EP21-9 無人の街

 昨日と同じ防災センターの休憩所。キャンパス内で何か異変があれば隣の管理室ですぐさまカメラを確認出来る為、この部屋がすっかり学園生らの作戦室となっている。

 ネストの関係者の中で僅か二人だけの大人である社リコと八重樫シュンは、昨夜――タウ・ソクが合流した日の夜に相談した結果、『ネームドだけで偵察班を編成し、この街の全貌とがどうなっているのかを調べる』という方針をマナトらに伝えた。


「――と言っても、君たちネームド全員でという訳にはいかない」


 そう述べたのはインテリ風の眼鏡の優男――八重樫シュン。二人に呼ばれて部屋へと集まった生徒は、マナト、ホノカ、ヒロ、リンネ。そして他のネームドである不動ふどうアヤメやまゆずみリンと、それにタウ・ソクが加わっていた。


「本来であれば私か八重樫先生も行くべきだとは思うんですけどぉ」と、申し訳なさそうに言うリコに続けて、シュンが説明する。


「ここの守りや、また外で敵に遭遇した場合の対処などを考えると、どうしても戦力を分けざるを得ない。勿論これは教師としてではなく、全員の生存を最優先に考えた場合の、僕個人としての判断だ。反対意見があれば構わず言ってくれ」


 だがシュンとリコが出した結論に異を唱える者はいなかった。そこでホノカ。


「つまり、個人能力の高い人間を数名ピックアップして調査に出る、ということですよね?」


「ああ、そうだ」


「――面子メンツは?」とマナト。


「調査班のリーダーは朱宮。それと鑑、飛鳥、お前たち二人だ。隠密行動であれば黛が最適だが、調査に出ている間もここの周辺警備は怠れない。その為この人選になった」


 元ウイングズでもあるシュンの判断であれば、有能とは云え所詮素人の生徒達が編成それに口を挟む余地は無い――皆が皆、納得の表情で頷く。


「出発は早いほうがいい。君達三人はすぐに準備に取り掛かってくれ」


 シュンがそう言って、そのまま解散の流れになったところで、タウ・ソクが手を挙げた。


「何かな? タウ・ソク君」


「僕もその調査班に参加させてくれ」


「…………」


 シュンはリコと顔を見合わせてから。


「君は殊能者ではないと聞いている。知っての通り外は危険だ」


「解ってるよ。だから武器を貸して欲しい」


「しかし――」


「僕は軍人だ。自分の身は自分で護る。助けておいて貰ってこう言うのも悪いけど、足手まといになったら置いていってくれて構わない」


 するとマナトが膝を叩いてすっくと立ち上がった。


「なら、いいんじゃねえか?」


「ちょっとマナト」と、ホノカが口を挟むのを彼は手で制した。


「白峰先生が言ってたぜ? 自分の道は自分の意志で作るもんだってな。それがタウ・ソクの意志なら、俺らに止める権利は無えよ。――だろ? 八重樫先生」


 と同意を求められて、かつて白峰クロエの部下であった彼は、仕方無しに頷いた。


「じゃあ早速準備を整えようぜ。ヒロはPFAの使い方をタウ・ソクに教えてやってくれ。ホノカは水と食料を頼む」


「ちょっと、リーダーは私なんですけど?」


 ホノカが不満げにたしなめつつも、皆はマナトの指示通りに動き出した。



 ***



 学園のキャンパスから伸びる非常通路を通り抜け、地上へと出たマナトら四人は、その白い街並みが太陽に充分に照らし出されたのを確認してから探索を開始した。それは、日中であれば吸血鬼の襲撃リスクを回避できるかもしれない、という希望的観測によるものであった。


 コンクリートや花崗岩で装われた高層ビル群が整然と立ち並ぶ街は、一見してごく普通の見慣れた都市である――マナトらにはそう感じられた。

 違和感があるとすれば、それは人口密集地の様相を呈した街並みであるにも関わらず、人の姿が見当たらぬということ。そして彼の知る世界では当たり前の、自動運転のタクシーやトラックが全て動力を失って、道路の脇や真ん中で無造作に停止し、放置されたままであるということであった。


