EP8-7 第2ラウンド

 コノエは壁際にもたれたまま、通りの方向を顎で指す。


「移動してなければ、そこの角からでも見えるはずよ……。正直言って神堂君でも危ないと思うわ。普通じゃないもの、あのアーマード。――天夜君、お願い」


「分かった」と、極めて真面目な声で頷くシキ。


 彼は近くのバトルライフルを「借りるぜ」と担ぐと、予備のマガジンをズボンの後ろポケットに突っ込んだ。そして立ち去り際に振り返って言う。


「白峰、飛鳥。お前らは杠葉を医務室に連れて行け。俺はクレトあのバカを連れ戻す――ったく、無茶しやがって……。ついでにそのクソったれアーマードもブッ壊してやる」


「無茶しないで、天夜君……」


「天夜先輩、僕もすぐに――」と言い掛けてから口ごもるユウに、シキは不敵に笑ってみせた。


「ナメんな。俺に銃撃戦で勝てる奴なんざぁ――いるか。まあ一人ぐらいだ」


 無論その一人というのはクロエのことである。

 ユウとヒロは制服のジャケットを脱ぐと、それらを結び合わせて応急の担架を作りコノエを乗せる。シキは二人に「頼んだぜ」と言葉を残し、マナトを追って戦場に向かった。



 ***



 屋上で万策尽きたと見えたクレトとホノカに、建物の下から叫ぶ声。


「飛べ! 朱宮っ!!」


 屋上の縁から見下ろしたホノカの眼下には、両手を広げたマナトの姿。


「マナト!」


 その姿王子様を待ち望んでいたかのように声を上げるホノカ。

 レールガンの冷却を終えたXM1が、銃口を彼女に向ける。青白い放電発射前のチャージが始まる。そこへシキが横から上から後ろから、フルオートの弾丸を雪崩込ませる。


「どこ見てんだ、ポンコツ。テメぇの相手は俺だぜ?」


 そのタイミングを見て「行け、ホノカ!」と屋上のクレト。

 彼は少しでもXM1の注意をホノカから逸らそうと、頭上からサブマシンガンを数発撃ち込んで自身の存在をアピールする。その効果もあって、XM1の銃口は彼とシキのどちらに向けようかと右往左往した。

 そしてホノカは、普通であれば受け止められようはずもない高さから躊躇うことなく踏み出した――それは危機に瀕したの行動ではなく、「飛べ!」と言ったマナトを只管に信じていたからこそなせる、刹那の選択であった。

 クレトは彼女が飛び降りると同時に銃を投げ捨て、守堂神威を素早く抜刀してから、自らもXM1に向けて飛んだ――同時に落下する二人。


 最終的にクレトを目標に定めて発射された弾丸は、しかしシキの「させるかよ」の台詞が届くより速く、目の前でクルリと転回して明後日の方向へ。そして直後降り掛かるクレトの斬撃がレールガンの砲身を一刀両断。

 マナトは殊能で脚や膝にかかる衝撃を地面へと反射しつつ、ホノカを全身で抱き留めた。


「大丈夫か? ホノカ」


 マナトに問われたホノカは「うん」と頷いて、束の間の安堵に涙ぐみながら微笑んだが、マナトは彼女の額から流れる血を見ると、怒りを露わに振り向いてXM1を睨んだ。その彼の後ろからバトルライフルを肩に担いだシキが歩み出て、同じ様にXM1を睨んで言い放つ。


「俺の前で下手糞な鉄砲見せびらかしてんじゃねえぞ、ブリキ野郎」


「――礼を言うぞ、天夜」とクレト。


「無茶すんじゃねーよ、バカタレが」と窘めるシキに、クレトは「悪かったな」と悪びれもせず笑う。


「形勢逆転だな」


 クレトが刃毀はこぼれ一つしていない守堂神威を、スラリと構え直す。

 そしてホノカを自分の後ろに隠したマナトは、固く握った拳でパァンッと思い切り掌を叩いた。


「新型だか何だか知らねえが……テメぇは全力でブッ壊す!」


 マナトの燃え上がる気迫とともに、第2ラウンドの幕開けである――。


 XM1はクレトの斬撃によって大破したレールガンをその場に捨てると、無用となったバックパックも破棄パージ。1メートルはある鉄の弾倉はこがその場に落ちて鈍重な音を立てた。

