EP8-4 暴走するアーマード

 不満を込めたユウの問いに「そういうことだ」とクロエ。


[そういうことって、そんな……だって彼らは――]


 ユウの異論をクロエが遮る。


[勘違いするなよ? お前のクラスメートを害する存在てきがいても、それがディソーダーでないならそれもお前が云う『亜世界の人達』なんだ。――『蜘蛛の巣の蝶』を助ける権利は我々には無い]


[――はい、了解しました……]


 ユウの心情が、彼の発した了解ことばと真逆であるのはクロエも理解していたが、彼女はこの場でそれを追及するつもりはなかった。


[……私は一旦八重樫と合流する。軍人という設定上最低限の行動は取るが、ディソーダーに関わりがなければ私もそれ以上のことはしない]


 クロエがそう言ってOLSの通信を終えると、ユウは彼女の指示に従うべくリコに離席の旨を伝える――彼のその硬く険しい表情から、リコはすぐにそれが規制官の仕事本来彼が為すべきことであると理解して頷いた。

 表向きは『用を足しに行く』ということにして、ユウが市街エリアに向かって少し進んだ所で、後ろから彼に声を掛ける者があった。


「トイレはそっちじゃねえっつーの」


 ユウが振り返る。


「マナト……とヒロ」


 ユウを呼び止めた二人の顔を意外そうに見る。


「オマケみたいに言うんじゃねえよ」とヒロ。


「ごめん」と、ユウが笑って返す。


「二人とも、どう――」


「したんだってのは、俺らこっちのセリフだぜ?」とマナト。


 ヒロも「そうそう」と頷いた。


「トイレ行くのに、あんな真剣マジ表情ツラしてく奴いるかよ? どんだけって話だ。――何かあったのか?」


 ヒロの問いに、どう答えたものかと悩むユウ。


(もし彼らにアーマードの暴走のことを言えば、絶対についてくる……。特にマナトは朱宮さんが心配だろうし。でもそれで彼らに被害が及ぶことがあったら、僕は――)


 手出し無用とクロエから厳命された以上、迂闊に危険に飛び込ませるような真似はしたくはない、というのがユウの気持ちである。ユウがそんなふうに考えているところへ、更にぶらぶらと気怠そうに歩くシキが登場した。


「あん? 女湯ノゾキ隊じゃねえか。なんだ、お前らも市街エリアに行くのか?」


「なんすか、そのネーミング……」と、突っ込むヒロ。


「お前らも――って先輩、市街エリアに行くんですか?」


 ユウの行き先を知らないマナトが、逆にシキに尋ねた。


「ああ。モニターがいきなり消えた時点でおかしいとは思ったけどな……個人戦は終わったはずなのに、さっきからまた銃撃戦ドンパチやってるぜ? しかも1対多数……10人てところか」


 シキは飛翔体の絶対感知能力により、遠方でXM1とSSF隊員が放つ銃弾を感知しているのである。


「ドンパチって――誰かと戦ってるってことですか? 朱宮達が?!」


 マナトが興奮して大声を出した。それをシキが諌める。


「静かにしろ。――周りの様子から察するに箝口令が出てんだろうからよ。り合ってるのは多分、SSF軍の連中だよ。そんで相手はアーマードだ」


(そこまで判るのか……)という、ユウの思考と同じ事をヒロが訊いた。


「ああ。敵の弾速が速すぎるからな。スピードからしてレールガン――それも相当大口径デカいやつだ。人間が扱うサイズじゃねえ」


 そこまで判っているなら最早隠しても無駄だろうと判断し、ユウが口を開いた。


「天夜先輩の言う通りです……。今、市街エリアでは新型のアーマードが暴走していて、多分それをSSFの人達が食い止めているところです」


「やっぱりな」と、シキが得意気に言った。


「僕は姉さんから連絡があって、そこに――」


「助けに行くんだな?」とマナト。


「…………」


 しかしそれを肯定できないユウは俯いた。


「まあいざとなりゃ、あっちのエリアには神堂も杠葉もいるんだ。アーマードの1体や2体、どうってことないだろ」


 シキは呑気に笑っていたが、ホノカを案じるマナトは急かす様に言った。


「それでもとにかく行こう。……ユウ、案内してくれ」



 ***



 市街エリアにいた各校の生徒達は、第一校クレトらを残して平地エリアに向けて避難していた。残された三人は個人戦の時のスーツやプロテクターを着けたままである。

 当初は当然全員が避難する予定であったが、避難の最後に、クレト達三人を乗せた軍用車が出発して間もなく、上空から弧を描いて飛来したレールガンの弾丸に、三人の乗る車は破壊されたのである。