 学園ネストの紺色のブレザーを着たマナトら生徒、青白のパイロットスーツのままのタウ・ソク。攻撃的な殊能でないヒロと、そもそも殊能を持たないタウ・ソクは、二人とも長方形のPFAライフルをベルトで肩から提げていた。

 鳥や動物も見当たらず、不気味な無人の静けさだけが漂う街――。通りに面して立ち並ぶ建物は、まるでここ数日の間にまとめて造り上げられたかのように、不自然なまでの美観を保っていた。


 その通りの真ん中を歩きながら、ヒロが誰にともなく呟く。


「……ホンっト、人っ子ひとりってやつだな」


 マナトが周囲を注意深く警戒しながら、それに同意した。


「ああ。まさにゴーストタウンだな……」


「ここはどこなのかしら」


 ホノカが見上げたモニタータイプの道路標識は、立ち止まっている車両達と同じく電源が入失われているらしく、画面は真っ暗になっている。また建物の看板などを見ても知らぬ名前か、或いはどこにでもありそうな名前ばかりで、彼らがこの街を特定するに至るだけの情報は得られなかった。


「どっかで見たようなビルばっかなんだけどな……。もうちょい特徴のある建物やつがあれば――」とマナト。


 ヒロやホノカはそれに同意したが、しかしタウ・ソクからすれば何一つ馴染みの無い風景であった。


(口振りからすると、ここは彼らの世界なのか……? しかし学校そのものは別の場所に移動していたようだし――よく解らないな)


 小難しい顔をしてタウ・ソクが考え込んでいると。


「あ……、ねえ、あれ見て!」


 四人が大通りの交差点を曲がったところで、ホノカが500メートル程先にある、一際高いビルを見つけて指を差した。


「あれは――」


 細長く天に伸びた五角柱を、スッパリと斜めに切り落とした様なデザインの茶色いビル。タウ・ソク以外の三人はその建物に見覚えがった。


「ありゃあ、ネストの本部ビルじゃねえか?」とヒロ。


 その茶色いビルの上端に近い壁面には、鳥の巣をモチーフにしたアスタリスクの様なマーク。それは紛れもなく学園ネストの校章マークであった。


 ビルを見上げて頷くマナトとホノカ。


「学園ネスト統括本部……だがおかしい――」


「ええ。昨日まではあんなところにビルは無かったはずなのに」


「まさかキャンパスと同じように、建物自体が転移してきたってことなのか?」


「解らないけど、行ってみましょう。あの高さなら街全体も、それにもっと遠くも見渡せるはず……」


 彼女の言う通り、周りの建物の倍ほどもあるネストのビルは、この街の全容を把握するにはうってつけであった。


「もしあれがネストビルなら、ネームドのIDで入れるはずだよな。――行こう」



 ***



 ポォンというエレベーターの電子音が最上階への到着を知らせると、エレベーターの扉が開き、マナト達はアンティークなゴシック調の意匠を凝らしたエレベーターホールに降り立った。

 そのホールから続く一本道の廊下の先には取っ手の無い頑丈そうな扉が待ち構えており、しかし彼らが前まで来ても、扉は何の反応も見せなかった。


「………………」


 天井の隅にある小さなカメラを睨むマナト。


「エレベーターが動くのは助かったけど、やっぱセキュリティも生きてるか――ブチ破るしかねえな」


 パシンッと拳を鳴らすマナト。その前にヒロが歩み出て、扉を強めにノックして感触を確かめながら言った。


「でもこいつは相当頑丈そうだぜ? 対物大口径アンチマテリアルライフルでも弾き返しそうだ。さすがにお前の反射する鉄拳ヤールングレイプだってキツいんじゃねえか?」


「まあ、やるだけやってみるさ」


 マナトはそう言って両脚を開くと腰を落とし、右拳を上向きにして脇腹へと付ける。そして照準を定めるように左手を扉に翳した。

 するとその時、廊下の天井のスピーカーからしわがれた男の声が響いた。

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