EP22-2 遭遇

 ガルジナのコックピット内――壁全体が夜光虫の如き青い光を放ち、それに照らされたシュ・セツの顔はしかし怪訝の色に染まる。機体が示したシステムの挙動は、彼が知るそれとは明らかに違うものであった。


「生体反応だと……? 機体こいつは何を言っている?」


 目の前に映し出された文字を戸惑いながら彼が見つめていると、次の瞬間、正面の内壁がキラリと光り、一筋の青い光線が彼の右眼に照射された。


「う――ッ?!」


 瞳に微かな違和感を覚え、目を強く閉じて眉をしかめる。――その頭の中に無機質な男性の声。


[元素デバイスの結合完了。OLS接続による機体の同調を開始]


「くっ……接続? 何の接続だと? 私は何も!」


 困惑しながらシュ・セツが目を開くと、しかしその視界に映ったのは、寸前までのコックピットの壁ではなく、ドームの天蓋に空いた穴から覗く青空――つまり外の景色であった。


「これは……」


 視界それは正しく機甲巨人の視界カメラであった。


(何だこの機体は……ヘルメットもコネクターも介さずに同調をしている?)


 仰向けで埋もれていたガルジナと思しき巨人が膝を立て、ゆっくりと上半身を起こすと、機体を埋める鉄骨がガランガランとけたたましく地に落ちた。

 細かい瓦礫を手で払い除けたシュ・セツは、その巨人じぶんの手を見ながら、指を順番に折り畳んでみたり、勢いよく開いたりしてみる。


(だがこの感触、専用機と思えるほどよく馴染む……。異変は私だけでなく機甲巨人にも起こっている、というわけか)


 視界の隅に小さく表示されたレーダーや各種の計器は、インヴェルセレ慣れ親しんだものと全く変わらない。しかし機体そのものは明らかに異質。まるで何者かが、極めて高い精度で機甲巨人を模倣して作り上げた『別の何か』、そんな感覚であった。

 そしてシュ・セツ本人は殆ど気付いていない様子であったが、その外観は多くの機甲巨人に見られる角ばった人形の様なデザインではなく、もっと生物的な――先程彼が投げ捨てたゴブリンにも似た、謂うなれば『機械の魔物』という印象であった。


(何にせよこの変化は、むしろ私を後押しするようなものではないか)


 内心でニヤリと笑うシュ・セツ――とそこにレーダーの反応。


「む? この熱源は人間か?」


 悪鬼のように変貌したガルジナの顔が、スタンド席の通路へと向けられる。その先には、二人の人間の姿があった。



 ***



 時間は僅かに遡り、シュ・セツがドーム内部へと進入した直後――。タウ・ソクとホノカもまたそこに辿り着いたところであった。


「あれね」


 腰に刀の柄をぶら下げているホノカに続いて、PFAのアサルトライフルを担いで歩くタウ・ソク。その二人の頭上を静かなローター音を鳴らしながら飛ぶ、アメンボの様な形をしたドローン。


『うむ。東のゲートは崩れていて進入は難しいだろう。そこから壁沿いに北へ歩くと、搬入用の裏口がある。そこから中に入れるはずだ』


 ドローンからの声は、それを操作するカゲヒサのものである。

 その案内通りに進んでいくと、見るからに関係者専用といった感じの不愛想なドアがあった。スライド式のその自動ドアにはロックが掛かっており、セキュリティシステムは彼女らを平然と無視していた。


