EP22. *Birth《機械仕掛けの魔物》

EP22-1 未知のロボット

 タウ・ソクの言葉に「ううむ」と半信半疑で唸るカゲヒサであったが、暫く考えた後に意を決したように頷いた。


「よし。ではあの機械がそのロボットであるかどうか確認することとしよう。もし本当に彼の云う通りであるならば、そこからまた何か情報が得られるやもしれん」


 皆が同意したところで「じゃあ」とマナト。


「調査に行く面子を決めよう。全員で行くのは逆に危険だしな。――タウ・ソクは必須として、理事長にはここからドローンで案内をしてもらわなきゃならないから、俺とタウ・ソクの二人でいこうと――」


「待って」


 するとすぐさまホノカが異議を唱えた。


「外には私が行くわ。マナトはここにいて」


「なんでだよ」と、不満げな声を上げるマナト。


 彼としては、ホノカにはなるべく安全な場所にいて欲しいのである。勿論戦闘能力に関して云えば、この場の全員の中で最も優れているのが、『スルトの火』のホノカであると充分理解していたが、彼の言動は単純に『好きな女の子を危険から遠ざけたい』という感情からであった。


「私の火焔の滅剣レーヴァテインは屋内戦闘には向いてないし、もし戦闘になった時、叔父様を護るのは『アイギスの盾あなたの殊能』の方が適当じゃない」


「そりゃそうだが――」と、言葉に詰まるマナト。


「……心配してくれるのは嬉しいよ、マナト。でも今はそういう状況じゃないでしょ?」


 真っ直ぐなホノカの瞳に見つめられて、マナトは不承不承その提案を呑んだ。


「……ああ、解った。じゃあ調査は任せるよ、気を付けてな」


「うん、任せて」とホノカが満足そうに微笑んで、二人は優しい瞳で互いに見つめ合った。


 その仲睦まじい様子を何となく恨めしそうに見るヒロは存在無視蚊帳の外であったが、隣のタウ・ソクは互いに淡い恋心を抱いていた少女のことを思い出していた。


(リ・オオ……君もこの世界に来ているのか? もし来ているなら無事であってくれ――)



 ***



 軍服の背中から生え出た蝙蝠に似た翼を羽ばたかせながら、曇り空の下を飛ぶ吸血鬼――シュ・セツ。車などに比べれば決して速いとはいえないが、目的地へと一直線に向かえる分、並の車両などに比べれば優れた移動能力である。


(ガウロス卿は『吸血鬼は昼間に活動できない』などと言っていたが……何ということは無い、多少身体が重く感じる程度ではないか。まあ制限が無いというのは好都合だが――)


「あるいは私が特別なのかもしれないな」


 シュ・セツは笑みを浮かべ、澄んだ風に黒い髪を靡かせながらそう呟くと、翼を一層大きく羽ばたかせる。彼は血晶城からマナトらのいる街へ――彼だけが市街そこで見つけた機甲巨人ガルジナを、逸早く我が物とすべく向かっていた。

 上空からの眺望は草木ひとつ無い灰色の無人の野と、その先に唐突に配置された広大な一塊のビル群。そして空には碧い星と赤い月が寄り添うように浮かんでいた。


(あの惑星ほしはバハドゥで間違いなかろう。ならば戦略基地にも戦力が残っているはずだ。それをまとめ上げれば、私はこの世界で一大勢力を築くことができる……。それにはまず埋もれていたガルジナを手に入れなければ――)


 そしてガルジナを手に入れた後にはその戦力を以て、脅威となり得る人間――つまりタウ・ソクやマナトらを排除しようというのが、彼の目論見であった。


(場合によっては、ガウロス卿やレイナルド王にも力を見せつける必要があるか……。しかし吸血鬼に関しては色々と調べてみたいところもある。ウイルス性のものであるなら私の身に危険が潜んでいる可能性があるし、この謎の超人化現象は今後の兵士の強化にも役立つ)


 様々な有益な情報、そして状況が自分に味方していると感じたシュ・セツは、自身の展望と優越感に浸っていた。


「フッ……ついに訪れるか、私の時代が」


 その視線は、遠くからでも一際目立つ崩れかけた楕円形の建物ドームに向けられていた。


 やがて彼が辿り着いた天蓋付きのドームは、隕石にでも降られたかのように上部にポッカリと穴が空き、その下の球技や陸上競技が行われるスポーツ場に出来たクレーターの真ん中には、外殻を構成していた強化繊維の膜や金属のはりが降り積もって出来た山。

 シュ・セツは上空から天蓋の穴を抜けてその山の上に降り立つと、瓦礫の上に被せられた巨大な膜を引き剥がした――。


「見つかってはいないようだな」


 鉄骨やコンクリ片などに紛れて、その隙間から助けを求めるように伸ばされた突起物――。注意深く見なければ、それが機甲巨人の手であるとは誰も気付かなかったであろう。或いはそもそもその存在を知らぬ者からすれば、人の手のように見えると感じるだけであったかもしれない。

 彼が人間離れした腕力で数百キロはあろう瓦礫を次々と退けていくと、やがて機甲巨人の迫り出した胸――コックピットハッチが露わになった。


(…………?)


 しかしその横に立ったシュ・セツは、記憶とは違う、彼の知るどの機体とも違うデザインに首を傾げた。


(何だこの機体は……? ガルジナに似てはいるが、妙に丸い――まるで生物のようだ。機甲巨人なのは間違いないにせよ、こんな機体、私は知らんぞ?)


 ともあれ、その側面の小さな蓋を開いて中にあるレバーを引く――プシュンというガス圧が抜ける音とともに、コックピットの上部が開いた。その構造自体は確かに彼の知ったるガルジナと同じである。


「まあいい。壊れてはいない」


 彼が中を覗くと、暗闇の中心には微動だにせぬ影。パイロットが脱出していなかったというのは予想から外れてはいたものの、想定外ではない。

 しかしシュ・セツが、とりあえず遺体それを退かそうと引き摺り出したところで、彼の手は止まった。


「――?!」


 それはボロ布のような服を纏った白骨化した死体――ではあるが、明らかに人間のそれではなかった。


「何なんだこの骨は……」


 鋭い犬歯があるものの、吸血鬼やグールではない。彼らの骨格は人間そのものだが、その死体はどちらかと言えば猿に近い形をしていた。――後頭部と下顎が出っ張っており、胴と脚が極端に短く、腕は妙に長い。背中が丸まっているが、直立したところで身長は120センチといったところであろう。


(薄気味悪い……吸血鬼の他にもこんな生き物がいるというのか)


 穢らわしい物を見るような目つきでシュ・セツは、持ち上げたその骸を瓦礫と変わらぬ扱いで外に投げ捨てる。

 ――彼は知る由もなかったが、その死体は剣と魔法の世界アーマンティル小人鬼ゴブリンと呼ばれていたモンスターのものであった。


(マニュアル操作になるだろうが――)


 シュ・セツもやはりタウ・ソクと同じように後頭部のコネクターが消滅していることには気付いていたが、機甲巨人の正式な訓練を積んでいる彼は、操縦桿やペダルを使ったマニュアル操作の心得もあった。しかし彼が慣れた動きでコックピットに滑り込むと、機体のシステムは彼の予想と全く違う反応を見せた。


『パイロットの生体反応を確認』


 シュ・セツが椅子に座った途端、彼の正面にそう表示が出ると同時に、コックピットのハッチが自動的に閉まり、中には青い灯りが充満した。

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