EP14-3 踊る真紅

 解放軍と帝国軍の主力部隊が激突する、今回の戦場の中でも最も苛烈な宙域――。解放軍の白い機甲巨人ビャッカの数はおよそ300。対する帝国軍、紫色の機体ガルジナは250。

 数の上では解放軍が勝っているが、それはあくまでこの戦場での話であり、解放軍は全戦力の半分以上をこの戦場に投入している。一方の帝国軍の機甲巨人は、あくまでこのカリウス星系の駐留軍――それもその中の一部でしかなかった。

 また帝国のガルジナの性能は、解放軍のビャッカの2割増しとも云われている為、単純に機甲巨人の戦力として見れば五分である。しかしその拮抗していたはずの戦況は、たった1機の正体不明機アンノウンの登場によって、帝国軍の予想を覆す展開となっていた。


「なんなんだ、この髪付きは――!?」と、驚愕と当惑の声を上げる帝国軍パイロット。


 レーダーに映らぬ謎の赤い機体を、帝国軍の兵士達――ガルジナの4機2二個小隊が、外向きの円陣を組んで懸命に探す。


「あそこだ!」


 縦横無尽に飛び回る赤い影を視界に捉えた一人が、エネルギーの残量も気にせずビームを乱射すると、他のガルジナも一斉に攻撃を開始する。入り乱れるビームの雨を、しかし真紅のビャッカは装甲の端に掠らせもしない。

 帝国軍の兵士が『髪付き』と表現する通り、その後頭部には白い繊維の束――髪の毛の様な物が、慣性によって靡いていた。

 その動きはヴィローシナやバタンガナンのような、機体の瞬発力に任せた直線的な回避運動ではなく、全ての射線を完全に予知し、その隙間に無理矢理機体を捻じ込むような、人間では有り得ない動きであった。


「当たらない! こいつ、ただのビャッカじゃないぞ?!」


 帝国軍の兵士がそう思うのも無理はないが、赤ビャッカその機体の性能は、他と比べて別段優れているわけではなかった。謂うなれば『単なる色違い』である。しかしそれであって並外れた回避能力を見せつけられるのは、そのパイロットの決定的な違いに他ならなかった。


 真紅のビャッカの中――薄暗い緑色の光が灯されたコックピットの内で、ヘルメットすらせずに口を尖らせて管を巻く少女。


「ったく、なんで兵器が人型なんだよ? インヴェルセレこの亜世界の科学者は馬鹿野郎なのか? 宇宙で戦うのに足とか頭とかいらねーだろ」


 乗り手自らが色を塗り『ビャッカ改』と名付けたその機体のコックピットで、機甲巨人を根本から否定するのは、白いパイロットスーツを着た、一等官ルーラーアマラ・斗・ヒミカ。

 ――赤いショートヘアは良く言えば活発で運動的、悪く言えばお洒落に無頓着な、ラフな髪型。褐色の肌に大きくてつぶらな黒い瞳。それに控えめな鼻と目立つ八重歯のせいで、その印象は何となく、ツンと澄ました猫の様である。黙っていれば充分に美人顔であるし、ころころ変わる豊かな表情にも愛嬌があるが、どうにも悪童じみた粗野な口調が、彼女の女性的な魅力を台無しにしているのは間違いない。


 そんなアマラの文句に丁寧に対応するAEODアイオードの声。


[開発者の基本構想においては、『脳神経との物理接続による同調操作を用い、パイロットの直感的な操作を可能にする』とあります。故に人間の形を模しているのでは?]


