EP14-2 宿敵

 全身橙色オレンジの装甲が一際人目を引く機体、アグ・ノモの愛機バタンガナンが格納庫を出る。艦の両脇に空いた穴――機甲巨人用の加速射出口カタパルトに移る。

 この機体はその派手な彩色を除けば他のガルジナと外見上の違いはない。しかし高速機動戦闘マニューバリング用に改良された短距離推進装置クロススラスターの性能は桁外れで、その速さに対応出来てしまうアグ・ノモに合わせて、意識に対する挙動も過敏に設定されていた。正に彼専用の機甲巨人である。

 バタンガナンが機体の手足を前に伸ばして前屈姿勢を取ると、各所の装甲の縁がピッタリと合わさって、ダイヤモンドを細長くした様な角錐状になった。その背面には3基のメインブースターが露出している。


「航行姿勢よし。ブースター起動――。アグ・ノモ隊バタンガナン、3番から出る」


「――機体確認。バタンガナン発進してください」


 管制官の許可が出ると、カタパルトの電磁気力と斥力によって、オレンジ色の塊が超高速で射出された。

 背部ブースターからキラキラとした粒子が散って、噴射口から光が吐き出されると機体は更に加速して、戦場に向かう光のやじりとなった。



 ***



 解放軍の機甲巨人ビャッカは、一様にシンボルカラーの白。一方帝国軍のガルジナは全身の装甲板が紫紺で、頭部の面だけが山吹色。その帝国軍の紫紺ちからによって、解放軍の純白あらがいは徐々に塗り替えられ始めていた。そこへアグ・ノモの駆るバタンガナンが、更なる追い打ちを仕掛ける。

 十数機の解放軍ビャッカ帝国軍ガルジナが射線を交える中、味方の列を縫って高速で飛び抜けたバタンガナンは、両手に持った太く短い形のビーム銃で、対応が遅れたビャッカの装甲の隙間を、次々と精確に撃ち抜いていく。


「オレンジの強襲型ッ? バタンガナン!?」


 解放軍の兵士がそう叫んだ次の瞬間には、その兵士が乗る機体の右腕は吹き飛び、がら空きになった胴体の側面から、コックピットが撃ち抜かれた。

 数機のビャッカがそちらに銃を向けたときには、オレンジの流星は既にその背後へ――白い装甲の隙間、ビャッカの頸部に斜め後ろから銃を差し込む様にして近接射撃。同じくコックピットだけを撃ち、爆散させずにビャッカを無力化させた。そして動かなくなったその機体を、脚部のスラスターを使って別の機体あいてに蹴り飛ばすと、バタンガナンはそれを盾代わりにして突っ込んだ。


「こいつ、機体を盾に――!」


 そのまま押し付けられた味方の機体をビャッカが必死に振り解くと、その陰から上方へと飛び出す、橙色の残像。


「上か――!?」


「――下だよ」と、アグ・ノモ。


 相手の機体を縦にぐるりと一回りしたバタンガナンが、ビャッカのコックピットを真下から撃ち抜いた。

 一瞬止まったかに見えたその機影に向けて、残り4機となった解放軍が一斉に射撃するが、バタンガナンは驚異的な加速で光の筋をすり抜ける。


「くそっ! なんて速――」


 爆散する白い破片――解放軍の兵士が悲痛な叫びを上げきる前に、バタンガナンは2機のビャッカを墜としていた。


「こ、こいつは――ダメだ、撤退する!」


 と逃げる解放軍に、間髪入れず追撃しようとしたアグ・ノモが、レーダーを見て踏み止まる。


「ヌッ!?」


 長距離から放たれる虹色の大口径カノン極太のビーム。それが逃げるビャッカとバタンガナンの間を割った。その射撃の元に機体の目メインカメラを向けるアグ・ノモは、どことなく嬉しそうな笑みを浮かべる。


青い機甲巨人ヴィローシナ……来たか、タウ・ソク!」


 星々の大河を背負って、紺碧と純白のツートンカラーの機甲巨人――最新鋭機ヴィローシナが、人型のまま、航行モードに近い超高速で接近してくる。

 ヴィローシナは、肩に担いでいた大型のビームカノンを投げ捨てる様に取り外し、腰に付いた長銃ライフルを右手に、左手で腕甲から2次元の如き薄さの剣を抜刀した――刀身が真っ白に光り輝く。

