EP21-10 異なる惑星
「待て、少年――」
「?」
マナトらが上のスピーカーに顔を向けると、その声が続いた。
「――少年、君は鑑マナトだな? それに朱宮の娘もいるのか。他の二人は知らん顔だが……無茶はするでない。今ドアを開ける」
男の言葉が終わると同時に、分厚い扉は音も無くゆっくりと内側に開いた。
「…………」と、黙って
「警戒する必要は無い。入りたまえ」
マナトがホノカの顔を見ると、彼女は無言で頷いた。そして四人は恐る恐る部屋へと入る――。
中はホールと同じくアンティークなデザインを仄めかした内装で、素人目にも判る豪奢な調度品が並んだ執務室であった。ただ外に面した巨大な窓ガラスには金属製の黒い防護壁が降りており、そこからの景色を望むことは出来なかった。
部屋の奥の机の前には、地味だが高級そうなスーツを来た老人が立っていた。
「まさか君たちが訪れるとは――いや、誰であれ生存者がいたことは喜ばしいことだ」
厳つい顔に顎鬚を蓄えたその老人は、下手くそな笑みを浮かべながら歓迎するように手を広げた。――その姿を見てホノカが目を丸くする。
「叔父様!?」
「叔父様って……」とヒロが戸惑う様子でマナトの顔を見ると、彼は「ああ」とだけ返した。
老人は学園ネスト統括理事長、
「久しぶりだな、ホノカ。ヒデキの葬儀以来だから……3年ぶりになるか」
「はい、ご無沙汰しております。叔父様もご無事でいっらしゃったんですね」
「どうやらそのようだ」とカゲヒサ。
そしてマナトらの方へ向き直り、「ネスト理事長の塔金だ」と手を差し伸べる――マナト、ヒロ、タウ・ソクが順番に握手をした。
カゲヒサは「掛けたまえ」とマナトらをソファに促すと、自分は大きな肘掛けがある専用の椅子に座った。
「他の生徒たちは無事かね?」
ソファに並んで座る四人を見ながら彼が訊くと、沈痛な面持ちでホノカが答える。
「……判りません。生徒は半分ほどに」
「そうか……。だが君たちが無事であっただけでも今は幸いだろう。で、君たちがここに来た理由だが――」
「俺たちは現状を把握する調査班として、ここに来ました」とマナト。
「現状を? ではやはり君たちも、アレが何なのか解らずにいるということなんだな?」
そのカゲヒサの問いにマナトは訝しげな顔をした。
「? どういう意味ですか?」
するとカゲヒサは再び嘆息するような声を漏らした。
「ここの街並みはこのネストビルがあった東中央区に似ているが、よく見れば所々が違うのだよ」
「所々が……」
「うむ。その様子だと君たちはまだ、街の外を見てはいないようだな」
「はい」とホノカ。それに続いて皆が頷く。
カゲヒサは徐に椅子を立つと、振り返って窓の横の壁にあるスイッチパネルに手を掛けた。
「儂はこのビルや街から人間が消えたことよりも、まずこの光景を見て言葉を失ったよ――見たまえ」
そう言ってカゲヒサが壁の防護壁の開閉スイッチを押した。
ささやかなモーター音を鳴らしながら、窓を護っていた鉄板が横にスライドしていくと、遮られていた陽の光が徐々に部屋を埋めていく――。ソファを立ち眩しそうに手を翳しながら窓に近付いたマナトらは、その予想だにせぬ眺望に唖然とした。
「分かるかね?」
眼下に在るのは、彼らが歩んできた慣れ親しんだごく普通の街の景観――それは変わりない。しかし普通ならば段々と疎らになっていくであろうその建物群は、途中からバッサリと切り捨てられたかのように途切れ、その先は――。
「何も無ぇ……だと?」と呟いたのはヒロである。
ビルが途切れた境界から向こう側は高さも知れぬほどの崖になっており、そこから先は遥か彼方まで続く蒼い海。そして遠くの空には、碧く美しい星と小さな赤い月。穏やかに波立つその海は、陽光を受けるとキラキラと虹色に輝いて見えた。
「何なのここ……」とホノカ。
皆が困惑の言葉を口々に並べる中、しかしタウ・ソクだけは注意深くその虹色に反射する海と、空に佇む
――数秒の沈黙が流れた後に、カゲヒサが口を開く。
「このビルから空撮用のドローンを飛ばしてみたが、どうやらこの街は迫り上がった断崖絶壁――謂わば絶海の孤島と云える場所にあるようだ。北側には山があるようだが、恐らくその先も長くは続いていないだろう」
「叔父様……それってつまり――」
「うむ。こんな地形やあんな星は、儂の記憶には無い。少なくともここは、儂らの知る世界とは根本から異なっている」
「マジかよ……」と、ヒロは苦悶の表情を手で覆った。
マナトも苦い表情をしたが、彼の視線はその海よりも見知らぬ惑星に向けられていた。
「あの星は何なんだ? なんであんなものが空に……」
当然そのマナトの疑問にカゲヒサやホノカが答えられようはずもない。しかし唯一人、それまで黙っていたタウ・ソクが小さな声で応えた。
「……バハドゥだ」
「?」――皆の注目が集まる。
「あの碧い星は惑星バハドゥだ。間違いない」
タウ・ソクはそう断言して、その水と緑豊かな惑星を見据えていた。
***
タウ・ソクとその世界に関する話を聴いて、カゲヒサは重く喉を鳴らすような溜め息を洩らした。
「ううむ、俄かには信じ難い話だな……」
「それは当然そうでしょう。でも事実です」とタウ・ソク。
「君が――タウ・ソク君といったか。その君が宇宙で戦争をしている時代から来た、というのはともかくとしてだ。君が言う『この星は地球ではない』という話は、何か証拠があるのかね」
「証拠というような物は持ち合わせてはいません。それに僕の知る地球と、貴方がたの知る地球が同じかどうかも分からない。ただ少なくともこの星系が所謂太陽系でないことは明白だ。
「それはまあ、そうだが……」
とは言っても
「せめてヴィローシナがあれば――」とタウ・ソクが呟くと、カゲヒサが聞き返した。
「ヴィロー……シナ?」
「僕が乗っていた
「ロボット……ふむ――?」
それを聴いたカゲヒサは、白い顎鬚を摩りながら考え込んだ。
「……この街の西側は何故か倒壊している建物が多いのだが、ドローンで付近を観察している時にその壊れた建物――国立ドームの中に妙な機械があった」
「妙な機械?」
「うむ。建設重機か何かだろうと思い詳しく調べてはおらんが……タウ・ソク君、その機甲巨人というのはどんな形状のものかね?」
カゲヒサに問われたタウ・ソクは、どう説明したものかと考える。
「形状? そうだな……基本的な構造は人間の骨格に似ています。装甲は角ばった鎧の兵士、みたいなイメージです」
「ふむ、なるほど――では色は?」
「色は所属する軍によって違いますが、解放軍なら白、僕のヴィローシナはそれに青が混ざっています。帝国軍なら紫が多いかな。
「そうか。……ドローンで見つけた機械は紫色のものだ」
「ならもしそれが機甲巨人だったなら、帝国の機体です」
「動かせるのかね?」
「できます、多分。(――コネクターが無くともマニュアル操作なら、多少は動かせるはずだよな)」
タウ・ソクは自身に言い聞かせるように頷いた。
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