第三章『星海の少女、災いの竜』

EP14. *Nemesis《二人のパイロット》

EP14-1 機甲巨人

 ――WSー9『宇宙戦記の世界インヴェルセレ』――


 WIRA調査課の分類において、超大規模型と呼ばれるカテゴリに属するこの亜世界は、7つの星系にまで活動範囲を広げた人類が、その版図の中で争う――所謂宇宙戦争に関わる情報を主として構成された世界である。

 中でも最も大きな勢力を持つヴェルゼリア帝国は、ゼペリウス星系にある惑星出身の人間を中心とした軍事国家であった。彼らは自国の民を『ゼぺリアン』と称し、それ以外の人間を『劣等民コヒド』と呼んで差別し、数ある惑星を植民地としては、この世界における最先端の人型兵器『機甲巨人』を用いて武力支配を行っていた。


 ヴェルゼリア帝国による圧政を強いられている国家ほしの1つ――銀河の片隅にあるカリウス星系の惑星カデラでは、辺境領主のシレ・オオが帝国に反旗を翻し、自らの死と引き換えにその星を支配する帝国の将を討ち取った。彼の一人娘である16歳の少女リ・オオは、父親の遺志を継ぎ、圧政に苦しむ人々を帝国の支配から救う為『解放軍』を組織した。やがてリ・オオを御旗とした解放軍の反逆の狼煙は、他の星系をも巻き込む大きな戦争へと発展していった。


 そんな中――21世紀の源世界から転移して青年コウタは、惑星カデラの17歳の貧しい少年、タウ・ソクという名の選ばれし者プロタゴニストとなった。

 そして状況もろくに飲み込めぬまま解放軍と帝国軍の戦いに巻き込まれたタウ・ソクは、ひょんなことから帝国の新型機甲巨人『ヴィローシナ』に乗り込むこととなり、リ・オオ率いる解放軍の目の前で、帝国軍のエースパイロットであるアグ・ノモと引き分けて見せたのであった。


 その開戦から約2年――。運命に流されるまま解放軍のパイロットとなった主人公プロタゴニストタウ・ソクは、帝国軍の兵士から『蒼海の死神』と二つ名で呼ばれるほど強力な、解放軍無二のエースとなっていた。



 ***



 瞬いては消える虹色の光の筋が、激しく交差する宇宙空間。光の正体は機甲巨人が放つビーム兵器の軌跡、拡がる光の円は両軍どちらかの撃墜の輝き。それらが輝きを増すごとに、宇宙空間には機体の破片戦いの残滓ばかりが増えていく。

 ここカリウス星系の宙域は、現在尚解放軍と帝国軍とが火花いのちを散らす、戦いの最前線であった。


 鈍色にびいろの、源世界で喩えるなら20世紀の戦闘艦をシンプルにペーパークラフトで再現した様な、帝国軍の戦艦ふね――その格納庫内。


「お待ちを、隊長! アグ・ノモ隊長!」


 濃紺のスマートな宇宙服パイロットスーツを着た帝国軍の兵士が、若い男性を呼び止めた。足を止めた男が着ている服も基本的なデザインは同じだが、こちらは下地の基調ベースカラーが暗い橙色で、腕の外側に縦に入ったラインだけが兵士と同じ濃紺である。

 そのオレンジのパイロットスーツの男、ヴェルゼリア帝国軍のエース――アグ・ノモは、スーツと同じ色のヘルメットを被ろうと、銀色の短い髪を掻き上げたところで手を止めた。そこに駆け寄る兵士。


「戻られたばかりで、また出られるんですか? 10時間も戦い通しで――戦況はこちらが有利です、もう少し休まれては……」


「そう緩められるものではないのだ。――一度走り出した騎馬の手綱というのはな」とアグ・ノモ。


 彼が横長の楕円形をしたヘルメットに頭を押し込むと、ヘルメットの後部に突き出た円柱形の端子プラグが、ズズズと挿入されて、彼の後頭部に埋め込まれた端末に接続される。

 次のアグ・ノモの声は、そのヘルメットのスピーカーを通して聴こえた。


帝国我らの戦いは有利で当然、狩る者と狩られる者の関係でなくては。劇的に敵を討ち滅ぼしてこそのヴェルゼリア帝国――。ゼペリアンでない私には、その演出家としての度量が求められるのだよ」


 アグ・ノモは自嘲気味に笑うと、管制室のオペレーターに向けて通信はなした。


「オペレーター、私の機甲巨人バタンガナンは?」


「――3番ハッチです」と管制官の応え。


 それに従いアグ・ノモが格納庫のエレベーターに乗ると、先程の兵士が敬礼で見送りながら言う。


「しかしそれでも、隊長は我々のエースです」


「そうありたいとは思っている」


 アグ・ノモが返した敬礼の姿を隠すように、エレベーターの扉が閉まった。



 ***



 両軍の主力兵器である機甲巨人は、開発時期やカスタマイズによって細部に多少の違いはあるものの、その大まかなデザインは共通している。


 ――大きさは8メートル前後。一枚の紙から折って作られたかの様な、曲線をほとんど伴わないシンプルで角ばった形状は、さながら多角形ポリゴンの人形。

 表面的には明らかに人間と異なる外観であっても、それが人型であると云えるのは、三角形の板を組み合わせた様な装甲の下にある構造枠フレームが、人間の骨格に酷似しているからである。

 頭部の前面には鳥のくちばしの様に尖った、西洋兜を思わせる顔。胸部は真ん中が大きく四角錐に迫り出しており、その上面が開くと中にはコックピット。手は人間と同じ構造の指があり、戦闘時には銃器や腕甲の裏に取り付けられた剣を用いて人間の兵士の如く戦う。脚部は太腿と脛が装甲で完全に覆われているが、関節の骨格フレームは可動域を広めるために剥き出しになっている。それらののっぺりとした装甲板は表面に斥力を発生させ、敵の攻撃や爆散した機体の破片デブリの接触を防ぐ。

 操縦方法は極めて単純で、コックピットには操縦桿の類は無い。機甲巨人の操作は、手術で後頭部に埋め込んだ端末に、パイロット用のヘルメットに内蔵された端子を繋いで直感的に行う。パイロットとヘルメット、そしてヘルメットと機体との接続が成されると、パイロットの意識的には自身がその機甲巨人へと変身したような感覚になり、パイロット自身が身体を動かすつもりになれば、それがそのまま巨人の動きとなるのであった。

 また視界に関しては、レーダーやターゲットマーカーのほか各種計器類も表示されるが、機体の各所に内蔵されているカメラの映像が、1つに統合されてパイロットの目に映し出される為、パイロットの視野角は300度まで拡がる。敢えて全包囲の視野を確保しないのは、人間は宇宙では『視えない箇所』が無いと、前後の認識が困難になる為である。

 とは云えその膨大な視覚情報の処理には慣れや才能が必要で、エースと呼ばれる人間に必要なのは、操縦技術よりも寧ろこの情報をいかに効率的に処理しつつ状況に対応できるか、という点であった。

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