「仕方ないだろ……。自分の身を守るために戦った結果なんだ、お前は間違ってない。そうでもしなきゃ、いつかはこっちがられるかもしれねえんだ」


「……うん」


 マナトの胸に額を寄せて、ホノカは小さく頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る