 そのコックピットでは、青いパイロットスーツの少年タウ・ソクが、レーダーから激減した友軍機を見て奥歯をギリッと噛む。


「帝国がそうやって命をもてあそぶから……僕だって墜とすしかなくなるんだよ! ――アグ・ノモ!」


 ヴィローシナのライフルから連射されるビームを、バタンガナンはそれを華麗に躱し、更なる数で反撃する。しかしヴィローシナもこれを回避。

 2機の機甲巨人はお互いを中心とした球面を滑る様に、縦横無尽に動き回りながら、壮絶な射撃戦を交わし始めた。その軌道半径が徐々に狭まってくると、バタンガナンも左手の銃を剣に持ち替えて、赤く光るその剣でヴィローシナに斬りかかった。星の海で二人の剣がぶつかり合い、交差する――。


「やるな、ヴィローシナ! パワーを増してきたか!」とアグ・ノモ。


 文字通り瞬く火花を散らしながら、常人には追えぬ速さで繰り広げられる、タウ・ソクの青白の巨人ヴィローシナと、アグ・ノモの橙色の巨人バタンガナンの戦闘。

 離れては射撃、近付いては剣撃。しかしビームは躱すか装甲に弾かれるかして、剣は双方の刀身が斬り結ぶのみ。互いに一歩も譲らぬかに見えるその高速戦闘には、解放軍のビャッカも帝国軍のガルジナも、手出しをする間隙など微塵も無かった。

 バタンガナンが、ヴィローシナの長いライフルの砲身を斬り落とすと、それと同時にヴィローシナが、バタンガナンの大口径ハンドガンを蹴り飛ばした。どちらも射撃兵器を失うと、すぐさま真正面から斬り込んだ――交差する剣の鍔迫り合い。

 バタンガナンは姿勢制御に使う調整口バーニアを全て後方に向けて噴射し、競り合いへの力へと変えた。


「潰し合いだって言うのならっ!」とタウ・ソク。


 ヴィローシナは出力を上げる為、主動力スラスターのリミットを解除し、相手それに負けじと押し返す。ジリジリと押し合う出力勝負パワー比べの均衡――しかしそれは、その圧力に負けた双方の剣の破壊によって中断された。根本から折れた2本の剣が、回転しながら宇宙の彼方へと消えていく。

 しかし押し合っていた勢いのまま、ヴィローシナとバタンガナンの身体が激しく衝突すると、僅かに軸をずらされたバタンガナンが競り負けて後方に飛ばされた。


「なんとッ――?!」


 アグ・ノモはすぐにバタンガナンの姿勢を立て直したが、その手には対機甲巨人戦で有効な武器を持ち合わせていなかった。だがそれはヴィローシナも同じことで、それどころか機体こちらはより深刻な事態に陥っていた。


「――くっ!」


 競り勝ちはしたものの、フル出力での衝突の威力はタウ・ソクの想定以上で、ヴィローシナの骨格フレームにはかなりの障害があった――巨人の右腕は彼の意思に反応せず、腰の可動域も本来の半分ほどである。

 闘志はあれど術がない二人は、ただ睨み合うのみ――。そこでアグ・ノモに帝国軍からの通信が入った。


「隊長、CJ2230宙域の味方から救援要請が来てます――解放軍ではあるようですが、形式不明アンノウンだとか」


 アグ・ノモは小さく唸ってから、返答した。


「(勝負は持ち越しか)――了解した。一旦戦闘母艦カンガムイに戻る」


 バタンガナンはヴィローシナからの追撃は無いと判断して背を向けると、細長いダイヤの様な航行モードに変形し、背面のメインブースターを吹かして一気に加速し離脱した。去り際に、後方カメラでヴィローシナの姿を見る。


「……次こそは決着をつけるぞ」


 アグ・ノモは誰とも通信回線を開かぬ状態で、そう己の決意を呟く。

 何機かのビャッカが遠ざかる機影に向かってビームを撃ったが、高速のバタンガナンには掠りもしなかった。


「………………」


 タウ・ソクはバタンガナンが飛び去った後の薄っすらとした光の軌跡を、暫くの間見つめていた。――やがてその跡が消えてなくなると、彼は機甲巨人との接続を一旦解除した。

 薄暗い緑色の光が灯るコックピット内で、ヘルメットのバイザーを上げると、生身の潜水から抜け出したかのように、大きく息を吐いて深呼吸する。


「ハァ……。アグ・ノモ、お前は――」


 タウ・ソクは彼を紛れも無い宿敵とは認めつつも、戦う度に強い信念のようなものを感じ取り、己の正義を見つめ直すかのように星海を眺めていた。

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