EP22-3 反撃の決意

 無言で銃を下ろす素振りを見せるタウ・ソク――。


「………………」


 彼はわざとらしい緩慢な動作の中で、そっとホノカに囁いた。


「……君の炎でアイツの視界を遮れるか?」


「ええ、多分」とホノカ。


「よし。じゃあそれと同時に逃げるぞ」


「わかったわ」とホノカは小さく頷いて、タウ・ソクと一緒にゆっくりと膝を突く。そして片手を地面に着くと同時に殊能を発動した。


「――『スルトの火』!」


 途端に立ち昇る10メートル近い巨大な炎の壁。二人とガルジナの間をそれが遮った。轟々と燃え盛る炎にグラウンドの芝が火の粉となって、熱風とともに巻き上がる。


「ぬッ?!」


 視界が真っ赤に染まったシュ・セツは反射的に身を退いた。その隙に銃を拾ったタウ・ソクが「いくぞ!」と、先程通ってきた通路に走り出す。


「なんだ?! この火は?!」


 シュ・セツの視界に『警告:機体周囲及び表面温度上昇』の表示。


「見れば解る! やいのと目障りな!」


 しかし高温の業火は機体の表面を熱したもののガルジナを燃やすには至らず、大したダメージでもないと判断したシュ・セツは炎の壁をかき分けて前に出る――。


「?!」


 が、既にそこに二人の姿は無かった。


「ちっ、小賢しい真似を……」


 シュ・セツはレーダーでタウ・ソクらとの距離を追いながら、背部スラスターを吹かした。噴き出した虹色の粒子が地面にぶつかって拡がり、炎を掻き消す。そしてガルジナの巨体が徐々に宙へ浮き上がった。



 ***



 ドームの出入口の前でフワフワと飛んで待っているカゲヒサのドローン。そこへ張り詰めた形相のタウ・ソクとホノカが、通路を駆け抜けて飛び出してきた。


『ロボットは見つかったのかね?』とカゲヒサ。


 しかしその前を、速度を緩めることなく通り過ぎる二人。


『どうしたのだ? どこへ――』


「逃げます!」と、走りながらホノカ。


『なに――? 何から逃げるというのだ?』


 そのカゲヒサの質問に答えるかのように、走り去るホノカらの背後のドームから激しい衝撃音が響いたかと思うと、天蓋を突き破って紫の巨人ガルジナが空へと舞い上がった。


『なんだアレは?!』


 とは言ったものの、それがあたり・・・を付けていたロボットであり、ホノカが『逃げる』と言った相手であることは明白であった。


 走る二人に追いついてきたドローン。


『アレが君の言っていたロボットかね?!』


「そうです! 敵が乗っています!」


「どこに逃げるつもり?!」と、ホノカがタウ・ソクに並走しながら訊く。


「どこでもいいから地下に逃げ込め! 奴はビームを装備していない!」


『それなら儂らがいるネストビルの地下はシェルターになっているから、こちらに戻ってくるといい。儂らも先に降りて退避していよう』


「分かりました!」


 そう返して市街地の道路を一直線に、ネストビルへと向かうタウ・ソクとホノカ。ドローンは帰投モードへと切り替えられると空高く上昇し、自動操縦でネストビルへと向かった。

 一方、上空から彼らを目で追うシュ・セツ――必死に駆ける彼らの姿をカメラが拡大する。


「フン、愚かな。人の足でガルジナから逃げられるとでも思っているのか」


 ガルジナは少し前傾になると、スラスターを軽く吹かしただけで一気に加速した。

 上空から轟くガルジナの飛行音に、タウ・ソクは身を屈めながら叫んだ。


「来るぞ! 物陰にっ!」


 その声に弾かれたように、ホノカは横に跳び脇道に転がり込む。


「こっちだ!」


 それに続いたタウ・ソクが彼女をより狭い路地へと導いて、二人は近くのビルの中に身を隠した。

 風を巻いたガルジナが幅広な道路の真ん中へと降り立つと、スラスターが起こす突風と着地の衝撃が周囲の建物のガラスを揺らした。


(無駄な足掻きを……)


 グルリと辺りを見回す動作に合わせて、ガルジナのセンサーが周囲をスキャンする。そうして苦も無くタウ・ソクらの位置を割り出したシュ・セツは、二人が逃げ込んだビルの方向へと目を向けた。


「隠れたところで無駄だ、解放軍のパイロット! 出てこぬつもりなら、建物ごと破壊することもある!」


 スピーカーでそう宣言した彼は、ガルジナの手を横に薙いで近くのビルの壁を破壊してみせた。――けたたましく飛び散るガラスが道路へ撒かれる。

 身を潜めるタウ・ソクは舌打ちしながら外の様子を伺ったが、そこからガルジナの姿を確認することは出来なかった。


「クソっ……(――このまま出ていってむざむざやられるわけには)」


 どうしたものかと彼が考えあぐねていると、隣のホノカが意を決して口を開いた。


それを貸して。……弾倉たまはこれだけ?」


「いや? 予備のカートリッジが1つあるが――」


 タウ・ソクが腰に付けた小さなポーチから予備弾倉を取り出して見せると、ホノカは彼の持っていたPFAライフルとそれを強引に奪った。


「どうする気だ?」とタウ・ソク。


 ホノカはPFAの弾倉マガジンを確認しながら「私が行くわ」と答えた。


「何だって?! それは危険だ。捕まれば何をされるか――」


「だって他に手が無いもの。あらこの予備マガジン、訓練用ペイント弾じゃない」


「え? そうなのか。すまない、見分けがつかなかった」


「まあこれはこれで、使えそうだけどね」


 そう言ってホノカはペイント弾の入ったマガジンをしっかりと握り締めると、ジャケットのポケットにしまう。

 銃の横に付いた安全装置セーフティボタンを長押しすると、キュゥゥンという甲高い電子音がして、PFAのバレルから光が漏れた。


「私が時間を稼いでるうちに、アナタはシェルターに逃げて」


「いやそういう訳には――」


「大丈夫よ。こう見えても私は朱宮家の長女、『スルトの火』を持つ顕現名帯者ネームドなのよ? ロボット相手だって、そう簡単にやられたりしないわ」


 ホノカは強い眼差しでタウ・ソクを黙らせると、自分を奮い立たせるように頷いた。


(それにお義兄様やマナトあいつなら、こんなところで諦めたりなんかしない……)


 出口の前で深呼吸をした彼女は、振り返って微笑んだ。


「でももしもの時は、マナトに『ごめんね』って――ううん……『ありがとう』って伝えて」


「え? ――あ、おい!」


 ホノカを引き留めようと伸ばしたタウ・ソクの手を、彼女がヒラリと躱すと、紅いロングヘアーが彼の指先を撫でた。

 そしてそのままホノカは、勢いよく建物を飛び出していった。

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