 ホノカが後退していくのを横目に見たマナトは横に距離を取る。シキは中途半端な残弾のマガジンを外し新たなマガジンを再装填すると、慣れた手付きでコッキングレバーを引いた。クレトは刀の切っ先を敵に向けたまま、片手でヘルメットを脱ぎ捨てた。

 ――XM1を取り囲むように三角に位置取る三人。


 左手とレールガンを失い、所々の装甲にも亀裂が入ったり砕けたりしているXM1は、右手から2メートルを超える『ヘイムダルの頭長大な光の剣』を出現させると、それを握り締めて仁王立ちになった――それを見たシキが苛立った顔で言う。


「テメぇ如きが、杠葉の殊能あいつの技を使うんじゃねえ……胸糞が悪くなる」


「コノエは――?」とクレト。


「脚をられてる。あれじゃ当分はまともに歩けねえ」


「そうか――(すまないコノエ……)」


 呟いたクレトは、XM1を挟んで反対側にいるマナトに「おい貴様」と声を掛ける。


「なんだよ」と、愛想無く返事するマナト。


「お前との共闘は不本意だが、XM1こいつだけは確実に破壊する。――手を抜くなよ?」


「ったりめぇだろうが! こいつはここで――」


 するとマナトが先陣を切って突進した。


「ブッ潰す!」


 彼の拳を迎え打つように、XM1の剣が振り下ろされる――マナトは反射する鉄拳ヤールングレイプでその刃を殴り返す。

 凄まじい反発力に仰け反るXM1へ、シキがありったけの弾丸を四方八方から撃ち込むと、弾丸それはけたたましく弾かれながらも着実に装甲を削った。しかし当然致命傷にはならない。


「チッ、硬ってえ装甲ガワだな」とシキ。


 背後からクレトがXM1の脚の装甲板を斬り付けるも、やはり外側は関節部やレールガンなどより遥かに頑強で、クレトの神威ですら一太刀で切断することは出来ず、深い斬撃の跡を残すに留まった。


「なるほど、素材もKW9とは別物か」


 クレトに制止の膜シールドを無効化されることを脅威と判断し、XM1が彼に剣を向けようとすると。


「余所見してんじゃねえッ!」


 マナトの怒りの鉄拳が全力で左脚部の関節に打ち込まれ、敵の巨体を揺るがした。更に――。


「まだだっ! 鑑流、鐵砕斧てっさいふ!」


 一歩の距離から全身の捻りを加えた後ろ回しの肘打ち。眩い閃光プラズマを放つ強力な一撃に膝を打たれて体勢を崩すXM1。その右脚部にシキが計60発弾倉丸ごとの一斉掃射。

 二人のコンビネーションが更にもう1セット追加されると、ダメージを蓄積された脚部はついに自重に負けて、XM1は崩れる様に膝を突いた。


「っしゃ、今だクレト!」


 そうして敵の体勢が低くなった間隙に、クレトは「任せろ」と須臾しゅゆの専心。


「神堂流――水斬みぎりの太刀」


 冷たく光る逆袈裟斬りがキンッと静寂をなぞるように閃き、直後にXM1の剣を握った右手首がズルリと抜け落ちる。間もなく本体から離れた光の剣が消滅した。

 四肢の機能を奪われたXM1は、天を仰ぐような姿勢で仰け反る――そこにクレトが歩み寄って、腰部の上へと飛び乗った。


「終わりだ……」


 クレトが刀を逆手に持って、コアとなるAIが内蔵されているであろう胴体の中心に神威それを突き立てる――が、固い感触と金属音がして、刀身は半分ほど突き刺さった所で止まった。

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