EP14-4 漆黒の竜

「もう1つの反応に関しては不明。だが恐らく彼の勢力と敵対する帝国軍に関連していると思われる。未確認の一般転移者であれば良いが……そうでなかった場合、プロタゴニストが1名という現状は気がかりだ」


 ジョルジュの台詞に「まあたしかにな……」とアマラ。


 というのも4ヶ月前に発生したインベイジョンラインの大規模災害――FRADフラッドは、主人公プロタゴニスト殺しがその引き金となったからである。


「今のところデータを改竄した痕跡は見当たらないが、仮にファントムオーダーが潜んでいるとすれば、その狙いは間違いなくプロタゴニストだろう」


「じゃ要するに、俺にタウ・ソクそのガキを護れってことか」とアマラ。


「そういうことだ。――タウ・ソクプロタゴニストの所属する勢力に表面上加担して、ファントムオーダーから彼を護るのが、今回の任務だ」


 その命令を承諾しつつも、アマラは少し考えてから言った。


「……もしプロタゴニストを殺るってんなら、実行犯そいつは敵対勢力にいるのが自然じゃねえか? まあ裏切りとか、そういうこともあるだろーけど……。それに犯人がいるかどうかも判らねーってさ、いつまで警護おもりしてりゃいいわけ? タウ・ソクこのガキが寿命でくたばるまでとか、嫌だよ俺」


 アマラはわざとらしく口を尖らせて、不満を顕わにしてみせた。


「それは解っている。なので今回は両面作戦でいく――。彼がいる解放軍と敵対している勢力の中には、既にガァラムが潜入済みだ」


「ガァラムって、あの竜のオッサンか」


「例によってOLSを開いて使うことはできない為、連絡を取るのは難しいだろうが、可能であれば協力したまえ」


「了解。――んで戦闘ドンパチはどうすんの? ディソーダーはいねえんだろ?」


 原則として亜世界では、ルーラーが任務と関わりの無い戦闘及び破壊を行うことや、亜世界の人間同士の戦闘に関与する事は禁止されているのである。


「戦争で成り立っているような世界だ。それにファントムオーダーの危険性を考えれば、戦闘行為は避けられないだろう。アルテントロピーを使わない限りは問題ない」


「あいよ。亜世界向こう機甲巨人やり方でやりゃいいのね」



 ***



 惑星ジルミラン。ヴェルゼリア帝国の支配する7つの星系においては、惑星カデラがあるカリウス星系の隣――バルネス星系の首都に当たる星である。豊富な資源衛星に囲まれ、機甲巨人の生産も行っているこの惑星みやこは、帝国の軍事拠点の要の1つでもあった。