「だからそもそも同調それが間違ってんだよ。危ねーだろ、こんな端子もん頭に挿したら」


 そう言うアマラは、パイロットスーツは仕方無しに着ているものの、ヘルメットは宙で遊んだままである。無論、機体との有線接続は成されていない。

 彼女は自身の思考を脳内で機甲巨人の信号パターンに変換し、それを元素デバイス経由で機体に伝えているのである。これは、左脳が全て有機元素デバイス製の『完全設計脳デザインドブレイン』という、機械と融合しているハーフレイドのアマラならではの芸当であり、AEODアイオードとの会話も独自の暗号処理を施した通信によって行っている。


 アマラが愚痴を零している間も、ビャッカ改は人間離れした回避運動で、次第に増すガルジナ部隊の弾幕の中で踊っていた。

 観測した情報は彼女の無意識下で左脳AIが瞬時処理し、寸分の無駄も無い動作を機体に反映させる。しかしその手続きに要する性能は、アマラの処理能力の0.2%程度であるため、彼女はこうして気楽に話しながら戦っている――否、武器一つ持たないビャッカで、遊んでいるのである。


「なんで操作する対象に自分たちが乗っちゃうんだ? 兵器だろ、これ。安全な所から操作させてやれよ。開発者ドSか? それともパイロットは皆自殺願望でもあるのか?」


「宇宙は広大ですので、通常の無線方式では戦域を拡げられないのでは? エンタングル通信のOLSであれば空間の影響はありませんが」


「だったらせめてAIにしろよ……。それに――」


 浮かんでいるヘルメットを蹴飛ばしたアマラ。


有機物脳みそ無機物通信端末ブチ込むとかいうのも、酷い冗談ナンセンスだぜ。成長や老化にこんな機械はついてけねーだろ」


「パイロットの適合手術は17歳からだそうですが――。それに源世界でも過去には、脳の電子端末化は行われていましたよ」


「いつの時代の話だよ」


 そんな会話をしているうちに、ガルジナ部隊のエネルギー残量が底を突き、ビームの弾幕が止んだ。そこへアマラの許に、解放軍のリーダーであるリ・オオから通信が入る。


「ありがとう、アマ・ラ。もう充分だわ。帰投して。――無理をさせてすまなかったわね」


「あいよ。まあ無理した憶えはねーけどな」とアマラ。


 ガルジナが意を決したように、剣を抜いたところで、ビャッカ改は悠々とそれに背を向ける。そして遥か遠方から、こちらに向かってくるバタンガナンの機影を一瞥すると、ビャッカ改はそのまま飛び去っていった。



 ***



 その2ヶ月前――2276年7月。

 源世界/WIRA本部/統制室――


 ジョルジュの言葉が終わるなり、アマラの不平が口を衝いた。


「えー、めんどくせー、俺が行くのかよ」


 壁に寄りかかって腕組みをしているクロエがそれを肯定する。


「お前が行くんだよ」


「なんでよー。もうちょいで、新しい試作品が完成すんのにさあ……クロエが行けばいいじゃん?」


「私は源世界こちらで調査だ。これからローマ教国に発つ」


「じゃあリアムかヴァンは?」


「リアムはマナとミリア新人の研修を兼ねて、ヴァンは単独で亜世界の調査に出てる」


「馬鹿ユウは?」


はダメだ。試しに行かせたが、現地の機甲巨人ロボットとの相性が最悪だ。あいつの反射速度が速過ぎて、機体が全く反応しなかった」


「……べレクは?」


「あいつも任務中だ」


「…………」


 他に手隙がいないのを理解してアマラがぶすっとした表情で黙ると、ジョルジュが任務の概要を説明し始める。


「――場所はWSー9『インヴェルセレ』。人間の活動範囲が極めて広く、一部の科学分野が極端に発展した亜世界だ。今のところ潜在的にもディソーダーはいない」


「じゃあなんで行くのよ?」とアマラ。


「微弱な改変の反応アルテントロピーを検知したからだ。今までであれば看過していたレベルだが、現状ではファントムオーダーの関与を否定できん」


「そりゃ人手不足にもなるわ……」


「検知した反応は2つ。准規制官の調査で、その内の1つは現地の解放軍という勢力に所属している、唯一のプロタゴニスト――タウ・ソクという転移者のものだと判明した」


 ジョルジュの説明に併せて、アマラの視界にタウ・ソクの映像が映し出された。

 ――濃紺の髪と瞳、右目の下にトライバルの様な紋章に似た痕。転移前が成人であった為か、大人びた雰囲気のある凛とした少年ではあったが。


「冴えねーガキだな」と、アマラは一蹴した。

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