EP8-8 覚醒する闇

 クレトの守堂神威が動きを止めた次の瞬間、XM1の全身が激しい炎に包まれた。その赤い舌が彼の身体を舐め上げる。


「――!?」


 反射的に飛び退いたクレトだったが、炎は刀とそれを握る彼の腕に纏わり付き、激しく燃え盛った。


「ぐゥ――っ!」と、耐え切れずに呻くクレト。


「クレト!」と近寄ろうとしたシキの腕を掴んで、ホノカが先に飛び出す。


「お義兄様っ!」


 ホノカが手を翳すと瞬時に炎は消滅したが、既にスーツとグローブは半ば融けて、クレトの両手の皮膚は黒く焼け焦げていた――すえたような臭いと灰色の煙が漂う。ホノカはせめて応急処置になればと、彼の無残な両腕に止血スプレーを吹きかけた。


XM1コイツ、この期に及んでまだ……『スルトの火』まで隠してやがったのか」


 仰向けのまま依然として燃え盛るXM1を見て舌打ちするシキ。


「だったら私が――」と言い掛けたホノカの肩を、マナトが優しく止めた。


「敵はまだ死んじゃいない。恐らく『ウルズの刻』のシールドも生きてる。だが俺の攻撃ヤールングレイプなら突破できるかもしれねえ。朱宮、お前は敵の炎を抑えることだけに専念してくれ」


「マナト……。解ったわ」


 ホノカが頷くと、マナトは少し距離を取ってから大きく息を吸った。


「こいつで終わりだ、ガラクタ野郎」


 豪火の塊となったXM1に向かってマナトは一直線に疾走し、勢いのままに跳躍した。


「朱宮――っ!」


「はい!」


 ホノカが炎を一気に掻き消すと、マナトはクレトが残した亀裂目掛けて渾身の一撃――装甲を粉砕して、その奥にAIコアが格納されているであろう金属の球体。


「もう一発いっぱぁぁぁつ!」


 マナトが更に球体に追撃を入れるとその外殻が割れて弾け飛んだ。


「――?!」


 しかし深部そこにあったのは、演算装置彼らの予想とは別の物であった。


「――こいつは……!?」


 割れた外殻の隙間から覗くその姿にマナトは言葉を失い、あと一息で完全破壊止めを刺せるというところまで振り上げた彼の拳も止まってしまった。


「人間の――」とマナトが言いかけた時、近付いて覗き込んだホノカも絶句する。


「どうした、何が――?」


 クレトは両腕をダラリと下げて、文字通り焼かれる苦痛に顔をしかめたまま尋ねる。


「こりゃあ……人間ひとの頭か?」とシキ。


 中に在ったのは、更に厚さ5センチメートル程の強化ガラスの球体――そしてその内に無数の電極やコードを生やした、女性の『生首』が浮いていたのである。色素欠乏アルビノのように白い肌と髪で、無表情のまま瞼を閉じている人間の頭部――その生々しくも悍ましい物体に、ホノカは思わず嘔吐えずいた。

 しかしマナトは、到底正視に耐えないその物体の顔が、彼の知る人物と瓜二つであることにひと目で気がついた。


(神堂……クレト――?)


 嫌そうに覗いたシキもまた彼と同じ感想を抱いたが、クレトやホノカの前でそれを口に出すのは憚られた。


「…………」


 炎を打ち消され惨たらしいコアを晒したXM1は、新たな攻撃も動作もすることなく、沈黙と静止を守る――。


「ちと待て、鑑。流石に生首コレは普通じゃねえ。新型だの暴走だのってのとはまた別問題――明らかに違法だぜ。まともな人間がこんなブッ飛んだモン作るはずがねえ」


「たしかに……」


「こいつは壊さず、然るべき機関とこに引き渡すべきだ」


「ですよね。ここはとりあえずリコりーに連絡を――」


 と言いかけた時に異変は起きた。


「? ……なんだ?」


 異変を覚ったシキらが辺りを見回すと、周囲に散乱していたXM1の装甲の欠片や小石や砂が、カタカタと震えだす。そして間もなくそれらは重力から解放されたようにフワリと浮かんだ。