 建物は大小様々な金色の角柱を不規則に束ねた、不揃いなパイプオルガンの様にも見える、超高層の城が並ぶ。

 軍司令部の無機質なくすんだ金色の壁と床の作戦室では、宙に半透明のホログラム画像が浮かび上がり、戦況や機甲巨人のデータなど様々なものが映し出されていた。


「失礼します」とそこに入室したのは、橙色のパイロットスーツを着た兵士――アグ・ノモ。


 ヘルメットを脱ぎ銀色の短い髪をオールバックにして露わになった彫りの深い顔は、軍人らしい精悍さとを感じさせる。


「アグ・ノモか。何の用だ? カリウスでの失態の言い訳でもしにきたのかね?」


 作戦室の戦術補佐官である、貧相な顔をした男が厭味ったらしくそう言った。


「……将軍にご報告を」


 しかし皮肉に眉一つ動かさずに応えるアグ・ノモに、男は苛立ちながら返した。


「将軍は帝都にご出立された。報告ならばガー・ラム将軍補佐にするがいい。……開発区画にいらっしゃる」


「了解しました――」と、アグ・ノモがすぐに退室する。


「チッ……劣等民コヒド風情が、多少の戦果で調子に乗りおって……」


 男は周りにも聞こえる程度の小声でそう言った。



 ***



 新型機の性能試験を行う区画にある広大な格納庫に、紫紺の機体ガルジナに並んで、一際大きな漆黒の機甲巨人。


「アーガシュニラ、第ニ次性能評価試験を開始します」


 濃紺の軍服を着た研究員がそう言うと、竜の様な顔をした黒い機甲巨人の眼が、紅く光った。


 ――そのコックピットの中。


「ハァ……ハァ……ハァ……」


 薄明かりに包まれたテストパイロットが、ヘルメットのバイザーを、荒い息で曇らせている――。


「脳神経端末の接続及び、パイロットインターフェイスの起動を確認。パイロットの心拍数増加――許容範囲内です」


「始めろ」と、後ろに立つ白衣の男。


「測定準備よし。……パイロットは同調を開始してください」


 研究員の合図でテストパイロットが意識を機体へと傾けると、一瞬脳が吸い込まれるような錯覚とともに、パイロットの身体感覚がアーガシュニラと同調する――途端に激しい不快感。


「ううっ……! ――っぐぅぅぅ……」


 まるで見えない手によって、骨格が無理矢理引き延ばされ、捻られ、折り曲げられ、臓器の位置をずらされていくような感覚。


「くっ! ……ハァハァ――うっ!」


 たちまちにして自身の身体が異形の者へと変化する悍ましさと、自分はもう人間に戻れなくなるのでは、という底知れぬ恐怖が彼を襲った。


「……うぅ……ぅわあああぁっ!」


「パイロットの脳波、心拍数ともに異常。――同調を解除します」


 テストパイロットの絶叫とともに、研究員が手元のスイッチで、即座に機体との同調を強制的に解除した。

 パイロットはヘルメットのプラグが抜けると同時に、耐え切れぬ様子でそれを脱ぎ捨てて、そのままコックピットの中で嘔吐した。


「…………第ニ次評価試験、終了します」と研究員。


 整備担当の兵士達が慌てて後始末をする姿を見ながら、白衣の男は厳つい顔を困らせて、大きく溜め息を吐いた。


「まったく……どう扱えと言うのだ、このアーガシュニラは。開発長から『クセのある機体だ』とは聞いていたが――癖がどうこうという次元の話ではないぞ、これは」


 男が見上げる巨大な黒い機体――最大の特徴はその外観であった。

 装甲はのっぺりとした平面で構成されており、やはり巨大な折り紙といった印象だが、大きさはガルジナより二回りも大きく、その巨体に見合った太い骨格フレームは人間というより獣に近い。

 脚部は重量に充分耐えられる頑強な物に替わり、爪先を覆う三角錐の装甲は三叉に分かれ、鳥や蜥蜴の足にも似ている。背中に突き出した翼を思わせる装甲板の下には、6基の推進装置スラスターが並んでいた。前後のバランスを取る為にやや前傾姿勢で首が長く、全体のイメージを喩えるならば二足歩行の黒い竜――。


「最初の起動試験では動いたんですけどね」と研究員。


「かろうじて2、3歩踏み出しただけだろう? あんなものは動かせるとは云わん」


 男は、縦も横もガルジナの倍以上あるアーガシュニラの威容を見上げて言う。


「――実戦運用ロールアウト前に一通りの性能評価をしておかなければ、作戦に組み込むこともできん……。設計上の性能カタログスペックを見る限りでは、見た目以上の化物だがな」


「でも仮に動かせたとして、戦闘機動時マニューバリングの速度がバタンガナンの航行速度並みって、加速のGでパイロットが潰れませんかね?」


「最高速で動けば全身骨折程度では済まんだろう。――しかしそれ以前に、この化物の特殊兵装自体、到底人間に扱える代物とは思えん」


「口腔部内蔵カノンに、背面翼連動スラスター……確かに他の機体では見たことがありません。扱いが難しい兵装ものなんでしょうか」


 アーガシュニラには通常のビーム銃や剣が無く、代わりに口から高密度のビームを発射出来る機構が備わっていた。また背中のスラスターは他の機甲巨人の様に固定式ではなく、背中から生えた2枚の翼に付随しており、翼の角度や向きに合わせて柔軟で複雑な戦闘機動を可能にしている。つまり非人間工学的な設計思想であった。

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