「……下がってて」と、ドアを睨むホノカ。


 彼女は一歩前に進み出ると、刀の柄を取り外して右手に持った。そして左手で作った輪にその柄を当てて、ゆっくりと抜刀する様な動作で引き離していく――。

 すると「おお」と目を見張るタウ・ソクの前で、火焔を纏って紅に輝く刀身が、その柄から生えてきた。


「凄いな……それも君の能力なのか」


「ええ」と頷いたホノカは刀を正眼に構えると、気合いとともに見事な剣捌きでドアをロの字に切り付けた。そして四角く切り込みの入ったドアを蹴り抜く。


「斬り口に気を付けてね。まだ熱いから」


 タウ・ソクは真っ赤に熱せられた入口の断面に触れぬよう気を付けながら、ホノカに続いて中へと入る。


『電波が遮られるので儂はここで待っておるよ。例のロボットはグラウンドにあるはずだ』


 ドローンは入口の外で空中停止ホバリングしながら、カゲヒサの声でそう伝えた。


 ホノカが空けた穴から離れるにつれて、通路は段々と暗くなっていったが、壁の下部に等間隔に埋め込まれた非常用の足元灯が、ホノカらに進む道を示していた。

 二人がその暗い通路を慎重な足取りで歩いていくと、やがて通路の先にグラウンドから射し込む光が見えた。


「あそこか……」


 タウ・ソクが呟いた時、そのグラウンドの方からガァンと重い金属の落ちる音が聴こえた。


「何の音だ?」


「分からないわ。でも、急ぎましょ」


 二人は顔を見合わせてから、警戒の気構えを強めつつも足を速める。その間にも鈍い金属音は断続的に響く。


(何だ……? 何か嫌な予感がする……)


 走りながら僅かに顔をしかめるタウ・ソク。間もなくグラウンドへと躍り出た二人が目にしたものは、彼の予感に違わぬ光景であった。


「あれは――!?」


 天蓋に空いた穴から射す光が、そのモンスターじみた機甲巨人にスポットを当てている。


 ホノカとタウ・ソクを見下ろすシュ・セツは、「ほう」とほくそ笑んだ。


(あの時のパイロットか。どこから嗅ぎつけたのか知らんが、奴もこのガルジナを取りに来たようだな。だが――)


 そして二人に聴こえるように音声を周囲出力にして言い放つ。


「残念だったな、解放軍のパイロット! この機体は、私シュ・セツの物である!」


 エコーの効いた巨大な音声がグラウンドにこだまする。


(この前は取り逃がしたが、今日はそうはいかんぞ)


 ガルジナが巨体の正面をタウ・ソクに向ける。一歩動いただけでも、それが相当な重量であることを示すように、爪の付いた足がグラウンドの芝を沈ませた。


 その様子を見てホノカが唾を飲んだ。


「なんて大きさなの……アーマードの倍はあるじゃない。アレが機甲巨人――」


「ああ。だがモノは期待通りでも、展開は最悪だな……」


 そう言ってタウ・ソクは奥歯を噛んだ。


(見たことのない機体だ。それにあの言い方……乗ってるのは帝国軍だっていうのか? なんで帝国がこの世界に――いや、そもそも状況全てが異常なんだ。どこに誰がいようがおかしくないものなのか)


 無闇に動くこともかなわず、ガルジナを睨みつけるタウ・ソク。その横顔にホノカが問い掛けた。


「どうするの? 私は巨人アレの強さが分からないけど、その銃と私の殊能で戦える?」


「いや、止めた方がいい。生身でどうこうできる相手じゃない」


「でも見逃してくれそうにはないわよ?」


「ああ。だがアイツが帝国の将校なら、機甲巨人に乗っていない人間を無闇に攻撃することはないはずだ。帝国軍はそういうやり方を嫌う。プライドが高い人間なら尚更だ」


 そのタウ・ソクの読み通り、シュ・セツは即座に巨人の足で彼らを踏み潰したりするようなことはしなかった。対等な条件で圧倒してこそ帝国軍人である、という基礎理念が刷り込まれている彼は、そもそも機甲巨人で生身の人間と戦う、などという発想を持ち合わせてはいなかったのである。


「大人しく投降しろ、解放軍のパイロット。それにその女もだ。貴様らはこのガルジナで拘束させてもらう」


「クソっ……(そんな外見なりでガルジナだっていうのかよ)」


 二人の前に立ちはだかるガルジナから、勝ち誇るように高慢な笑い声が響いた。

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