 そしてXM1の進路と避難妨害その行動から、SSFのヒロミツはXM1の標的がどうやら彼らであるようだと判断した。その為、彼らを市街このエリアに残し、防衛線を張る作戦を取ったのである。

 しかしデフコンA臨時戦闘開始から約5分――前線てきはクレト達が目視出来る所にまで迫っていた。


「クソっ、何なんだこのアーマードは!」


 10人程いたSSFは既に半分が犠牲となっている。その最たる理由は、殊能者でない彼らSSFの隊員には、XM1の『オレルスの弓』で弾道変化するレールガンと、伸縮しコンクリートの壁すら斬り裂く『ヘイムダルの頭』に対処する術が無かった為である。


「畜生が、これほどのバケモノだとは!」


 立ち並ぶ建物の陰から指示を出していたヒロミツが、壁を叩いて口汚く罵った。


「何なんだあのアーマードは――糞野郎っ!」


 ヒロミツは鼻息荒く、奥歯が欠けそうなほどの歯軋りをした。


「――大尉殿」と、静かにクレト。


 その声で、目の前に生徒達こどもがいる事を思い出して、ヒロミツはハッと我に返った。


「……見苦しいところをすまない。――何か用かね?」


 ヒロミツが、自分とは対照的に涼しげな顔の少年クレトを見た。すると落ち着き払った様子でクレトが言う。


前線のSSF貴方の部下の方々を退いてください。俺が戦います」


「――なに?」とヒロミツ。


「あのアーマード――どんな仕組みかは解らないが殊能を使うようだ。失礼ですが大尉殿、殊能に対して通常の兵器しか持たない貴方達では勝ち目が無い」


「それは解っているが……しかし、いくらネームドと云えど生徒を――しかも神堂家の嫡男である君を戦わせるわけには……」


「だが現状でXM1あの化物に対抗できるのは、俺だけだ」


 そこに横からコノエが口を挟む。


「そこは『俺たち』ですよ、神堂君。……私も戦います。この学園での傍若無人な振る舞い、生徒会長として見過ごすわけには参りませんから」


「ううむ」と唸るヒロミツは、立場を考えればそれを良しとは言えなかったが、状況を考えれば他に手が無いのも確かであった。

 ヒロミツの答えを聞かぬうちに、クレトとコノエはSSFの武器PFA準備し組み立て始めた。


 ――以前クロエが殊能で作り出しシキに使わせたPFA(ParticularFrameArms)は、銃身バレル機関部レシーバー銃床ストック持ち手グリップなどが、全て同一規格で個別に造られていて、それを自由に組み合わせて使える可変銃火器である。


 1分とかけずにクレトが短機関銃サブマシンガン、コノエが中距離狙撃銃マークスマンライフルを組み上げた。そして二人がヘルメットを被ろうとした時に、ホノカの覚悟を決めた声が、クレトの手を止めた。


「お義兄様! 私も行きます!」


 クレトはホノカをじっと見つめて、彼女の個人戦での奮闘ぶりを思い返した。


「…………。いいだろう、だが無茶はするな。お前は朱宮の大切な跡取りだ」


 お義兄様クレトに止められるかと思っていたホノカは、その言葉が自分の力を認めてくれたものだと感じ、笑顔で応えた。


「はいっ!」


 クレトは手近な、既に大口径小銃バトルライフルとして組んであるPFAを取ると、弾薬が十分なのを確認してからそれをホノカに渡した。


「接近戦は俺がやる。お前たちは中距離以遠で援護しろ。……行くぞ!」


 掛け声とともに三人は建物の影から飛び出した。

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