EP12-2 血晶城

 ザガは「難しいかもしれんが」と神妙な面持ちで前置くと、少し躊躇いがちに言った。


「西の森に棲む……亡者を束ねる『宵紫の魔女』であれば、何か知っているかもしれん。だがそいつはかなり厄介な――危険な相手でな」


 するとリアム。


「ああ、イザベラか。彼女には既に協力してもらっているよ。私の相棒に付いて捜索を手伝ってもらっている」


「なんと!」と、目を丸くするザガ。


「――あの婆が仲間に……。やはりお前は只者ではないな」


 改めてまじまじと、片膝を立ててリラックスした状態で座っているリアムの姿を見やる。そしてそのリアムが「他に当ては?」と尋ねると、ザガは「ううむ」と唸った。


「無いことはないが……しかしこれは正直、俺が直接協力するというのは無理だ。もし行くならばリアム、お前が一人で行くしかあるまい」


「ふむ。私一人でというならそれは一向に構わないが――何かがあるのか?」


「そう言っていいものかどうかは分からんが、もし吸血鬼が関わっていたとすれば、一番手っ取り早い方法と言えなくもない」


「それは?」と、リアムが急かすように身を乗り出すと、ザガは重々しく答えた。


「真祖だ」


「――真祖?」


「ああ。――寿命が無く吸血によって眷族を増やす吸血鬼には、その血筋の大元となる真祖、つまり第一世代の吸血鬼が今も存在している。俺の知る限りでは二人――。ひとりは人間どもの都セベンダルの地下を根城とする、ヴェイラッドという男。そしてもうひとりは、エイベルデンより遥か北の不毛の大地に棲んでいる女……。そいつの名は――」


 ザガは一瞬その名前を口に出すことを憚りつつも、意を決したように口を開く。


「……カル・ミリア。今や全ての吸血鬼、そしてあらゆる怪物の頂点に君臨するバケモノだ」


 ザガ自身も人狼という怪物の長でありながら、彼が敢えて『バケモノ』と表現するのには理由があった。


「俺は100年近く前、同胞を率いて一度だけあの女と戦ったことがある……」


 そう言いつつ、その時の記憶が彼にとって忌まわしくも恐ろしいものであることを証明するように、ザガは唾を飲み込んで目を伏せた。


「だが正直言って、あれは戦いなどと呼べるものではなかった。あの女は200を超える我ら人狼の群れをたった一人で、その場から動くこともせずに、のだ」


 目を瞑れば思い出したくもないその凄惨な悪夢と恐怖が、ザガの頭と心の内にまざまざと蘇る――。



 ***



 暗雲立ち込める草木も生えぬ灰色の大地。人狼達が波となって朽ちた荒野を駆け抜けた先に、それはいた。

 四人の首輪を付けられた吸血鬼が担ぐ椅子に気怠げに座り、つまらなさそうに欠伸をする若い女。それが真祖カル・ミリアであった。

 鯨波とともに突き進む人狼の群れ――しかし彼女がたった一言「平伏ひれふせ」と発しただけで、勇猛果敢に突撃する彼らは全員が上から圧し潰されるように、彼女の前で跪かせられた。そして頬杖を突いたカル・ミリアが指先を少し持ち上げると、地面から鋭利な真紅の結晶が突き出し、身動きひとつ取れぬ人狼達を一匹ひとり一匹ひとり順々に、惨たらしく串刺しにしていく。


 ――地獄のような光景。味のしない砂を舐め同胞の断末魔を聴きながら、ザガが微かに視界の端で捉えたカル・ミリアの顔には、笑みも悦びも怒りも無かった。ただただ身体に染み付いた単純作業をこなすように、淡々と殺し、欠伸をしながらそれを眺めているだけであった。

 ザガはその様を見た時に、惨殺それが彼女にとっては単なる暇潰しでしかないということを悟った。



 ***



 ――苦々しく牙を見せるザガ。


「あの女は……いや『あれ』はバケモノだ。当時の長も殺され、そして最後に残った俺は全身を嬲るように刻まれた。この身体の疵はその時のものだ……。それでも俺が生き残れたのは、ただの奴の気まぐれ――あの女は『全て滅ぼしてしまっては余興が減る』などと言い放ち、この俺だけを生かしたのだ……」


 リアムは心中を察するように、無言でザガの悔恨の顔を見た。するとザガはリアムの実直な瞳を正面から受け止めつつ言った。


「お前には臭いが無いと言ったが、正確には『深過ぎて辿り着けぬ』といった感じだ。しかしその感覚は――あの女もだ」


「私と同じ――?」


「ああ、だが悪気があって言ってるんじゃないぞ。お前からは太陽のような計り知れぬ力と輝きを感じるが、奴からは夜の闇を凝縮したような底知れぬ恐ろしさを感じるのだ……。その異質さや無限の力のような、正にお前が自分を神と言った通り、抗えぬ絶対的な何かを感じる」


「そうか」と返したリアムは、思慮深けに口を噤んだ。するとザガ。


「いずれにせよ、お前ほどの男が吸血鬼と接触することになれば、遅かれ早かれ奴の耳に入るだろう。心してかかることだな――」



 ***



 轟々と雷鳴を内包する分厚い灰色の雲の下――真紅のクリスタルのみで作られた途轍も無く洪大な城。荒れ果てた荒野に威風堂々と建つその城は、それが何であるかを知る者からは『血晶城けっしょうじょう』の名で呼ばれていた。


 西洋のお伽噺に登場するような天高く聳える尖塔を中央に構えており、その周りに細々とした剣山の如き小塔の群れ。そしてグルリと円形に敷地を囲む城壁には一定の間隔で頑丈そうな側防塔が備えられ、幕壁はドレスの裾の様に末広がりになっている。

 その血晶城の中央塔最上階が玉座の間――と云ったところで王家が存在するでもないし、人間の地図にその城の所属する国名が記されている訳でもない。だが何人足りとも侵略することの出来ないこの土地は、正にここを支配する者の領土と云っても過言ではなく、単一の種族によって形成される集まりは、このダークネストークスにおいては国家と呼べるほどの規模であった。


 その種族は吸血鬼――そして彼らを統べる絶対女王の名は、カル・ミリア。人間だけでなく全ての闇の住人達からも不可侵の存在として認識されている、恐ろしき吸血鬼の真祖であった。

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