EP11-4 謎の来訪者
「なるほどのう。つまりお主らは、そのアーシャ某という娘を故郷へ連れ戻す為に、遥か遠くからこの国へやってきた、ということか」
陽の落ちた墓地で明かりも灯さず話し合う三人の姿は、知らぬ者からすればどう見ても不穏極まりない怪物達の集会である。
老婆――『
「そのアーシャという娘、この『魔女の森』で行方知らずとなったのかえ?」
「いや、それは解らない。ただ護衛として付いていた我々の仲間からは、森の中で怪物と戦闘している時に行方をくらました、と聞いている。報告の詳細は要領を得ないが、少なくともこの地域に近い座標であることに間違いはない」
「ふむぅ……ならばこれより西にある『迷いの森』かも知れぬなあ」
「『迷いノ森』――でスか?」とマナ。
「うむ。この森は儂が支配しておるゆえ他の魔物どもはそうそう寄りつかぬが、かの森であればそこは吸血鬼ガウロスの領地じゃ。奴の手下や奴自身が『食事』をすることもある。もしくは東の山を越えたところにも森があるが、こちらには
「吸血鬼と人狼か……どちらが近い?」
「そうさの、どちらも人の足であれば5日はかかるじゃろうが、険しさで言えば勿論ザガの森じゃろうな。途中の山道にも
「そうか……ならばそちらは私が行くとしよう。――マナ、君は一人でその『迷いの森』とやらに行って調べてみてくれ」
リアムの指示にマナが「解りまシた」と即答すると、イザベラは忠告を加えた。
「ガウロスは数少ない第二世代の吸血鬼じゃ。その力はこの儂ですら及ばぬほど強大――しかも奴は若い娘の血を何よりも好む……。その娘がどれほど強くとも危険じゃぞ?」
するとリアムは念の為
[アイオード、ガウロスという吸血鬼のデータは?]
[あります。――ガウロス・ギュール。413歳。普段は人間として振る舞い、エイベルデン地方の領主を務めているようです。転移者やプロタゴニストではありません]
[ふむ、了解した。ありがとう]
OLSの通信を終えるとリアムは笑顔でイザベラに答えた。
「忠告ありがとう。だが特に問題は無さそうだ。寧ろそのガウロス氏が向こうから積極的に接触してくれるなら、こちらとしても手間が省ける。――大丈夫だね? マナ」
問われたマナは「はい」と微笑んで一言。
「よし、それじゃあ早速出発するとしよう。協力してくれてありがとう、イザベラ女史。君の庭を荒らしてすまなかった」
リアムがそう言って立ち去ると、イザベラは彼らを見送るような素振りを少しみせてから、その背に声を掛けた。
「待たれよ、リアム殿」
「――?」と振り返る彼に。
「儂も付いていこう」とイザベラ。
「いや、そこまでしてもらわなくとも大丈夫だよ。危険であるというのなら尚更、見ず知らずのご婦人をそんな目に遭わせる訳にはいかない」
するとリアムのその台詞に、イザベラは骸骨に皮を張り付けただけのような顔を綻ばせた。そうすると一層不気味さが増すだけであったが、本人もそれは自覚しているようであった。
「そのような台詞、この数百年久しく聴いておらなんだ……。儂のこの恐ろしい外見を見ても、お主は儂を『ご婦人』などと――今更一人の女性として見てもらえるなどとは思わなんだよ。だからこそ思った。お主のように強く逞しい紳士の為であれば、儂は今一度、亡者の類としてではなく人間として力になりたいのじゃ」
「しかし――」
「案ずるでない。儂はこれでも齢五百を数える闇の魔女。並の化物などに遅れは取らぬし、それにこの見た目でついていこうなどとは言わぬよ」
そう言うとイザベラはクルリと身を翻してたちまちに一羽のカラスへと変化した。そして墓碑の上に留まりクァーと一鳴き。
そこまで言うのであればと、リアムは仕方無しに顎をさすってその申し出を受け入れる。
「そうか……ではイザベラ。君はこのマナについて行ってもらえないだろうか。正直私は
「リアム殿がそう申されるのであれば、如何様にも」
快諾したイザベラはバサバサとマナの上空を旋回して、いざ往かんという鳴き声を上げた。
かくして新人準規制官のマナ・珠・パンドラと宵紫の魔女イザベラは、吸血鬼ガウロス・ギュールの領地である西の『迷いの森』へ。一方
***
――リアムとマナが亜世界ダークネストークスへと転移した二日後のことである。
黒い丈長のジュストコールとトリコルヌ、革袋を被せた長い柄を背負う男と、赤いワンピースを着た亜麻色の髪の少女。――第三世代の吸血鬼を葬り去ったバンパイアハンターレイナルドと、その彼とともに旅する少女ロマである。二人は無人の朝焼けの街道を会話も無く歩いていた。
疎らな牧草と小さな岩々。遠景は地平線と雪を被った尾根。進み行く景色はどこも代わり映えのない長閑なものであった。
そこへ唐突に、土と雑草を踏み固められて作られた道の真ん中に、白い貫頭衣を纏いフードを被った老人が現れた。何も無い空間から滲み出るようにして現れたその老人は、レイナルドらの行く手を塞ぐように佇む。
「やあ」とフードから微笑む口だけを覗かせる老人。その声は外見とは裏腹に少年のようであった。
「…………お前か」とレイナルド。
「相変わらず暗い顔をしているね、レイナルド君。旅は順調のようなのに。彼女に渡した
「……何の用だ……? メベド……」
「何の用だとはつれないなあ。僕は恋人の為に頑張っている君を応援したいだけさ」
「………………」
レイナルドは冷たい瞳を怪訝に光らせ、その老人メベドの不敵な笑みを見据える。
「フフ、疑っているね……いいことだ。何事も信じ過ぎるのは良くない。思わぬ落とし穴があるかもしれないからね」
「……何の話だ?」と再びレイナルドが問うと、メベドは改まって答える。僅かに持ち上げられたフードの中で、ぼんやりと青く光る左眼が彼とロマを交互に見た。
「君たちに忠告をしにきた。――面倒な人間が二人ほど、この世界に乱入してきたよ。彼らは君たちのどちらにとっても邪魔な存在だ。なるべく関わらない方がいい」
「邪魔な存在……」と、ロマが何かを察したように呟く。
「うん。レイナルド君にとっては復讐を妨げる相手になるだろうし、ロマ君にとっては折角の楽しみを奪う相手になるだろう」
「……どんな……者たちだ……?」とレイナルド。
「金髪で自信満々の大男と、真っ白な髪の少女さ。二人とも黒い服を着ている……」
メベドがそう説明してロマの顔を見ると、彼女は心得たようにコクリと頷く。
「じゃあ忠告はしたよ。僕はまた別の
そう言ってから彼は二人を残したまま、じんわりと溶けるようにしてその場から消失していった。
街道に残されたレイナルドとロマは暫くその空間を見つめていたが、やがて再び無言で歩き出した。
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