EP13-9 幻影の操り手

 報告を終えたヴァンデレイは、自分の無力さが腹立たしいといった様子で下がった。ジョルジュが報告それをまとめる。


「つまりリマエニュカという何かと、その情報を含む誰かが、何らかの方法でプロタゴニストを殺害し、その結果、亜世界の情報粘度が引き下げられフラッドが発生……いや意図的に引き起こされた、ということだ」


主人公プロタゴニスト殺しか……」と、アマラが呟いた。


 そこで「あの――」とユウが手を挙げると、ジョルジュが「何だね?」と発言を許可した。


「なんで情報粘度が下がると、フラッドが起きるんですか?」


 ユウの基本的な質問に、アマラがやれやれといった身振りをして、溜め息を吐きながらたしなめる。


ユウお前なあ――」


 それをジョルジュが遮った。


「いや、いい。理解を共有しておくことは必要だ。アマラ、説明してやれ――手短にな」


「うへ……了解」と、アマラが苦い顔。


「ちゃんと聴いとけよ馬鹿ユウ。――亜世界ってのは喩えるなら小さな器ティーカップだ。そのカップに入った水が情報な? カップの許容量――こいつはコールマン・ベッケンシュタイン臨界値ってんだが、水の量が増えすぎたり波が起きたりしてエントロピーがこの臨界を超える――つまりカップから水が溢れると、亜世界は消滅アウトってことよ」


 アマラが弾く様に手を開いて、爆発を表現した。


「――過度のエントロピー増加、言い換えりゃ整合性の破綻ってのは、波を立てて水を溢すことを云うワケだけど、水がネバネバしてりゃあ高い波は早々起こせねえ。要するに情報粘度が高い亜世界ほどフラッドは起き難い。……オーケー?」


 ユウが「はい」と頷く。


「亜世界の情報粘度はその世界に存在する全ての情報に依るが、その値は総和に近い――。つまり高粘度の情報を持つ奴が世界に及ぼす影響はってことな? だからプロタゴニストがいなくなれば、亜世界の情報はサラッサラになっちまうワケ」


「なるほど……」


「だけどプロタゴニストってのは特別な存在スペシャルだ。ヴァンが言ったように、情報の関連性は存在を護る働きがあるからな……謂うなりゃ『ご都合主義的な理不尽さ』ってな感じでさ? 少なくとも同じ亜世界の人間がどうこうはできねえ。つまり――」


「アマラ、そこまででいい」とジョルジュ。


「そこから先はクロエたちに報告で話してもらう。――クロエ、リアム」


「はい」と、一歩前に出たクロエが口を開く。


「今回インベイジョンラインで発生したフラッドが、リマエニュカ――仮にこれを犯人に関わる固有名詞とした上で、恐らくその犯人と同一のグループであると思われる人物に遭遇しました。名前はメベド。通称です」


 クロエが言うと、床が盛り上がって変形し、メベドの等身大の人形モデルが出現した。実際には彼に対する視覚的情報は残っていなかった為、イメージを元に再現したものであったが、ほぼ実際のメベドの姿と変わりなかった。


「この男もリマエニュカ同様データベースに存在しません。イメージ情報はルーシーが解析中ですが、この男が行っていた情報の改竄速度から考えると、恐らくAI人間ハーフレイドのような存在である可能性が高いです。……そして少なくとも、ウィラやアルテントロピーに関する情報に精通している節があることから、源世界のアルテントロピー保持者であること、加えてOLSの使用やハッキングが可能という点は間違いありません。――その為今回は直接会話こういう手法を提案しました」


 ジョルジュが頷くと、クロエが続けた。


「――私がメベドと最初に遭遇したのはグレイターヘイム。源世界の時間プライマルクロックで約3ヶ月前です。メベドは、後にディソーダーとなった神堂マナ――現在のマナ・珠・パンドラ準規制官を、転生後の覚醒前に封印し、それがグレイターヘイムのプロタゴニストの手で解けるような情報改変を仕組んでいました」


「つまり時限式のテロということか」とリアム。


「ああ――。奴がそうした理由は恐らく、今回のフラッドやリアムが対応した件と時期を重ねて、我々の対応を遅らせる為と考えられます。実際には犯人のが外れたのか、今回の件が発生するよりも早く対処できた為に、私にはこれを調査する猶予がありましたが、結果的には遅れを取った形になります」


 グレイターヘイムから帰還した後のクロエは、そこで残った疑問と一抹の不安を解消する為に、他の亜世界での注目するに値しないレベルの改変まで調査していたのである。


「そして次に遭遇したのは昨日。ダークネストークスで失踪したルナインダス高官の娘、アーシャ・春・ハイダリの捜索を、リアムが担当として行っていた時です。グレイターヘイムからピックアップした不自然なデータと同様の痕跡が、ダークネストークスでも見つかった為、私とユウで現場に急行。リアムに接触してきたメベドを発見しました。以上」


 クロエがリアムを見ると、彼は頷いてからその後の報告を引き継いだ。


「メベドはダークネストークスに視察に来ていたアーシャをそそのかし、アバターを偽装させて逃亡を幇助。しかしその7年前には既にプロタゴニスト=レイナルド・コリンズの恋人を昏睡状態に陥らせており、それを現地にいた転生者カル・ミリアの仕業と見せかけた上で、レイナルドを彼女と接触するよう仕向けました。アーシャはレイナルドが情報粘度の高い者を減らしていく際の手助けとして、また彼のクオリアニューロン活性化の為の手段として利用されていたようです。そして最終的に転移者同士を戦わせることで、フラッドが誘発されるように画策していた、と考えられます」


「随分と手の込んだやり方しやがるな」とヴァンデレイ。


「それと、これは今回の件とは直接関わり合いがありませんが……かつて規制官となる前の私がディソーダーとなった原因、ジャスティスフィアでの出来事についても、メベドが手引きをしていたということが本人の言動から判明しました。――以上です」


 リアムは平静を装いながらも、その手は拳となって堪える。そしてジョルジュは神妙な面持ちで、全員の顔を順に見てから言った。


「つまり、少なくともここ数年間で我々が対応した情報犯罪のうち、最終的にフラッドに発展する可能性のあった事件に関しては、その大半がこのメベドという男の仕業であったということだ。しかも今回明らかになった4件――グレイターヘイムの時限テロ、ダークネストークスの転移者誘拐、インベイジョンラインのプロタゴニスト殺害、ジャスティスフィアの暴走誘導。どれもこの男はお膳立てのみで、最終的には亜世界の人間にフラッドを起こさせようという、極めて悪質で手の込んだ犯行だ。何故そこまでフラッドに拘るのかは不明だが、単なる愉悦や破滅願望が動機ではないだろう。その計画性や一貫性には何らかの信念を感じる――つまり確信犯だ」


 ジョルジュは感情を顔に顕すことなく、目の前のメベドの肖像を振り払うように消去した。


「だがこれからは、こちらも奴の存在を予測した上で動くことができる。この違いは大きい」


 ジョルジュの言葉に皆がそれぞれに同意して頷いた。


「以降、この複数の事件及びメベド、リマエニュカの情報が関与するものを『幻影の操り手ファントムオーダー』と呼称する。またこれに与する人間は全てディソーダーとして扱え。――以上、解散!」




(『正義の鉄人、黄昏の吸血鬼』編・完)

 ――次章へ続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る