EP14-5 人ならざる器

 明らかに乗る者を無視したデザインと思われる機体を見て、男は溜め息を吐く。


「難しいなどという問題ではない。――お前は機甲巨人に乗ったことがあるか?」


「はい、何度かは」と、研究員が頷く。


「スラスターを使ったか?」


「いえ、それは――そもそも使い方が解りません」


「そうだろう? スラスターは機甲巨人には必須だが、元々人間の身体に推進装置そんなものは付いておらんからな。機甲巨人と脳神経を同調したところで、自分に存在しない部位を動かすことなど容易にできるものではない――。だからパイロット候補生は、短い者でも最低半年は実際に接続式のバックパックを背負ってそれを動かす訓練をするんだ。脳にスラスター用の神経細胞シナプスを構築するためにな」


「なるほど……。では、この機体の兵装は――」


「人間に翼など無いし、体内で炎を生成して吐き出すような器官も存在しない。つまり普通の人間であれば、脳がアーガシュニラこいつの身体を正しく認識できないということだ。失敗したパイロットたちが言う不快感や違和感というのも、それが原因だろう」


 正に怪物を見る目つきで男は、沈黙する漆黒の機械竜を眺めた。研究員もその視線を辿る。


「認識できない身体――ですか……。これ、竜っていう生き物に似ているらしいですね?」


「お伽噺に出てくる架空の生物だがな」


「でも、もしこれをまともに動かせる人間がいたら、それは実際に、ということになりませんか」


 研究員が苦笑しながら言うと、男は「馬鹿げた話だ」と一笑に付した。

 とそこへ、彼らの後ろから二人の男――わざとらしい咳払いが聴こえた。


「いかがですかな? 閣下。このアーガシュニラは」


 そう尋ねるのは、側頭部にだけ白髪を残した老年の開発長。機体の出来栄えを自信有りげな口調が示す。一方、彼の問い掛けに「問題ない」と素っ気なく答えた男は、ヴェルゼリア帝国軍バルネス星系軍将軍補佐、ガー・ラムであった。

 ――見た目は40代前半で、特徴は鋭い眼つきと高い鷲鼻。口周りに短い髭。肩まで伸びた黒髪は一部が白いメッシュになっており、それを後ろに纏めている。上背はかなりのもので、隣の老人よりも頭2つ大きく、細身ではあったが貧弱なイメージは全くない。どころか、帝国軍のシンボルカラーである濃紺の軍服を纏う姿は、立ち姿すら支配者然としていて、対する者を畏縮させる威厳を醸し出していた。

 彼の正体は、ガァラム・竜・オルキヌス。アマラに先立ってこの亜世界インヴェルセレに転移した二等規制官であった。ガァラムはその名を亜世界こちらの一般的な姓名に合わせて『ガー・ラム』と名乗り、WIRAが用意したゼペリアンの軍人という由緒ある身分で、帝国軍に潜入していた。

 より多くの情報を得るのにはそれなりの地位が必要であると判断した彼は、能力主義のモウ・ヴァ将軍の下、生来持ち得た柔軟で大局的な戦略眼により抜群の戦果を上げ、僅か3ヶ月という期間でその補佐の地位にまで登り詰めたのであった。

 しかし剣と魔法の世界アーマンティルに存在していた400年の間、彼はガァラムギーナという巨大な竜であった為、機甲巨人と同調自身が巨大化した際に人間の骨格の動作に違和感を覚えるのであった。故に専用機として、この竜型機甲巨人『アーガシュニラ』を作らせているのであった。


 老年の開発長が、アーガシュニラのホログラムを使って説明する。


「急造したフレームの都合上、航行姿勢モードにはなれませんが、戦闘艇に使われている大型スラスターを6基搭載しております。その為出力は、ロールアウトしたばかりのジュデーガナンの約4倍――通常姿勢のままでもガルジナの航行速度を超えるスピードが出せます。またご希望の口腔部内蔵ビームカノンですが……動力の関係でメインスラスターとの併用はできません。それと――」


 開発長が研究員らの顔を見ると、彼らは無言で頷いた。


「この機体に同調したテストパイロットが、骨格の不快感に耐えられず、操縦することができませんでした。その為実戦テストを行っておりません。――機体の性能に関しては現段階でも絶対の自信がございますが……本当にお乗りになられるので?」


「うむ」と、重々しくガー・ラム。


 そこへ更にパイロットスーツのアグ・ノモがやってくる。彼はアーガシュニラを見上げ歩み寄りながら言った。


「見事な機体ですな、ガー・ラム閣下。バタンガナンでくつわを並べるのが楽しみです」


「アグ・ノモか。――カリウスを奪われたそうだな?」


 ガー・ラム本人は普通に接しているつもりであったが、ただ目をやり言葉を述べただけでも、その威圧感は凄まじく重厚で、アグ・ノモは一瞬言葉に詰まった。


「……面目次第もございません(――この圧力には慣れんな)」


「――開発長ジ・サク。ご苦労だった、下がってよい」


 ガー・ラムは人払いをしてから、アグ・ノモの肩に手を掛けた。


「責めているのではない。駐留軍が軍事拠点ザンデバ陥落おとされた時点で、後手に回り過ぎだ。後発の貴様に咎はない」


「恐れ入ります」とアグ・ノモ。


「して報告は――?」


「は――」と、アグ・ノモは姿勢を正し敬礼する。


「解放軍はヴィローシナの他に、ビャッカに似た赤い機甲巨人を開発したようです。前線からの報告では、人間とは思えぬ動きであると――。兵たちは『髪付き』と呼んでいるそうですが、少数での奇襲を軸とする解放軍奴らの手駒としては、なかなかに脅威です」


「なるほど、髪付きか……(――解放軍にそれほどの機体を作る技術はないだろう。ならば他の規制官か)」


 その赤い機体のパイロットは『アマ・ラ』ことアマラ・斗・ヒミカであったが、規制官がOLSを使って連絡を取り合えば、捜査こちらの情報がメベドに漏れる可能性がある。その為ガァラムは彼女がこの亜世界にやって来たことを知らない。だがプロタゴニストに護衛を付けるという話は事前にされていたので、彼はすぐにその推測に至った。とは云え規制官は単独任務スタンドアローンが基本であり、その目的は唯一であるので、互いに連携を取り合って行動する必要はなかった。


「……まあ、それはいい。それよりもアグ・ノモ」


「は――」


「貴様はバハドゥに行け」


「バハドゥ……シギュリウス星系の? 失礼ですが閣下。ザンデバを落とした解放軍の次の目的地は、このバルネス星系であるかと」


 現在解放軍がいるカリウス星系からは、この惑星ジルミランがあるバルネス星系が最も近い。故に順当に侵攻するのであれば、こちらに向かってくるであろう、というのがアグ・ノモの考えであった。しかしガー・ラムの予測は違った。


「それはない。向こうの戦力でこのジルミランを落とそうとするならば、総戦力を用いた奇襲でも確率は良くて五分――我がアーガシュニラを除いた場合でもな。仮にそこで勝ちを得ても、近隣の惑星の援軍には対処できまい。これまでの解放軍の戦略を見る限り、彼らは目先の勝利ではなく、あくまで皇帝陛下の打倒を視野に入れている」


「それでバハドゥに――?」


「我ならばそうする。逆にそうせぬようであれば、解放軍の命運はそこまでだ」


「なるほど。承知致しました」


 アグ・ノモが敬礼をすると、ガー・ラムは「それともう一つ」と、声を潜めた。


「貴様には密命を与える――」


 そうして二人きりの格納庫で囁いたガー・ラムの言葉に、アグ・ノモの顔色が変わった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る