 その現象が殊能であるかどうかは定かではなかったが、マナトは即座にその異常事態の原因がXM1にあると判断して素早く飛び退いた。


「離れろ朱宮!」の声に弾かれて、ホノカとシキも距離を取る。


 息を呑む四人の前で――ゆっくりと、じっくりと時間をかけて起き上がる金属製の身体。


「まだ殊能を――切り札とでもいうのか……?」とクレト。


 彼がそう推測するのは無理もなかったが、しかしその言葉は適切ではなかった。

 周囲の破片が次々と時間を巻き戻す様にXM1に吸い寄せられ、破損した箇所を埋めながら復元していく現象――それは一見しただけでは操作系や変形系の殊能と区別がつかないが、実は全く別の、似て非なる力によって引き起こされていたのである。



 ***



 その時、遠くの屋上で只管観測と解析に精を出していたベクターの手が止まった。


「ついに……! 来たか!」


 タブレットのXM1の状態を表す画面には、機能一覧に『Mirror of Aigis』の文字が追加された。それはマナトの反射する鉄拳ヤールングレイプを何度も体験することにより、ダウンロードだけでは足りなかった殊能量波のパターンを学習し、データが補完されたことによる結果であった。


「ハハハ、これで――」


 ベクターの幽鬼の様な眼が活き活きと見開かれた。その目に映るモニターの中では、赤い波形と青い波形が重なり、第三の黄色い波形を中和するように打ち消し合っていた。


「これで遂に、XM1神堂マナが真の覚醒を果たす!」


 ベクターは再び双眼鏡を手に取って、異様な変貌を遂げ始めるXM1の姿を覗きながら高笑いしていた。



 ***



「おいおい、完全に復活しやがったぞ? こりゃ誰の殊能だ?」と、閉口するシキ。


 彼らの動揺など無視して今度は、クレトに両断されたレールガンも淀みなく復元して右手に収まる。

 シキはポケットから最後のマガジンを取り出すと、ライフルに装填し直しながら言う。


「つってもまあ、テメぇの性能はもうバレてるんだぜ? 何度やろうが無駄だ」


 そう言って銃を構えるシキに、XM1がレールガンを向けた――バチバチと砲身が輝く。


「バカのひとつ覚えってやつだな。『オレルスの弓射撃を支配する俺』に、レールガンそんなもんが通用すると思って――」


 だがその様を見ていたクレトは、蘇ったXM1が先程までとは『何かが違う』ということを直感的に感じ取って、咄嗟にシキに向かって叫んだ。


「避けろ天夜!!」


「――なにっ?」


 耳を劈く爆音とともに発射されたレールガンの弾丸は、シキの殊能による操作を一切受け付けずに直進した。

 シキは直前のクレトの言葉に反応して僅かに身を反らしはしたものの、弾丸は左腕に命中して、その勢いで彼の身体は錐揉みして吹き飛んだ――弾丸はそのまま後方の建物を5棟ほど貫通破壊していった。


「天夜!」、「先輩!」と重なる声。


 宙を舞った後に地面へ叩き付けられたシキは、意識とともに左上腕から下を丸々刈り取られていた。マナトやホノカが悲痛な声でその名を呼んでも反応はなく、ただ夥しい量の血が流れ出るだけであった。

 シキをなんとか介抱しようとするホノカは、彼が使っていたライフルのショルダーベルトを外し、それで肩から脇にかけてギリギリときつく縛る。両腕を使えないクレトはそれを見守るしかなく、一方マナトは目の前で変貌していくXM1を睨みつけていた。


 最初の獲物を屠ったXM1は、円盤状になっている上体部の正面の一部がボコボコと沸騰するように変形して、その場所にコアとなっていた頭部――神堂クレトと瓜二つの顔を現した。しかしその表情は眠っていたような先程の表情とは打って変わって、享楽とも憎悪とも、或いは悲哀ともつかぬ激しい感情が混沌となった恐ろしい形相で、酷く醜かった。


 そしてアーマードXM1――否、ディソーダー神堂マナは、身の毛もよだつ絶叫に似た産声を上げた。

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